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5 - exceptio
Tips: 気候の変動
超文明時代は天候調節システムによって豊かな環境が維持されていた。
システムの喪失により著しい干ばつが起き、海を含む水源がほぼ消失。現在のような荒野と砂漠になった。
超文明時代は天候調節システムによって豊かな環境が維持されていた。
システムの喪失により著しい干ばつが起き、海を含む水源がほぼ消失。現在のような荒野と砂漠になった。
* * *
真っ暗闇。
あたしが最初に認識したのは、音も光もない場所だった。
辺りを見渡しても何もない。というより、何も見えないと言った方が正しい。自分の姿さえ分からないのだから。
ないない尽くしの世界に意識だけが存在する気分を言葉で表すには、目覚めて間もないあたしには限りなく難しい。
…そもそも、あまり頭は良い方じゃないし。
「無事に戻ったのね」
唐突に聞こえた声という名の音。
認識出来たという事は、あたしの五感は生きているみたいだ。それにしては違和感がある。例えるなら『頭に直接声が聞こえる』ってやつ?
本当に聴覚を通じて声が『聞こえた』のかは怪しいけれど、とりあえず今は自分以外に誰かがいると分かっただけで十分だ。
ほどなくして、前方と認識する空間にぼんやりと人影が浮かんだ。
「……間に合って良かった」
浮かび上がった少女の姿に、あたしはギョッとした。
年端も行かない彼女はガリガリに痩せ、窪んだ眼孔から覗く目があたしを捉えている。そして全身を覆う、今にも割れてしまいそうな程の夥しい数のヒビ。
こんなにボロボロになるまでずっと、あたしが目覚めるのを待っていたんだろうか。でも、あたしは彼女を知らない。
じゃあ、何の為に?
問いの半分は彼女が答えてくれた。
「私はもう保たない。だから、あたしの『身体』はあなたにあげる」
そう言って、彼女はヒビだらけの手を差し出してきた。
まさか、そのヒビだらけの姿をあたしに…?
「大丈夫、この姿の事じゃないよ。『身体』は正常に動いてるから」
どういう事だろう?
今見ている姿はホログラムか何かなんだろうか。だとすれば本体、彼女の言う『身体』はどこにいるんだろう?
疑問に首を傾げているうちに、彼女はあたしの手を取り、握っていたものを掌に乗せた。
「あなたみたいに立派な体じゃなくてごめんね」
そう言って、彼女は申し訳なさそうに微笑んだ。
掌に乗せられたそれは淡く光る鍵の形をしていた。
これが『身体』?いや、さすがに意思を持つ鍵の話なんて聞いた事がない。
少女に尋ねようとした時、ピキリと鋭い音が立ち塞がった。
彼女のヒビが少しずつ割れていき、音と共にその姿が崩れ始める。
「それから」
指先が割れ、ガラスの破片となって落ちていく。
その様を気にする様子もなく、少女はあたしを捉えて言葉を続ける。
「消滅を選んだのは私の意志だから」
どうか。
腕が割れ、髪が割れ、耳が割れても、何も感じていない様子で彼女は微笑み。
「気に病まず生きて」
その言葉を最後に、少女の全身は粉々に砕けた。
あたしの足元には脆く崩れた破片の山が積まれ、主人が失われた世界は再び暗闇に包まれる。
一瞬で訪れた終わりは、待っての一言をかける隙さえ与えてくれなかった。残ったのはいくつかの疑問と、淡く光る鍵だけ。
「ちょっと待ってよ、一体何がどういう――」
膨れた不満を吐き出そうとした時、手の中から眩しい光が溢れた。
思わず目を瞑っても突き刺さる白に飲まれ、あたしは暗闇の世界から追い出された。
* * *
カシャン、という全く別の音で閉じていた目を開ける。
次に目に飛び込んできたのは色の付いた半透明の天井――治療カプセルの蓋だった。
目が覚める前、目の前で崩れ落ちた彼女の儚い声が耳に残る。
うーん、記録の自動再生って滅多に起きないんだけどな。
あの暗闇での出来事……あたしの意思に関係なく自動再生された記録は、『復元』されてから最初に体験したものだ。
今のあたしの元の身体の持ち主は名前も知らない少女。
あたしが『復元』された時、彼女のコアは既に崩壊寸前だった。ほとんどすれ違うような形で遺言と鍵――身体のマスター権限を受け取って、彼女は消滅した。
引き継いだ身体はあたしのコアデータに合わせて再構築され、『生前』と遜色ない性能になって今に至る。
本来の患者たるコアの消滅。それが、あたしが失敗ケースに分類されてる理由だ。
と、記録の話は置いといて。
あたしはなんでこんなところで寝てたんだろ?
