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6 - reunion
Tips: コアと身体の適合
 コアと身体には相性があり、無作為にコアを移植しても問題なく動作するが、適合率が八割を下回るとコアと身体のどちらかに異常をきたす。
 これらの異常はオーダーメイドの外部ツールを装着・使用することで緩和可能。

 * * *

 ――時は少し遡る。

 * * *

 わたしはヒュッケバル。
 生まれはセントラルの北東。意識がもうろうとしてさまよっていたところをカシラというアンドロイドに拾われて、研究機関で治してもらいました。
 その時にユーリエルというすごいアンドロイドから名前をつけてもらい、身体の中にいるこわい声の正体のこととか教えてもらいました。
 わたしの身体にはもう一人アンドロイドがいて、かれはテツジと名乗りました。元の身体がこわれてなくしてしまったテツジはわたしの身体に『いそうろう』しているんだそうです。
 最初は勝手にいそうろうされていやだとわたしはおこりましたが、テツジは「このまま消えるのは嫌だ。何か方法が見つかるまではお前を守ってやるから」と言うので、しぶしぶいそうろうを許可しました。
 今思えば、この判断は正しかったと思っています。
 生まれたばかりで何も知らなかったわたしは、テツジの声よりも外の方がずっとこわいものだとさえ知らなかったから。

 身体を治してもらい、リハビリをしながら色々な事を教えてもらって、もう少しで外に出る許可が下りるというころです。
 ユーリエル室長から直々に呼び出しを受けたわたし達は一つのお仕事をいらいされました。
 「探しもの、ですか?」
 「はい。あなた方の性能なら可能と判断し、助力をお願いしたいのですが……」
 今もこわいですが、この時のわたしは外に出るのがこわくて、最初は断るつもりでいました。
 室長は目の下がうっすら黒ずんで、とてもつかれている時のしょう状を見せながらわたしを見ています。やっぱりこの場所で一番すごいアンドロイドだからいそがしいのでしょうか。
 「どこで何を探せばいいのですか?」
 気がついたらわたしの口からそんな言葉が出ていました。
 思っていたことと反対の言葉がどうして出てきたのか、今も分かりません。
 「外で、アンドロイドと……こういう形をした端末を探して欲しいのです。アンドロイドの名前はキノ・トキシバ」
 「キノ・トキシバだって?」
 探すアンドロイドの名前を聞いたとたん、いきなりテツジに意識を引っ張られて身体の制ぎょを取られてしまいました。
 「あの双子の傭兵生きてたのか! なあキトは? 弟の方は探さねーのか!?」
 「ええと、テツジさん少し落ち着い」
 「まあどうせ仲良く一緒にいんだろ、いいぜ探してやるよ。どこ探しゃ良いんだ? 首都か?」
 身体を乗り出して食い気味に話を進めようとするテツジに室長もたじたじの様子です。
 テツジはずっと昔を生きていたアンドロイドだから、室長が探しているキノというアンドロイドともきっと知り合いなのでしょう。
 「消息不明になった座標は今お送りします。彼女ほどのアンドロイドに何かあったという事は、化け物がいる危険地帯と見て間違いないでしょう。それから現在の首都ですが――……」
 何でもお見通しの室長だからきっと、お仕事のいらいを断られるか、テツジがあばれて問答無用で追い返されると予測していたのでしょう。
 わたしとテツジがお仕事を受けてくれると判断した室長は、ほっとした顔で話の続きを始めました。難しいことはすぐに処理できないわたし達に合わせて、ひとつずつ、ゆっくり、ていねいに。
 途中でテツジがかんしゃく起こしたりしてすごく時間がかかってしまいましたが、半日かかってようやくお仕事の内容を理解できました。
 「お二人共、依頼を受けて下さって本当にありがとうございます。外出許可は予定通り明後日に降りますので、よろしくお願いします」
 「おう、任せとけ!」
 いきようようと部屋を出たわたし達は、使命感と不安を抱えながら自分の部屋にもどっていきました。

 * * *

 「お。あんなボロボロだったのがキレイになったなあ」
 「……おじさん、だれ?」
 「誰がおじさんだあ!! ちゃんとカシラっつう立派な名前があんだよお!」
 「じゃあカシラおじさんで」
 「おめえは『復元』された方だな……覚えといてやるぜえ」
 わたしのフリしても声でバレバレだよテツジ……。
 でもすぐに手を上げなかったカシラはいい人だと思いました。見た目はこわそうですが。

