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4 - vestigium
Tips: コア情報の照合
 研究機関には、超文明時代のアンドロイド情報を照合出来るデータベースがある。
 その情報の接続元は未だに不明であり、解明にはイツカ・スオウの記録の修復が待たれる。

 * * *

 カシラに再会した時、あたしは十数日前、彼らから逃げるという形で突き放した事を後悔した。
 「姐、さん」
 「……カシラ!?」
 建物もまばらに建つ街の外周、見飽きた廃屋の壁に寄り掛かったまま声をかけてきたカシラ。
 最後に見た時もみすぼらしかったけど、今の姿はみすぼらしいどころじゃない。
 「東に、いたっす」
 服も皮膚も赤黒く斑に染まった四肢で這い、血の跡を作りながらあたしの方に寄って来る。
 青ざめた顔は血が足りないからだと誰が見ても判断出来る。ろくに止血も処置もせず放置したのは明らかだ。
 それはカシラが『負傷したら止血する』という最低限の情報さえ持っていなかったからだろうけど、持っていたところで止血する材料も代替品もこの辺りにはない。
 「話は後! 早く止血を」
 「姐さんが……た人が、荒野に」
 包帯を取り出し、手早くきれいに撃ち抜かれた患部に巻いていく。
 その間にもカシラは見たものを報告しようと口を動かすけど、声がかすれてほとんど聞き取れない。
 何を見たのか、何があったのか聞かなくても、今の状態を見れば一目瞭然だ。
 否、この傷の形はあたしにしか分からない。
 「ユーリ、座標送ったから大至急職員寄越して!」
 「キノさん? ……どうしました?」
 端末でユーリに連絡を取り、急いで治療の要請を送る。
 「カシラが撃たれた」
 「……!」
 ユーリの声が詰まったのが通話越しでも分かった。
 息を飲む小さな間を置いた後、端末の向こうから指示を出す声が聞こえてくる。
 「近くに資源採集中の職員がいるので最優先で向かわせました。彼らと一緒に転送して来て下さい」
 「分かった。ありがとう」
 緊迫した声で短いやり取りを終えた後、程なくして転送装置を持った職員が到着した。
 ひ弱そうな職員が担架なんて立派なものを持ち歩いてるわけもない。荷物を持ってもらい、あたしがどうにかカシラを背負って転送してもらう。
 そう間を置かず到着したゲート前には既に担架を用意した職員達が待っていた。
 「急いでこちらへ」
 流れるように担架に乗せられたカシラはかろうじて意識を保っているけど呼吸は浅く、既に指先が固くなり始めている。
 まずい。ああなると助かっても部位切断か、後遺症は免れられない。
 騒がしく駆け込んでいく集団を追いかける形で、あたしも機関の中へ入っていった。

 超文明が滅んだ今の世界で、『銃』という得物を使えるアンドロイドは一人しかいないと聞いている。
 あたしがよく知ってるそいつは、狙った標的は必ず急所で仕留められる性能の持ち主のはずだ。

 「……キト」
 治療室の扉の上に光る『使用中』の文字を見ながら、その名前を呟く。
 そう、カシラを撃ったのはキトだ。ユーリに頼んで教えてもらったデータベースの情報からも、『復元』済みアンドロイドの中で銃を扱える性能の持ち主は彼だけだと明示されていた。
 あたしの目測では、カシラの性能は身体を動かす方に寄っているものの基礎性能が平均以下だ。あいつが仕留めそこねる確率はゼロに等しい。
 なのにこうして『標的が逃げてきた』という事は、考えられる可能性は一つ。
 「何が、あった?」
 情報を伝えさせるためにわざと逃した。
 これは『生前』からキトがやっている情報操作の常套手段だ。今回伝えたかった相手はユーリかあたしか、とにかくセントラルの――研究機関の関係者に宛てたものだろう。
 ただ、標的にしたカシラが重傷で見つかったのはキトの誤算かもしれない。いつもなら応急処置をすれば十分助かるよう調整しているし、実際そういう撃たれ方をしていたから。
 何にせよ、あいつからやっと来たメッセージなら、今動くわけにはいかないな。
 カシラにも巻き込んだ事を謝らないと。