直前の記録は確か……爬虫類型にボッコボコにされて、目の前に転がってきた古い転送装置で逃げ切って。転送先の周囲を見る前に意識が途切れたんだ。
ここがどこだか分からないけど、とにかく外に出て状況を――
「いっ……!!」
あ、ダメだ動けない。
動かそうとすれば身体中が悲鳴を上げる。蓋に映る自分の姿をよく見てみると、四肢は副子付きギプス、腰もコルセットでがっちり固定されてるし、首もカラー付きという始末。これは誰かさんを笑えないなあ……。
処置してここに運んだ誰かがいるって事は確実だろうけど、蓋越しにぼんやり見える景色に人影はない。うーん、どうしたものか。
「起こしてしまいましたか」
ため息をついて天井を注視していると、足元の方から男の声がかかってきた。
仕切りのカーテンがめくれ、声の主が顔を出す。
「金属製品を落としてしまったもので。謝罪いたします」
顔を出したと言ってもフードを被っている上にマスクをしていて詳細は判別出来ない。ただ、距離感のある態度からして初対面って事だけは判る。
男は治療カプセルの側まで来ると、手に持っていたバットをサイドテーブルに置き、カプセルの蓋を開けてくれた。
「コアの調子はいかがですか」
「……セルフスキャンでは問題ないよ」
蓋は開けてくれたもののあたしにあまり関心はないのか、男はバットの中身を弄り回している。
淡い水色のパーカーを着込み、目深に被ったフードから黒縁の眼鏡がちらりと覗き込む。その奥の双眸は、光の反射で見えなかった。
「ご自身が一番分かってらっしゃると思いますが、骨が付くまでは安静を推奨いたします。身体の状態を診る知識はありますが私は専門職ではないので完治までの時間予測は出来ませんし、自己判断で動いて悪化した場合は自己責任でお願いします」
「あ、はい」
そっけない。
その突き放した言い方は無関心と言うより、嫌悪に近い気がする。彼が何者かは分からないけど、情報を引き出すには言葉に気を付けないとまずそうだ。
「ご質問がなければ投薬の時間まで退室させていただきますが」
「え、あ、待って待って質問めっちゃある」
ここは何処とか、彼は何者なのかとか、あたしはどうしてここにいるのかとか、そりゃもうテンプレートのような質問が沢山。
身体が動かせない分、目の前にいるアンドロイドから情報を得ておかないと。
「ここはナガリツ離島ぐ……ああ、今は海がないので島とは呼べませんか。確か首都から遥か南東にあった開発破棄された島郡の一つです。
あなたが島のゲート前で倒れていたのを私が発見してここに運びました。
私の事は……そうですね、ノーメン・ネスキオとでも呼んで下さい」
口に出す前に思考をまとめているつもりだったんだけど、どうやら漏れてたらしい。
男は怠そうにため息をついた後、最低限必要そうな情報としてその三つだけ教えてくれた。
……ノーメン、ね。助けはしたけど、素性を知られたくないって事か。
「もうよろしいですか? 二時間後にはまた来ますのでこれで」
余程早く立ち去りたかったのか、ノーメンはバットを手にしてさっさと立ち上がるとカーテンの方へ歩いて行く。
「ああ、うん。 ……助けてくれてありがとう」
カーテンにかけた手が止まり、彼はしばらく俯いたまま棒立ちした後、何も言わずそのまま去って行った。
情報を整理しよう。
まずナガリツ離島群。これは『生前』の記録にも一応残っている地名だ。
首都から極南東、セントラルからもかなり遠くにある島群で、行った事もなければアクセスルートさえ知らない、『生前』は一度も関わる事なく終わった超辺境の土地。
確かに、何世代も古そうな設備は色褪せていて埃や劣化があちこちに目立つ。でも驚いた事にこの島の設備はまだ稼働していて、使われている場所に関しては綺麗に掃除されているのが見て取れた。
そしてノーメンがここで暮らしていたおかげであたしは助かったわけだ。昔からこういう条件の積み重ねで生き延びるんだよね、あたし。