 あっという間に外に出る日が来て、ゲートをくぐった先で待っていたのは細くてひょろひょろした、手の指がいくつかないアンドロイドでした。
 わたしの記録には全然残っていないけれど、室長が言うにはかれがわたしを見つけてくれたおん人なのだそうです。
 会ったとたんテツジが代われなんて言うから知り合いなのかなと思ったのに、ただけんかをふっかけたかっただけみたいでした。わたしの身体でそういうこわいことをしないでほしいな……。
 少しからかって満足したらしいテツジは、「遊び甲斐がありそうだぜ」なんて言ってわたしにバトンタッチしていきました。
 それにしてもカシラは刷毛みたいにかみを生やして、すごくガラが悪そうな格好しているけど、外で暮らしているアンドロイドはこういう格好が標準なのでしょうか?
 「えっと、カシラ、助けてくれてありがとうございました」
 「お、おお……。どういたしまして? って言うんだっけかあ?こういう時」
 「室長にはそう教わりました」
 「そりゃ良かった。んで、あんたの名前は……」
 「ヒュッケバルという名前をつけてもらいました」
 「そっかそっか。よろしくなあヒュッケ」
 とげとげした様子はどこかに消え、にかっと笑うカシラの顔はお世話好きのおじさんみたいです。
 思っているよりこわいアンドロイドじゃないのかなと思っていたら、頭をわしゃわしゃされ、かみがぐしゃぐしゃになってしまいました。こわさはへりましたが少し乱暴です。
 「機関のお偉いさんに聞いてっと思うけど、俺も一緒に行く事になってよお。俺あ他のアンドロイドより鼻が利くらしくてさ、姐さんのいたところや持ちもんをにおいで見つけられるぜえ」
 「すごい性能なのですね」
 「へへ、存分に頼ってくれよなあ」
 自分のうすい胸をトンと叩き、ドヤ顔でわたしを見下ろしながらカシラは自己しょう介してくれました。
 それからカシラの案内で街の中を少し歩いていると、こわそうなアンドロイドにたくさん声をかけられました。何でも、カシラは研究機関に入ったことがあるということで、外のアンドロイド達から一目置かれているらしいです。
 少し有名で顔の広いカシラがいろんなアンドロイドに「こいつに手を出したら機関が黙ってないぜ」とくぎをさしてくれたおかげか、わたしのような弱いアンドロイドでもこわいアンドロイドにからまれずにすむのはとてもありがたいです。
 そんなカシラが「あねさん」と呼んでいてテツジも知ってるってことは、もしかしてキノというアンドロイドはもっと有名でえらくてこわいのでしょうか?
 ……見つけたとたんになぐられたりしないでしょうか? 大じょう夫、ですよね?
 

 「さて、こっからは警戒レベル上げて行かないと死ぬぜえ」
 まばらに建っていたお家も見当たらなくなり、わきに寄せられたがれきとふみ固められた地面ばかりの場所に出てきました。
 少し遠くに目を向ければ、がれきもない一面のあれ地しか見えません。かくれられる場所もないこの先を何日も歩かなければならないのでしょうか。
 街を歩くのとはまたちがうこわさがこみ上げてきます。
 「わぷ」
 「あんたの髪は目立つからなあ。それ被っとけば化け物に見つかりにくくなるぜえ」
 「あ、りがとうございます」
 簡単に折れてしまいそうなほど細いカシラのうでが、何だかたのもしく見えます。
 くせ毛でボリュームのあるわたしのかみは、そのままじゃ布の中に納まりきりません。試行さく誤しながらかみを束ね、どうにか頭をかくせる形に整えました。
 ぎゅうぎゅうに詰められたかみで頭が少し暑いよう……。
 ここから先は『化け物』という、アンドロイドをおそうものがいるそうです。それは街のこわいアンドロイド達が束になっても倒せないくらい強く、テツジも昔、化け物に身体をこわされてしまったと言っていました。
 だから極力見つからないように動くのにカシラのきゅう覚が役に立つのだそうですが……。
 「化け物をさけたり、探しものの適性ならカシラだけで良さそうなのに、どうしてわたしとテツジがアンドロイド探しをたのまれたのかな?」
 (あ? お前そりゃもちろん――)

 ブゥーン……

 何の音だろう?
 「まずい、甲虫型だあ!」
 音の正体に気付いたカシラがわたしのうでをガシッとつかみ、音とは反対の方向にひっぱります。
 やがて黒い点の群れが見えてきて、大きな羽音を発しながら飛んでくるそれはかたそうな身体と節をもち、ものすごい速さで一直線にこちらに向かって――

 「逃げろ!!」

 こわい!! 無理!!
 次のしゅん間、わたしは音を置き去りにして走っていました。

 * * *

 (ばっかお前、逃げろとは言ったけどさあ……)
 「だ、だって、こわくて……」
 息が切れ、足がつかれをうったえるまで走り切ってようやく立ち止まると、わたしは知らないところまでにげていました。
 あたりは前後左右どこを見ても同じ景色が続いています。さっきは街の外に出たばかりだったので、後ろにはがれきやくずれたお家があったはずなのですが……。
 あああ、早くも道に迷ってしまいました。
 え、えっと、道に迷った時は確か、座標を確認しなさいって室長に教わりました。たん末は確かポケットに……そういえば、何だかうでが重たいような?
 「ひえっ」
 重たい右うでに視線を移すと、カシラがわたしのうでにしがみついたままぐったりしていました。
 びっくりして思わずぶんぶんうでを振ってしまいましたが全く振りほどけません。な、なんで!? だだだれか助けてええええ!!
 「おい、もう逃げ切れたぞ。離せよヒョロガリ」
 「うう……」
 見かねたテツジが表に出てきてくれて、言葉づかいのあらさと声でテツジだと認識したカシラはうでをはなしてくれました。
 「……てめえ後で覚えてろよお」
 ふらふらとへたり込むカシラのいら立たしげな視線をどうでもいいとばかりに一べつしながら、テツジは「とっとと出ろ」とわたしの意識を小づいて急かしてきます。
 混乱したわたしが落ち着くまでの時間を作ってくれたのでしょうか。テツジのやることは時々よく分かりません。
 「ご、ごめんなさい」
 「気にすんなあ。あんたがいなかったら今頃化け物のエサだったぜえ……」
 あお向けで息を整えるカシラに謝り、わたしもその場に座り込んで少し休けいすることにしました。
 「しっかしあんたすげえなあ。あんな速く走れるなんてよお、姐さんも見たらぜってえびっくりするぜえ」
 「み、みんな、これくらい走れるんじゃないんですか?」
 確か身体性能検査の総合評価はBと言われましたが、それが全てのアンドロイドの中でどれくらいの性能なのかはよく分かりません。
 同じ評価でも個体差があると室長は言っていました。
 「全部のアンドロイドがそんな速く走れたら、研究機関のお偉いさんが直々に姐さん探しに行くんじゃねえかあ?」
 (お前、脚力が極端に高えんだよ。自分の足だけで化け物から逃げ切れるアンドロイドなんてお前くれえだな)
 「ええー……」
 つまり、だれよりも、足が速い……?
 自分の身体性能がそんなにすごいものだったなんてしょうげきです!
 室長から化け物のお話を聞いていた時は出会ったらにげるしかないと思っていましたが、にげ切れないことを予測していませんでした。
 (そりゃ戦えりゃ探しものもずっと楽だけどよ、ユーリは化け物と戦えなんて言ってなかったろ)
 「俺が探して、化け物に見つかったらあんたの足でびゅーんと逃げる。お偉いさんの考える作戦はすげーよなあ」
 室長のい大さをかみしめるように、カシラは一人でうんうんとうなづいています。
 ……もしかしなくても、あの時カシラがわたしのうでから振り落とされていたら、わたしはかれを死なせてしまっていた?
 そう考えた時、わたしは自分の未熟さをおそろしいと思いました。
 このおそろしさに目をそらしてはいけない、と。