 何時間経ったか、通りがかったエンと話をしているうちに『使用中』のランプが消え、治療にあたっていた職員達が出てきた。
 「……こりゃひでえな」
 ストレッチャーの上で目を閉じるカシラは一見元通りに見える。傷はきれいに塞がれ、貼り付けられた新しい皮膚との堺がまだはっきりと分かる。
 そうしてなるべく目立たないよう治された中、『怪我しています』と分かりやすく主張する左手の包帯。その下にあるはずの指は何本かなくなっていた。
 「身体の全損は免れましたが、壊死した指はどうしようもなく……すみません」
 「いや、十分だよ。助けてくれてありがとう」
 申し訳なさそうに俯く職員に労いの声をかけ、続きを促す。
 「データベースに彼の情報はなかったので、現段階では後遺症の方がどの程度残るか予測がつきません。登録などはこれからで……?」
 カシラのデータベース登録証明画面やら、必要な情報を提示する。
 今はあたしが仮に入力して枠だけ作ってもらった状態だから、診察には何の役にも立たないだろうけど。
 「新規登録と手続きは終わってるよ」
 「ありがとうございます。では病棟の方に」
 さすがに、研究機関は全く無関係なアンドロイドを無償で治療してくれる程優しい場所ではない。
 「んじゃ」
 エンに別れを告げ、カシラの隣に付いて病棟に向かった。
 ……って、なんでエンも付いてくるんだろ?
 疑問が顔に出てたのか、あたしを見たエンが自分の脚を指差した。
 「俺も治療中なんだけどな?」
 「あ」
 そうだった。
 座ってて目線が近かったから失念してたけど、車椅子で移動して来てたのを今更思い出す。
 皮膚の表面的な怪我はとっくに治っているものの、脚の骨折はそう簡単に治らない。
 「悪い悪い」
 「扱い違いすぎん?」
 「半分くらいは自業自得でしょ」
 「ええ……」
 少なくとも、両足の骨折はエンの判断ミスであってあたしのせいではない。多分。
 「もっと労って!」
 「あたしの治療中に十分労ったじゃない」
 「お二人共静かに」
 「「はい……」」
 治療中もこうやって結局怒られてたんだよなあ……。