次にノーメン……については何も教えてもらえないのであたしの状態。
身体がボロボロで首一つ動かせないとはいえ、あの状況から死なずに済んだのは僥倖だったと思う。
荷物も装備も全てあの森に置いてきてしまったから、今頃セントラルではどうなっているやら。捜索に人員を割く余裕なんてあるわけがないだろうし……。
装備を置いてきてしまったからこそすぐに気付いたのだけど、『復元』されてからずっと抱えていた不具合――長時間裸眼でいると頭が痛くなる症状がなくなっていた。
『生前』と同じ状態に戻ったのは嬉しいけど、なんかこう……原因が分からないのは釈然としないじゃん?
で、これについては治療した本人があっさり教えてくれた。
「身体スキャンを撮った時、破片のような影が写っていたので摘出しましたがそれではないでしょうか?」
ノーメン曰く、外傷とは別に身体の奥深くに肉眼じゃほとんど認識出来ないくらい小さな破片を見つけたらしく、ついでに取ってくれたらしい。
硝子の破片のようにきらりと光を反射するそれは、あたしが『復元』されて最初に出会った彼女の、最期の輝きと寸分違わなかった。
そんな感じで、治療カプセルで寝たきりから車椅子生活に変わるまでの一月の間に得られた情報は非常に少なかった。
なんせノーメンは治療の経過以外全然喋ってくれないし、外の様子も窓から見える空しか分からない。
日を追うごとに少しずつ動かせるようになっていく身体を彼に怒られない範囲で動かしつつ、セントラルの状況やキトの安否を気にするだけの日々が続いた。
* * *
車椅子生活に変わってからは補足も含めた新しい情報も増えた。
一番驚いたのが外の様子。
「えっ、ここ島だよね?」
「島『だった』と言った方が正しいかもしれません」
目が覚めた時にさらっと聞いてはいたものの、こんなの実際に見て驚かないのは不可能だ。
そう、土地を島と呼ぶための条件たる海が無くなっていた。
剥き出しの鋭い岩場はカラカラに乾き、窪みには貝殻や遠くから飛んできた砂利が詰まっている。そんな景色が地平線までずっと続いていて、あたしの視力でもその終わりは見えない。
景色の中で点々と転がってる巨大な魚の骨や見たことのない甲虫のような物は多分、海棲型の化け物達の死骸なんだろう。
海だった場所を歩き回る分には化け物の脅威はないと見て良さそうだ。
開発中の名残だろう船着き場が目立つ。
ノーメンはあたしを乗せた車椅子を引いて、診療所の建物をぐるりと周りながら島の地形や他の建物、転送ゲートといった目に付きやすいものについて説明してくれた。
自分の素性に関わらない事に限り、頼めば一応教えてくれるらしい。
「この状況を知ったのはここ十数年の事なので詳細は調査中です。推測では、天候操作システムの損壊で干ばつが発生し、海が干上がったものと……何ですか?」
説明を続けるノーメンがあたしの視線に気付いき、怪訝な顔を向ける。
「ノーメンはさ、あの世紀末を生き残れたんだなって」
「……?」
やや首を傾げ、『意味が分からない』と顔に書いてありそうなくらい眉間の皺が増えた。
だって生き残ったとしか思えないもん。この島の大まかな位置の説明に首都を基準にしていたり、天候操作システムも超文明時代のアンドロイドじゃなきゃ存在自体知らないはずだ。
島の状況を知ったのが最近というのは、それ以前はどこか別の場所に住んでいたとか、まあそこは探るだけ野暮な話だろう。
「あなたもこうして生きているではありませんか」
「あたしは世紀末に一度死んでるよ。でも『復元』してもらったんだ」
「復元……?」
ますます分からないという顔で更に首を傾げるノーメン。
うーん、自分でも正確に理解しきれていない事を何も知らない相手に説明するってやっぱり難しいな。