 ふと、何かを見つけたような顔をしてカシラがとんでもない事を言いました。
 「でもよお、あんたのその脚の強さなら、化け物によっては倒せそうじゃねえかあ?」
 「えっ!? むむむ無理ですよ!!」
 「そうかあ? ま、あんたビビリだもんなあ」
 カシラはからからと笑いながら水を飲み、一息ついてからたん末を取り出して操作し始めました。
 にげ切れるくらいあしが強くても、戦うだけの判断力や実力はわたしにはありません。
 (いや実力はあるだろ)
 実際に戦ったことがないんですからないものはないです。
 二人ともわたしの性能を買いかぶりすぎじゃないでしょうか?
 (逃げ切ったのも実力のうちだって。お前、自分の性能を過小評価しすぎなんじゃねーかなあ)
 そう、なのでしょうか。確かに、室長もわたし達の性能ならできると判断した上でこのお仕事をいらいしてくれたのですから、もう少し上方修正してみても良いのかもしれません。
 「なあヒュッケえ、教わった通りに座標画面表示できたけどよお、これどうやって見るんだあ?」
 「あ、はい。えーとここは……」
 慣れない手つきでたん末を操作していたカシラに声をかけられ、そこでようやく自分がうなだれていたことに気付きました。
 見せられた画面を確認し、見方をつたない言葉で説明しながら今の座標と目的地の座標を教えて結論を話します。
 「……ということで、ちょっと横にズレただけで遠ざかってはいないみたいですね。あっちです」
 「あんたの説明が下手なのか俺の情報処理が遅すぎんのかよく分かんないけど、とりあえずあっち行けばいいんだなあ」
 「……すみません」
 身体性能にかたよったわたし達では、だれかにものを教えるというのがとても難しいです。
 そんな欠点に口をすぼめつつ、わたし達は歩き始めました。

 それからも化け物に出会っては逃げてをくり返し、セントラルを出てから何日も経った頃。
 「全く近付けない……」
 たまたま見つけた穴ぐらから顔を出し、明け方のうす暗い空をたよりに外の様子をうかがいます。
 ぼんやり光る座標たん末に目を移すと、表示されたとう破り歴は目的地の座標――遺せきの周りをぐるぐる歩いただけのような状態。
 出会う化け物の種類はいつも同じ。顔の左右についた目に大きな口と長い舌、全長の半分くらいを占める長いしっぽを持ち、四つ足で地面や岩にへばりついてはうように歩くきょ大な化け物……テツジが言うには、あれはは虫類型というらしいです。
 これだけ時間と情報があれば、情報処理性能が低いわたし達でもどういうことかはあくできます。
 「つまり、あいつのナワバリに姐さんも端末もあるって事だろお……」
 「あれ、遺せきですよね? 中の構造が分からないと、回収してにげる方法もとれません」
 「お偉いさんからあの遺跡の情報とかもらってないのかよお? それか『復元』された方が何か記録してるとかよお」
 「俺が『生前』で記録してんのはここが森だったってことくれーだよ。こんなところに施設があったなんて知らねーし」
 「おめえ今のところ役立たずじゃねえかあ?」
 「お? やんのか? 少なくともお前よりは基礎身体性能たけーぞ?」
 「二人ともやめてくださいー!」
 テツジの意識を引っ張りもどし、どうにかけんかを強制終了させることができました。どうも相性がわるいこの二人はすぐけんかしようとして、もしテツジとわたしが別々の身体だったらとても止められる気がしません。
 「ちっ。……とにかくよお、逃げられないなら倒すしかないってことだろお? 俺はあんなの相手に戦うなんてとてもできないぜえ?」
 「……そう、ですね。表面もとてもかたそうですし」
 (爬虫類型の装甲は化け物の中でも最硬だ。お前が蹴ったら足が壊れるからやめとけ)
 「ひええ……」
 テツジが言わなくても、わたしにそんな事出来るわけがありません。
 これまで何とかにげ切ってきましたが、あの大きな化け物に追いかけられるのはわたしの記録が始まって以来一番こわい体験なのです。
 すでに、あの姿を認識したしゅん間足がコアの制ぎょを無視して反対方向へと走り出してしまうほどに。
 こういう状態を、トラウマと言うのでしたっけ……。何とかしなくてはいけないとコアでは認識していても、身体がきょ否してしまって動けないのです。

 でもあれを何とか出来そうなのはわたししか「そこで俺の出番ってわけだ」

 「え」
 顔を上げたしゅん間、にやりと笑うテツジの姿が目の前にありました。
 びっくりしてまばたきをした時にはもう姿はなく、辺りを見回しても見慣れたこう野が広がっているだけで何もありません。
 「ヒュッケ、どうかしたのかあ?」
 「あ……」
 カシラに声をかけられて、これがげん覚という現象の一つだとようやく理解しました。
 わたしの中にいるテツジは確かに笑っていると認識できるので、それを視覚が誤認して投影したのでしょう。 ……彼がわたしの目の前に立っているなんて、研究機関にある仮想空間でしか実現できないのに。
 「いえ、何でもないです」
 混乱を振り払うように頭を軽く左右に振り、代われと言うテツジに後を任せます。
 そういえばテツジの性能はまだ聞いていません。身体性能が高いとは言ってましたが……。
 「あの化け物もちゃんと弱点ってやつがあってな。そこにこいつをぶち込めば倒せるってわけよ」
 「こいつう?」
 テツジはにやけ顔でもったいぶった話し方をしながら、背負っていた棒状の長い荷物をおろしました。
 がしゃん、と重みのある音にカシラの顔が少し険しくなったのが分かります。その顔がわたしにはおびえているように見えたのはなぜでしょうか。
 何だかいやな予測が頭をよぎります。
 あの中身を見せてはいけない。そんな予測が。

 「待っ」
 「そういやお前は見た事あっ――」
 テツジを止めるより先に、解かれた荷の中身をカシラが認識してしまいました。

 「ひああああああああっ!?」
 突き刺さる悲鳴にびくりと身体がふるえ、荷の中身――複雑な形をした長いつつ状の金属に触れようとしていた手が止まりました。
 あわてて意識を正面にもどしてみると、つつ状の金属を見たカシラはしりもちをつくようにたおれてしまい、わたし達からにげようとぬけたこしを引きずりながら後ろに下がっていきます。
 その顔に張り付いたなみだと鼻水と表情筋の強張りは間ちがいなくさく乱状態のそれです。
 「やややめ、ころ、ころさないでくれえ!!」
 (テツジ!?)
 「待て、そんなことしねーって!」
 テツジが取り出したこの金属の棒がどういう物かわたしは知りません。
 ただこれがカシラにとってトラウマに値するものだというのは明らかで、びっくりしたわたしまでパニックになりそうなほど伝わります。
 こ、こういう時どうしたら良いのでしょう? 今表に出ているのはテツジだし「やっべー忘れてた……」んん?
 今何て? ……忘れてたって言いました?
 (……テツジ?)
 「えーと確か鎮静剤があったはず……」
 テツジはわたしの問いかけを無視してポケットからシリンジを取り出すと、もたもたと慣れない手つきでちん静ざいを用意し始めました。
 その行動にコアがすーっと冷えていくのを認識し、同時にいかりのような熱さがのぼってきました。
 もう一度呼びかけてもやっぱり無視され、自分の声がだんだんあらくなっていくのが分かります。
 (無視しないでください! 忘れてたってどういうことですか!)
 「ちゃんと説明すっから黙ってろ。あいつを静かにさせんのが先だ」
 静かだけどいら立ちのこもった声に圧され、わたしは口をつぐんでしまいました。
 (……はい)
 コアの熱が引き、正常な情報処理がもどってくるのが分かります。
 テツジの言う通りです。わたしではどうやってカシラを落ち着かせれば良いかなんて分かりませんでしたし、ただ後ろでテツジを責めることで頭がいっぱいになって、するべきことの順番を間ちがえていました。
 そうして思考を修正している間にテツジはちん静ざいをじゅうてんし終えていました。
 こういう細かい作業はわたし達身体性能に特化したアンドロイドは不得意で、集中力がそがれやすいこの状きょうでやりとげたテツジはすごいです。
 「ひいい……やめてくれえ、まだ死にたくねえよお……」
 「殺さねーし、死なねーよまったく」
 シリンジを持って振り向くと、うずくまったカシラがぶるぶるふるえながら小さくつぶやいている姿が目に入りました。
 その目は金属の棒にくぎ付けで、視界に入っているはずのわたし達がまるで見えていないようでした。

 「銃見たぐらいでビビッてんじゃ、いつまで経ってもあいつらには会えねーぞ」

 * * *

 ちん静ざいで強制スリープしたカシラを穴ぐらに置き、テツジは最初から説明してくれました。
 テツジは金属の棒――『じゅう』と呼ぶ得物をつかえる、とてもめずらしい性能なのだそうです。
 この得物を使えばあの化け物を倒せる。だから室長はわたし達にお仕事をたのんだのだと理解しました。
 そして外に慣れていないわたし達の案内役としてカシラが選ばれました。
 ただ、カシラには一つけ念があって……実は、テツジ以外にもう一人『じゅう』を使えるアンドロイドがいて、カシラはかれにひどいけがを負わされたせいで『じゅう』にトラウマを持っているだろう、と室長は予測していました。
 そのため、一時的な対処法として荷物の中にちん静ざいを入れていたのだそうです。
 これらのお話はテツジと室長の間でされていたもので、たまたまその時ねむっていたわたしは何も知らされていませんでした。
 どうしてわたしには説明してもらえなかったんだろう、とこぼしたら、テツジは思い切り顔をそらしました。
 目も泳いでいるのが筋肉の動きで丸わかりです。
 ……なるほど? これはおこっていいところですよね!?
 それで、もし『じゅう』を使わなきゃならなくなった時はカシラに見えないよううまく動いてくれとくぎをさされていたらしいけれど、それも忘れていたテツジはうっかり目の前で取り出してしまい……。
 結果は先程の通り、というわけです。