「原理は分かりませんが大まかに、あなたは『一度死んだものの、誰かに生き返らせてもらったアンドロイド』という解釈でよろしいですか」
「うん、そんな感じ」
「分かりました」
どうやらうまく補完してくれたらしい。
「そろそろ投薬の時間です。戻りましょう」
「はいはい」
何か考え込むような短い間があったけど、それ以上深く踏み込むつもりはないようだ。
ハンドルを押してもらい、その日は診療所の方へ引き返した。
次に得た情報は、もう一人のアンドロイドの存在だ。
治療カプセルに詰められていた時からそれとなく、ノーメン以外の誰かが立ててるだろう物音は聞こえていた。でも本人は決してあたしのいる部屋には入ってこなくて、天井と窓と壁しか見えないあたしがその姿を見た事はなかった。
車椅子で動けるようになってからはというと、あたしからは逃げるように動き回り、でも一定の距離を保ち姿を隠しつつ、ずっとこちらの様子を窺っている。
その挙動はなんというかこう……怯えと好奇心が綯い交ぜになっていると言えば良いのかな。人見知りの範囲は間違いなく越えていると思う。
化け物じゃあるまいし別に取って食いやしないのに。
そんな状況にすっかり慣れ、もはや日常くらいに捉えて全く気にしなくなってきたある日、偶然その姿を見る事が出来た。
「あれ?」
散歩しようと外に出る直前、ふと忘れ物に気がついて引き返した瞬間。曲がり角からそっとこちらを覗き見る顔……いや仮面? がちらりと見えた。
娯楽作品に出てきそうな、白く、せいぜい目と口が開いた程度の無機質で歪んだ仮面。それを際立たせる長く黒い髪。
いやー、染めている人を見るのは久しぶりだなあ。染料ってまだ残ってたのか。
本来、生体アンドロイドの髪色に黒は存在しない。あたしはファッションとか身なりの流行には疎かったけど、一時期そういう格好したアンドロイドや広告をちらほら見かけたのを覚えている。
服装は一般人の格好してるものの、その奇抜な仮面のおかげで遠目でもかなり目立っている彼女は、あたしと目が合うなり通路の曲がり角に引っ込み逃げてしまった。ちょっと残念。
黒い髪と言えばノーメンもそうだ。
常にフードを被って隠してるけど、大抵車椅子で見上げる形だからか結構見える事が多い。
……染料、余ってるのかな? あの流行結構すぐ廃れたし。
そんな彼らが何者なのか知るのはずっと後になる。
* * *
「キノさん」
ここに来ておよそ二か月経った頃。
骨もほぼくっついてリハビリに入ろうという段階で、初めてノーメンからあたしに話しかけてきた。
「何?」
「……今更ではありますが、治療以外の事でいくつか伺いたい事が」
待っていた、と言うとその通りかもしれない。
何せ治療の経過以外の話をしたのは最初に外の案内をしてくれた時だけだ。あれ以降、何か考え込む素振りは何度かあったものの、それでもあたしに訊いてくるという事は今までなかった。
治療の対価も含め、ようやく対等の立場になれたってところかな。
「良いよ。何訊きたい?」
露骨に「待ってました!」なんて喜んで機嫌損ねて機会逃したくはないし、ここは努めて何でもないような振りをする。
「……明らかに『あの連中』とは挙動が違うので気にはなっていたのですが。あなたは誰に生き返らせてもらい、何処から来たのですか?」
「『あの連中』?」
「先に質問に答えて下さい」
うーん、いきなり新しい情報が出てきたおかげで被ってた化けの皮すぐに剥げちゃった。
不機嫌そうにへの字に曲がった口が撤回を告げる前に、吐くもの吐いて好感度修正しなきゃ。
「あたしはセントラル、昔で言う首都の南の衛星都市だった場所から来たんだよ。そこに世紀末の後に生まれたアンドロイドが立ち上げた機関があってさ。そこの創設者が『復元』――あー、つまり生き返らせてくれたんだ」
「衛生、都市」
ノーメンは咀嚼するように言葉を反芻してあたしをまじまじと見つめる。
どうやら好感度修正は出来たようだ。