 「大体テツジのせい、ということですね」
 (『生前』ほとんど単独行動だったから連絡とか共有とかできねーんだよ……)
 ふてくされた声からは「俺は悪くない」という意識がすけて見えます。
 その態度にむかむかしたものがこみ上げてきて、思わず言い返してしまいました。
 「じゃあ、テツジ一人で行ってきてくださいよ! わたしは動きません!」
 (は!?)
 「できないですよね? この身体の主導権はわたしなんですから」
 (ぬぐっぐ……おい、どういうつもりだ!?)
 頭のおくでテツジが声をあらげていますが意識を引っ張られることはありません。室長から教わった、マスター権限でロックをかけ交代できないようにする「おくの手」というやつです。
 「カシラは『じゅう』がこわいって知っていたのにこわがらせたテツジをわたしは許せませんし、そうやって自分は悪くないって思っているのも許せません」
 (だからそれは忘れてたから)
 「それは一人だったから自分で許していただけですよね? 忘れたら全部許されると思っているんですか!?」
 (それは……)
 「自分のミスを認識できない人に、この身体は使わせません!」
 (待っ)
 ぴしゃりとしゃ断して声も聞こえなくなり、一人になったわたしは大きくため息をつきました。
 ……例えるなら、ドア一枚へだてた向こうにテツジがいるという認識ではありますが。仮初とはいえ、わたしというアンドロイドが覚せいしてから、こうして一人になったのは初めてかもしれません。
 だれの声もしない、ただ風の音だけが聞こえてくる静けさ。それがむかむかしていた熱さを急速に冷やしていくのが分かります。
 思考が落ち着きを取りもどし、まだうす暗さを残した空から穴ぐらの暗やみに目を移すと、すみで再起動中のカシラがねむるように横たわっているのが見えました。
 再起動にかかる時間はコアの基そ性能に比例すると室長は言っていましたっけ……。カシラの目が覚めるまではまだ時間がかかりそうです。
 それまでに、少しでも前に進まないといけませんね。
 まずあのは虫類型の化け物を何とか……うう、姿を再生するだけでもこわいです。でもしっかり情報は確認しないと。
 弱点があると言ってましたが、どこにあるのでしょう? 再生した姿の角度では、それらしいものは見当たりません。
 『じゅう』がないと見つけられないのでしょうか……かといって今テツジにきくのは絶対にいやです。
 こ、こわいですけど、わたしの足ならにげられますし、もう一度実物を別の角度から探してみたら何か見つかるかもしれません。
 「……よし!」
 大じょう夫。大じょう夫。
 ほっぺたをたたいて自分をこぶし、穴ぐらから顔を出して遺せきの方を見た時でした。

 無機質な目と、大きな口が、すぐ近くで、こちらを向いていて。

 この時、穴ぐらに引っ込まず外に飛び出せたのは正しい判断だったと思います。
 「――……っ!?」
 先に身体が動いたという意味ではまだトラウマの強さを認識せざるを得ませんが、それでも、パニックにならず化け物を視認できるだけのリソースを残せただけでも十分なアップグレードではないでしょうか。
 化け物は飛び出してきたわたしを目で追い、こちらに向かって来ました。うううこわいよう……!
 全力で走り出そうとする身体をおさえつけ、追いつかれないくらいの速さに落として追いかけっこ開始です。どうやらカシラの存在には気付いていない様子で、どんどん穴ぐらからはなれてくれるのは助かります。
 この後は、ええと……そうです、弱点を探さなくちゃ!
 ちらりと後ろを振り返って確認できるのは頭だけ。かたそうな装こうにおおわれた体表はつるつるしてすき間もなく、頭も例外なくおおわれています。
 お腹は見えそうにありませんね……あんな大きな体をひっくり返す方法が思いつきません。
 他に装こうがない部分というと――
 「わっ」
 化け物から目をはなしたすきに何かに足をつかまれ、盛大に転んでしまいました。
 顔から思い切り地面に打ちつけられたしょうげきと痛さでなみだが出ますが、それよりも、足をつかんだ何かに引っ張られていることの方にコアが警報を発しています。
 急いで足元を振り返ると、ぬめぬめしたものをまとい、ぐにゃぐにゃしているのにしっかり足にからみついてはなさない何かが、化け物の口につながっているのが見えました。
 それを認識したしゅん間、身体の痛みも、コアの警報も、どこか遠くのものになり、残りわずかだったリソースが消し飛んで――
 いやだ、いやだ、いやだ!!