「なるほど、納得が行きました。衛星都市は分かりますが、そこにもアンドロイドの拠点が形成されているとは知りませんでした」
「そこ『にも』?」
待って、そんな一気に新しい情報が出てきたら情報処理が追いつかなくなる。
一人得心して次の質問をしようとするノーメンにストップをかけ、一度深呼吸。
「最初の質問には答えたんだし今度はあたしの番」
セントラル自体知らなかったようだし、『あの連中』ってのが研究機関やセントラルの事を指してるわけじゃないのは間違いなさそうだ。
どうやらアンドロイド達の集う場所が他にもあって、ノーメンはそっちの方がよく知ってるっぽい様子。
「『あの連中』って何処の誰? あたしはセントラルしか知らないし、ノーメンはセントラル以外にアンドロイドが集まってる場所を知ってるようだけど」
この場所自体もそうだけど、どうやら東方面は予測以上に重要な情報が得られそうだ。
呼び方からして若干敵意や悪意を孕んでいるのも気になるな。
ちょっとぐいぐい行き過ぎたのか、ノーメンは背もたれに背中を預けてあたしを見た。なんというか、引いてるようにも見える。
相変わらずその表情は分かりにくいけれど、緩く真一文字に結ばれた口元とわずかに寄った眉間の皺は、どう見ても目の前の相手を『敵』と認識しているアンドロイドのそれだった。
……失敗、したかな?
「分かりました。情報の交換と行きましょう」
まだ『あたし』は敵と見做されていなかったようだ。ちょっと安心。
『あの連中』とはここから更に極東の海溝に拠点を構えているらしいアンドロイド達の事だそうだ。
らしい、というのはノーメンも拠点を実際に目の当たりにした事がなくて、ただその方角で何人ものアンドロイドを見ただけの曖昧な情報だからだ。これだけだと拠点の実在が怪しく思えるけど、重要なのはそこじゃない。
「挙動がおかしい?」
「はい。誰一人例外なく、明らかに私達を認識していない様子で真っ直ぐ極東に向かっていました」
極東に向かっていたアンドロイド達がどこから来たかは不明。共通しているのは、乗っ取られているかのように表情が抜け落ちている事と、既に死んでいるのと大差ないレベルで身体の損傷が激しい事。ただ、後者に関しては無傷のアンドロイドもいたらしいから共通点というより個人差か。
「彼らを何度か追いかけたところ、一定の場所にたどり着くと急にこちらを振り返り襲いかかってきたのです。恐らく、拠点から一定範囲内に入ると攻撃するようプログラムされている」
ノーメンはそう結論付け、それきり極東には近付いていないという。
「制御を乗っ取られたアンドロイドが集う場所、ねえ」
真っ先に浮かぶのはカシラから聞いたキトの挙動。
連中の中にあたしと同じ髪色のアンドロイドがいなかったか訊いてみても、案の定ノーメンは「見ていませんね」と答えるだけだった。他者に無関心な彼の事だからまあそうだろうとは予測がついてたけど。
治療が終わったら近くまで案内してもらう? いや間違いなく断られるだろうし、乗っ取られたアンドロイド達の数も規模も分からないんじゃあノーメンがついてきてくれたとしてもリスクが高すぎる。
ひとまずこの件はセントラルに戻って報告してからでも遅くはないだろう。
いやまあ、東の森に置き去りの端末の回収とか先にやらなきゃいけない事山積みだしさ……。
優先順位は間違えちゃいけない。
「いただいた情報に釣り合う話はそれくらいですね。この島の地理以外、他に情報はほとんど持ち合わせていませんので」
あたしの情報処理が遅いのを知っているノーメンは、顔を上げたタイミングでそう声をかけてきた。
「ああ、うん、あとは身体治ったら調査してみるよ」
「調査」
「? 何か不都合でもある?」
ノーメンが言葉を反芻する時は、大体彼の中で何かが引っかかった時だ。
話し方からして連中と関わりたくない様子だし、余計な事すんなって事だろうか?
キトの手がかりかもしれない以上そういうわけにもいかないんだけどな。
「……一つ、取引をしませんか」
じっとあたしを観察した後、ノーメンはそう持ち掛けてきた。
「あなたの身体が完治して万全であっても、無策で極東に行けばあの連中の仲間入りをするだけだと断言します」
「えっ」
「拠点こそ未確認ですが、あそこは間違いなく汚染域――有害プログラムが搭載されたナノマシンが大量に蔓延していました。あなたにその対策コードを施す代わりに、私達の存在を全てのアンドロイドから秘匿していただきたい」
その瞬間、出会ってからようやく初めてノーメンとあたしの視線が合った。
眼鏡の奥の双眸はユーリに似た翡翠色でありながら、その根底にあるものはひどく昏く、全く違う色のように見えた。
* * *
目の前の『正規品』――キノ・トキシバに対し、私は汚染域について嘘は言っていないが全てを話してもいない。
あの場所に蔓延っているナノマシンの中身は有害プログラムだけではない。少なくない割合で、生体アンドロイドの情報の断片が見つかっている。
彼女の話から推測すると、恐らくこのナノマシンは首都の方まで飛散していて、取り出された情報を基に昔の生体アンドロイド達が再製造――言葉を借りるなら『復元』されているようだ。
私達兄妹には関係のない話だし、これくらいの情報は汚染域を調査すればすぐに分かるのだから話す必要もないだろう。
キノは私達に関する情報収集の機会を窺っていたようだが、私達は徹底してそれを避け続けてきた。
紆余曲折あったとはいえ、彼女は超文明の時代を生きていたアンドロイド。製造登録のない生体アンドロイド、所謂『ガラクタ』と呼ばれる存在を知らないはずがない。
私達兄妹がその『ガラクタ』であると知られればどんな目に遭うか。
彼女が直接手を下す確率は低いだろうが、この短い付き合いで把握した性能と性格から予測して、彼女を通して他のアンドロイドに知られる確率の方が高い。
だから、これはその対策の為の取引でもある。
「制御を乗っ取る有害プログラムが蔓延してる……汚染域……?」
情報処理に時間がかかるキノは、半ば上の空の様子で私の話した言葉を繰り返している。
『あの連中』……有害プログラムに乗っ取られたアンドロイド達の話をした時、彼女は自分と同じ髪色のアンドロイドがいなかったか尋ねてきた。それは即ち、乗っ取られた中に彼女に近しいアンドロイドがいるという事なのだろう。
汚染域のナノマシンは私達ガラクタの身体に侵入しても反応せず、結果的にプログラムに侵されずに済んでいるというのは皮肉めいている。
別に、何の情報も与えず、無策であそこに行かせておけば、キノは乗っ取られたアンドロイド達の仲間入りで行方不明。私達の存在はこのまま誰にも漏れる事なく平穏に過ごせるのだから、本来は取引自体全く必要ない。
けれどその選択を採らなかったのは……同情してしまったからだろうか。
「その対策コードってさ、乗っ取られたアンドロイドには有効なの?」
「恐らく無効ですね。あくまで乗っ取りを防ぐ目的ですので、プログラムの解除までは出来ないかと」
「そっかあ……」
残念そうな顔で一度項垂れた後、ぐぐうと腕を伸ばして情報処理の切り替えを図るキノ。
取引の応否を決めるのにもうしばらく時間を要するかと思ったが、迷う様子もなく彼女は取引に応じるという返事をくれた。
「何故、とは訊かないのですね」
正直拍子抜けと言うか、ある意味では予測の範囲内の態度に思わず口が滑ってしまう。
私の問いに、水の入った器に伸ばしていた手が止まり、空色の髪に隠れた金の瞳がこちらを見る。
超文明時代、比較的珍しいとされた左右で色の異なる双眸。双子の証とも呼ばれ、製造過程で分裂した身体のアンドロイドに低確率で発現した身体的特徴だ。
その特徴を持つ生体アンドロイドの多くは、分野を問わず優れた性能の持ち主だと言われていたか。