 「やだああああ!!」
 岩にしがみつこうとした手がすべる。地面につめをたてても線をえがくだけ。
 足以外の力は平ぼんなわたしのていこうはむなしく引きずられていく。
 完全に、情報不足によるわたしのミスです。口の中は予測すらしていませんでしたし、はなれた相手をつかまえる身体機能があるなんて、外見だけでは判別できません。
 そもそも化け物を観察なんてしなければこんなことにはならなかったのではないでしょうか。おとなしくカシラの再起動を待っていれば良かったんです。できるなんて思ったわたしの判断が失敗だったんです。
 いくら後かいしてももうおそく、化け物とのきょりはどんどん縮んでいきます。
 もうだめだ、全部わたしのせいで終わってしまうんだ……。
 ぎゅっと目を閉じ、この後に来る終わりをふるえながら待ちました。

 「まだ終わりじゃねえ!」

 わたしの意思とは関係なく、閉じていたはずのドアが開いて。
 中からのばされた手に力強く引き寄せられ、その勢いで中にいたかれが外に飛び出していく。

 一しゅんで入れかわったテツジはしがみついていた地面から手をはなすと、足にからみついた何か――舌をにぎりつぶす勢いで思いきりつかみました。
 ひるんだ、のでしょうか? 身体を引っぱっていた舌の動きが止まり、そのすきに足をぬいてだっ出することができました。
 「銃は……っし、いけるな」
 わたしがさっきしがみつこうとした岩までにげた後、ずっと背負っていた『じゅう』を降ろし慣れた手つきであちこち操作し始めたテツジ。
 時折化け物の様子を見つつ、何かのぞき込んだり開け閉めしたりと一つ一つ動作を確認していますが、わたしには何をどうしているのか全く分かりません。
 (……ごめんなさい)
 死ぬという予測が外れた安どからでしょうか。不意に、止まっていたなみだがまたこみあげてきて、そう言葉がこぼれていました。
 たまったなみだが目からあふれ、ぽたりと落ちていきます。
 今表にいるのはテツジのはずなのに。テツジは泣いていないのに、どうしてわたしのなみだが出ているのでしょう。
 「……悪かったよ」
 流れてくるなみだを雑にぬぐいながら、ばつがわるそうな声で答えが返ってきました。
 「けど、今死にかけたのはお前自身のミスだからな。これでおあいこだ」
 (……はい)
 「――……らな」
 何でしょう? 小さくもれた声はごにょごにょとしか聞こえず、何て言ったかよく分かりません。
 「何でもねえ」
 はっとしたテツジはそう言うと、ごまかすように頭をふり、止まっていた『じゅう』を操作する手を動かし始めました。
 ……ふーん? 気になりますが、たずねるのは後にしましょう。
 思考に意識が集中したりしているとコアの制御がゆるんで、考えていることが口に出てしまうことがあります。
 室長いわく、これは不具合でも何でもないそうですが、情報処理性能が高くないアンドロイドによく見られる現象らしいです。
 「よし」
 カシャン、と何かをはめこんで準備を整えたテツジは、まだ化け物の動きが止まっているのを確認してにやりと笑みをうかべました。
 「リベンジだ。耳貸せヒュッケ」

 * * *

 『生前』、中型以上の化け物を討伐出来たのは一度だけだった。
 戦い方や弱点をいくら頭に叩き込んでも、銃の命中精度は高くない俺の性能じゃどうしても弾数が必要になる。ユーリから支給された弾数は心許なく、あいつの弱点に当たらなければその時点で俺は詰む。
 だからこれは分の悪い賭けだ。
 「当たれっ!」
 トリガーを引くのとほぼ同時に化け物が動き出し、狙いが外れた弾は硬い装甲に当たり弾かれる。
 くそ、元の身体と体格が違うせいか銃がでかくて身体に引っかかる。こっちに向かって走り始めた化け物を注視しつつ、岩を挟む形で後ろに飛んだ。
 岩を挟んだところであいつにとっちゃ何の障害にもなりゃしねえだろうが、ほんの一瞬でも視界から外れられればそれで良い。
 地面に足がついたら今度は斜め前に飛び、化け物の横にまわる。
 岩で視線を遮られた化け物は舌の射出タイミングを逃し、再び俺を視界に収めた時には舌の射程外ってやつだ。
 「今度こそ!」
 あの気持ち悪い舌から逃げられても足や尻尾で潰されちゃ意味がねえ。
 走る速度を落とす事なく、そのまま銃を構えてもう一度トリガーを引いた。
 動いてる標的を走り撃ちで当てられるアンドロイドは俺の知る限り誰もいねえ。キトならやれそうだな……あいつがやったって話は聞いたことねえけど。
 目を狙った三発の弾は案の定硬い装甲に弾かれ――何の偶然か、跳弾した一発が命中した。
 ……当たった? マジで!?
 全弾使って片目潰せれば良いと思ってたが大成功じゃねえか!
 透明な膜が潰れた目を覆い、大きく頭を振りかぶった化け物が暴れだす。
 こいつに痛覚なんてもんはねえ。暴れているのは攻撃してきた相手をその硬い装甲で押し潰すための反撃行動に過ぎず、これで死んだアンドロイドは多かった。
 ま、射程外から攻撃できる俺にその行動は意味がねえけどな。
 「お次は狙いやすい方にぶち込んでやるか」
 弾に余裕が出来たところで温存するなんて選択肢はねえ。
 余った分、別の弱点にぶち込んでやれば早く終わらせられるからな。あいつの負担も軽くなるし。
 距離を保ちながらもう一度顔の正面寄りに移動し、今度は口に照準を合わせる。
 化け物もずっと暴れてられるわけじゃねえ。動きが緩慢になってきたところで弾を食わせられれば――
 「!?」
 直後、化け物が俺達を正面に捉え、半分開いていた口から舌が飛び出してきた。
 嘘だろ!? 完全に視野角から外れた位置を取ったはず!
 (テツジ!)
 「おわっ!?」
 いきなり意識を引っ張られ、前に出たヒュッケが慌てて後ろに飛ぶ。
 逃がすまいと追いかけてくる舌は銃口を捉えようとして、間一髪のところで空振りした。
 あ……っぶねえ……!!
 ヒュッケの脚力がなかったら二人仲良く死んでるところだった……。
 (ご、ごめんなさい)
 着地してすぐに引っ込んだヒュッケは申し訳なさそうにそう言った。
 今のは完全に俺の予測ミスだ。
 なのに自分の行動を咎められると思って謝るこいつは、もうちょっと傲慢さというものを習得した方が良いと思う。
 化け物がこっちを見てから行動を起こせた反射回路と動体視力の高さは間違いなくキノを凌ぐ。
 飛び退いた瞬間から着地した今に至るまで、手にしていた銃を暴発させなかった力加減の上手さも無自覚みてえだし。
 「助かった。ありがとな」
 九死に一生を得た安堵にため息をついた後、銃を持ち直してもう一度スコープを覗き込む。
 化け物は自分の射程外に逃げた俺達を捕まえようと距離を詰めて来ている。
 さっきので舌の正確な射程は把握した。ふらふら左右に動いたりしねえ、こっちに向かってくるだけのでかい的なら、俺の命中精度でも十分当てられる。
 今度は偶然じゃねえ、自分の実力で。
 「さあ口開けな。餌の時間だぜ」