「そりゃ、気にならないって言ったら嘘になるよ」
やはり訊かれるのかと身構えるより前に、でも、という言葉が続く。
「相手が話したくない事は無理に聞き出さないし、守秘義務は守るってのがあたし達傭兵の基本だからね」
「……そうですか」
例え双子の証の持ち主だろうが私はキノの実績も実力も知らないし、彼女が私達の存在を秘匿し続けてくれるという保証と安心は全くない。
しかしその笑みと秘匿を守ろうという姿勢は、実績と実力に裏付けられた確かなものだというのは理解出来た。
* * *
身体の損傷……なし。
コアの稼働状態……正常。
「これで私が出来る治療は完了です。長い間お疲れ様でした」
フルスキャンの結果を眺め、私は一人頷いた。
治癒も予測より大分早かったが、リハビリに入ってからはあっという間だった。
完治の太鼓判を押されたキノは隣で大きな溜息をついて天井を仰いでいる。身体が思う通りに動かせなかった負荷が余程大きかったのだろう。
「それで、これからどうするのですか?」
「とりあえずセントラルに帰るよ。荷物積めるだけ積んで、方角間違えなければ多分どうにかなるでしょ」
身体性能に長けたアンドロイドのやることは理解出来ない。
「途中で倒れても私は関知しませんからね。それとあなたの性能だとここの食料や資材全て持って行けそうなので積載限界まで積むのは止めて下さい」
「ちぇー、分かったよ」
海も干上がるこの過酷な環境下、何の物資も持たせず放り出して死なれるのは気分が悪い。そう思う程度には、私は彼女に対し警戒心が緩んでいるようだ。
「超長距離移動に必要そうなものはあちらの倉庫にあると思います。見繕っている間に食料はこちらで用意しますので」
「了解。ありがと」
食料は本当に全て持っていかれそうな気がしたので、私と妹で選別しよう。
妹――アルムは一度キノに姿を見られて以降食料庫にずっと隠れている。好奇心と興味でキノを影から観察していたようだが、やはり自分が注目される恐怖には勝てなかったらしい。
キノはさして気にしていないし見えていないだろうが、アルムには仮面の下にある火傷だらけの顔を見透かされたように見えたようだ。
資材庫に向かうキノを見送り、反対方向にある食料庫へ足を運んだ。
アルムを宥め、鞄に積めるだけ食料を積み食料庫を出る。
私一人で運べるぎりぎりの重量だが、恐らくキノは「足りるかなあ」と言って軽々と持ててしまうだろう。とはいえ身体性能維持に最低限必要な量は満たしているはずだ。
「足りるかなあ?」
「これ以上は……私が運べませんので……」
息を切らしながらそう言うと、彼女も自分の要求が過ぎると理解しているのかそれ以上の不満は言わず、礼を言って鞄を受け取った。
その背中には食料鞄以上に重そうな得物や荷物がぶら下がっている。
昔ここに流れ着いた頃施設の中は一通り調べたつもりだが、資材庫にあんなものあっただろうか。
私の記録にないという事は、恐らく生活していく上で不要と判断したものだろう。
「それじゃ行くけど、礼とか本当にいいの?」
「結構です。治療の間に聞いた話だけで得られるものは十分ありましたから」
「そっか」
こうして容易に情報を得られたのは、彼女が最後まで私達をガラクタと認識していないからだろう。
傭兵の基本やら守秘義務やら知らないが、好奇心に任せて素性を尋ねられなかったのは本当に僥倖だった。
あとはさようならの後、一言告げるだけで良い。
「さようならキノさん。『アーシェ・ハインベルグより』」
対策コードはうまく起動したようだ。
一瞬にして笑顔が抜け落ちたキノ・トキシバは何も言わず、そのまま背を向け、振り返ることなく荒野を歩き始めた。
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