 撃ち切った全弾は化け物の口に綺麗に吸い込まれていった。
 弾と一緒に舌も口の奥に押し込まれ、開けていた口がぐっと閉じられる。
 それから空を仰いだ姿勢でぶるぶる震え始めたかと思えば、ごば、と粘液を噴水のごとく吐き出して倒れた。
 だらしなく開いた口から弛緩しきった舌がだらりとはみ出てやがる。同じ光景を『生前』も見たから知ってはいるんだが、なんつーか、こう……汚ねえな。
 (倒した、んですかね……?)
 目の前の光景に顔をしかめてるとヒュッケが恐る恐る訊いてきた。
 「まだだな。放っとくとそのうちまた動き出す」
 今はただ大量の回路エラーが処理を上回ってフリーズしてるだけの状態だ。時間をかけてエラーが解消されればまた動き出すし、もし学習プログラムが搭載されていたら更に厄介な個体になって襲い掛かって来る。
 まあ、潰した弱点は元に戻らないだけマシだが。
 「あとはお前しか出来ねえ事だな」
 (えっ?)
 完全に停止させるには全ての弱点――両目と、口内にある粘液分泌コアを潰さなきゃならねえ。どれか一つでも残っていれば稼働できちまうとか、しぶとさは化け物の中で一番あるんじゃねえかこいつ。
 俺が潰せたのは片目と口のコアまで。最後の目を潰せる力が残ってるのはヒュッケしかいねえ。
 「え? じゃねえよ。弾は撃ち切って……あーつまり、もう銃は使えねえから俺は戦えねえ。残りの目ん玉潰すにはお前が蹴るしかねえだろ」
 (そ、そうだけど……)
 弱点を全て潰さないと終わらないのは銃を組み立てていた時既に話してある。
 目を覆うあの透明な膜は見た目より強度があって、俺の脚力じゃ目そのものに届かねえ事も理解しているはず。
 俺一人で全部潰せる確率は低いと予測ついていたから、最低でも一か所はヒュッケにやらせると最初に打ち合わせもしていた。
 それなのに引いてるっつーか嫌そうにしてるのはまあ……あのべっとべとで汚ねえ姿のせいだろうなあ。
 何か硬くて重さのあるゴミを蹴飛ばすか、足を汚さないカバーみたいなもんがありゃ良いんだが……そんな都合良いもんあるわけがねえ。
 まあ動き出すまで時間はあるし、ヒュッケの覚悟が決まるまで待つしかねえな。
 こいつの性能を考えれば、化け物がいようがいまいがこういう物理的に汚れる仕事は避けられねえだろうし。
 「練習台だ練習台」
 ……一発くらい、弾残しときゃ良かったな。

 (……分かりました。や、やってみます)
 「おう」
 予測より早く腹括ったみたいだ。
 ヒュッケに表を譲り、静かに立ち上がった彼女を後ろから見届ける。
 数歩下がって距離を取り、つま先で地面をとんとんと叩きながら一度ため息をついて。
 意を決して顔を上げて化け物の目を視界の中心に捉えると――次の瞬間には身体が浮いていて、手が届きそうな距離に化け物の目があった。
 俺の性能じゃ決して届かねえ、音速を走る脚力に見合う動体視力の世界。
 「せー、のっ!」

 振り上げた足は装甲に当たることなく正確に的を狙い、障害にもならないとばかりに透明な膜を破って目を貫いた。

 * * *

 「どうですかカシラ」
 「うーん……姐さんの匂いはしないぜえ」
 (じゃ、食われたって予測はなしだな)
 再起動が完了したカシラに化け物の死がいからキノというアンドロイドのにおいはしないか確認してもらい、予測していた最あくの可能性はないと確定してほっとしました。
 穴ぐらにもどって化け物を倒したと聞いた時のカシラはしばらく動かなくなってしまい、また再起動に入ってしまったのかと思うくらいおどろいていました。
 カシラが情報を処理して落ち着きを取りもどした後、キノというアンドロイドが化け物に食べられてしまった可能性がないか調べてもらい、今にいたります。
 「あっちの方から匂いがするぜえ」
 顔を上げ、すん、と空気を吸い込んだカシラが指した方向は、遺せきの中ではなく外周でした。
 遺せきの周辺――テツジいわく森と呼ばれていたらしいこの場所は、岩とは違う質感や形のがれきがたくさん積み重なっていて、地面は黒っぽく、同じこう野でもおもむきや印象が全く違います。
 カシラはその中でも更に色がこい所を指していて、ふみあらされた地面やくずれて粉々になったがれきは、見るからに何かがあったようなあれ方をしていました。
 「行ってみましょう」
 辺りをなわばりにしていた化け物はもういませんが、油断はできません。
 なわばりの主だった死がいからはなれ、黒い領域に足をふみ入れました。

 結論から言うと、あらされた場所にキノというアンドロイドはいませんでした。
 あったのはかのじょの持ち物と思われる道具がいくつかと、それからは虫類型の化け物の足あとだけ。
 化け物におそわれたのは間ちがいないというのはこの場の全員同じ予測なのですが、本人は一体どこに行ってしまったのでしょう?
 (このメイスはキノのやつで間違いねえ。見覚えあるぞ)
 落ちていたメイスという得物はわたしの身長より長く、先たんが重くて持ち上げることが出来ません。
 カシラによると、においは遺せきの方からうっすらと続いていて、最後にいたのはメイスが落ちているこの場所で間ちがいないようです。
 一しょに残っている化け物の足あとも、遺せきから出てきています。
 つまり……遺跡の中で化け物におそわれて、外ににげ出してきた。そこまでは予測がつきますが、その後にぱったりとこんせきがと絶えてしまったのは理解ができません。
 「姐さん……どこ行っちまったんだよお……」
 化け物にやられてしまったわけではないのはカシラのきゅう覚ですでに証明されています。
 ふみあらされてまだらになった黒を見つめ、わたし達はと方に暮れてしまいました。
 (……判らねえ事考え続けてもしょうがねえ。あいつの持ち物持てるだけ拾って、端末回収して帰ろうぜ)
 「そう、ですね」
 経験のちがいでしょうか。テツジは早々に思考を切りかえると、あれ拾えこれ拾えと後ろから指示を出してきました。
 一番持ち帰りたかったメイスはだれも持ち上げられないので仕方なくあきらめ、遺せきに向かいながらテツジの指す小物を拾って行きます。ほ給用のタブレット、応急用のちん痛ざい。使い方の分からない箱やペンも「姐さんの匂いが残ってる」と言うのでカバンに入れておきました。
 と中、カシラが見覚えあるというゴーグルを拾いました。これもかのじょがいつも身に着けていたものだそうで、遠くを見る時だけ外していたとか。
 テツジは「なんだそれ知らねえ」と興味深そうにながめていました。
 「おっ、この部屋なんだあ?」
 進むにつれうすれていくにおいをたどりながら遺せきの中を歩いていくと、かべの一面に規則的に四角いへこみがある部屋に着きました。入り口に部屋の名前が書かれているようですがかすれていて読めません。
 (作りからして管理室とかそういう部屋だな)
 昔のアンドロイドだからか、テツジはすぐに分かったみたいです。
 カシラは不用心にも部屋のおくにどんどん進んで落とし物を拾っています。その辺に転がっている死がい、どう見ても小型の化け物なんですが大丈夫なのかな……。
 幸い動いている個体は一度も見かけていないし、カシラならにおいですぐに見つけられそうだから問題なさそうですかね?
 わたしがそわそわしながら辺りを見渡しているとカシラに呼ばれ、そちらを振り向くとかべの一点を指差していました。
 「俺達が持ってるのと同じ形してんなあ。端末ってこれじゃないかあ?」
 ひざくらいの低い位置に小さなとびらがついていて、その中にはめ込まれたたん末がちかちかと点めつしています。
 「シグナル確認……これで合っているみたいですね」
 そっとたん末を外してカバンにしまった後、ふと近くに落ちていた物に目が留まりました。
 片手で持てる長さの棒に、するどくとがった金属の板がくっついています。ほこりをかぶっていないということはこれもキノの落とし物でしょうか。
 カバンがやぶれてしまいそうなのでこのまま持って帰ることにします。
 もし動いている小型の化け物がいたら、これで対抗できそうですしね。
 (そんじゃ帰るか)
 「そうですね。もどりましょう」
 「姐さあん……」
 カシラが名残おしそうにメイスを見つめていますが、どうしようもありません。
 ぱんぱんになったカバンを背負い、わたし達は黒い森を後にしました。

 * * *

 「――……そうですか」
 端末を受け取り、静かに息を吐く。
 「化け物を討伐し、端末を回収いただけただけでも十分な成果です。ありがとうございます」
 正面に座っている三人に労いの言葉をかけ、イゼルに後の事務を任せて席を立った。
 声が沈みがちになってしまったが彼らの成果に失望しているわけではない。特に『飛脚』と『無鉄砲』――ヒュッケバルとテツジが化け物を討伐したという性能証明は大きいし、重要拠点だったシェルターの探索が他アンドロイドでも可能になったのも朗報だ。
 その一方で、化け物討伐の主力と言えるキノが消息不明のままという情報は大きな痛手である。彼女が周辺のどこにもいなかったのは、恐らくシェルターにあったという転送装置を使ったからだろう。ただ、その装置の転送先がどこかまでは分からない。
 アオに痕跡を辿ってもらおうにも、装置の使用から時間が経ちすぎていては追跡不可能だ。
 「……生存の確率は、限りなく低いでしょうね」
 この目で生死を確認するまで捜索を諦めるつもりはない。
 各地に残っている化け物の討伐や調査、資源確保の合間に細々と探していくしかないだろう。
 目下、キノが残した端末の中身を確認する事から始めよう。何か手がかりくらいはあるはずだ。

 その中身がキノの手がかりではなく、イツカに関わる重要なデータと判明した結果、捜索を一時中断せざるを得なかったユーリの目の隈は更に濃くなったという。
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