 カシラが病室に運ばれた後、容態の詳細とこれからの治療方針を話して職員は一旦部屋を出て行った。
 元々栄養状態が良くなかった事も相まって、カシラ自身の自己治癒性能が著しく低下している。というのが職員の所見だ。
 失った指をどうするかも含め、治療は長期的になりそうだ。
 「……で、何でエンは残ってるのさ」
 ざっと情報を整理し終えたところで顔を上げ、カシラを挟んで対面にいるエンを見る。
 図体の大きいエンが標準の車椅子に座ってると、入り切らない箱に無理に詰め込んだみたいで心配になってくるんだよなあ。車椅子の方が。
 あと言うまでもなく、エンの部屋はここじゃない。
 「キノの弟? の捜索手伝ってるからな」
 「本音は?」
 「缶詰生活が長くて暇」
 「脚治るまで手伝わなくて良い」
 「そんなあ……」
 建前の防御力なさすぎない?
 左右でそんなやり取りをしていてもカシラが起きる様子はなく、すうすうと落ち着いた呼吸をして眠っている。
 血の気が戻り始めたその顔と、正面でがっくり項垂れるオレンジ頭を尻目に、彼が懸命に伝えようとした言葉の一部を引っ張り出した。
 「東、ねえ」
 あたしの記録に破損がなければ、セントラルの座標は超文明時代に栄えた国の首都……ではなく、衛星都市にあたる。
 衛星都市から東には何かあったっけな?
 「東は要人の緊急脱出用装置の転送先やったわ」
 「えっ」
 意外な方向から返ってきた答えに俯きかけていた顔を上げると、項垂れたオレンジ頭……ではなく、深緑の双眸があたしを見ていた。
 「あたしの記録だとただの森林だったけど」
 「秘匿情報やもん、知らなくて当たり前やわ。さすがにもう時効な情報隠す意味もないやんな」
 「なるほどね」
 さすが転送装置設計関係者。昔の地理に詳しい。
 緊急脱出先だったって事は化け物が現れた時に間違いなく使われてると思うんだけど、今のところ、要人ですらない一般人だったって言うおっちゃん以外の生存者に会った事がない。
 脱出した先で生きてるのか、あるいは……化け物に遭遇して全滅した可能性の方が高そうだなあ。情報処理特化ばかりで皆身体貧弱だったし。
 「んで、そこ今はどうなってるか知ってる?」
 「知らんわ」
 「ええ……」
 「あたい『復元』されてからそんなに外出とらんのやわ。エンも東に行った事ないし」
 「そっかあ」
 昔の用途っていうトリビアは増えたけど、この場にいる二人からは有用そうな情報は得られなかった。
 「ちなみに首都はここから北な」
 「それは知ってる」
 今もなお化け物の巣窟と化してる北にはかつての首都があり、化け物の現れた密度が最も濃かったが故に真っ先に滅んだ場所と推測されている。
 前回あたし達が転送された場所は首都手前で、建物の調査は危険度が下がるまで保留中らしい。いくらか掃討されたとはいえ、世界全体からすればあたし達生体アンドロイドの安全圏はずっと狭い。
 ま、全部ユーリから聞いた話だけどね。
 「ああでも、今の東の事で一つだけ聞いた話があるやわ」
 アオが思い出したように手をぽん、と叩くと、続けて重要な話を口にした。

 「『疫病』に罹ったアンドロイドな、東に行く程重症率高いそうなんやわ」

 「東に?」
 「そう、東。ユーリの出した統計によるとそうらしいんやわ」
 それは初耳……いや、あたしが外に出っぱなしで知らなかっただけか。
 『疫病』患者に侵入したナノマシン解析の結果『復元』されたアンドロイドである以上、疫病の話は切っても切り離せない。
 「ということは、『疫病』の原因が東にある可能性が高いと」
 「そうなるやんな。んで後ろから聞いてたけど、この寝てる枯れ木は弟はんっぽいアンドロイドを東で見たんやろ?」
 「枯れ木って……」
 目の前で寝ているカシラを指差して確認するアオ。いや確かに枯れ木みたいに細い手足してるけど。
 「だとしたら、これは推測やけど、弟はんは『疫病』の原因か、あるいは関係する何かに巻き込まれとる可能性が高いんやないか? あと、東に行ったこの枯れ木も既に『疫病』に罹ってる可能性が高いやんな」
 後者は目が覚めた後の検査ですぐに分かるだろう、と付け足してアオはカシラの方を見た。
 あたしもつられてカシラの方を見る。
 罹患してなければ最善。最悪なのは罹患の状態が重症だった場合だ。ここでカシラが廃棄なんて事になれば、キトの足取りが途絶えてしまうし、謝る事さえ出来なくなる。
 かといってあたしに出来ることは待つ以外に何もない。カシラの凡庸な性能に任せるしかない今の状況は、とても心細くてもどかしい。
 「あたしが廃棄になる前に自分が廃棄になってどうすんのさ……」
 「キノ、そういう台詞はフラグって言うんやわ」
 「そのフラグはどっちに傾くやつよ」
 「……どっちやろなあ」
 情報処理に長けたアオにどっちつかずな判断されると余計に不安が増すね?

 その日結局カシラは目を覚まさず、不安だけを積もらせて一晩が過ぎた。

 * * *

 翌日。

 「……さん、姐さん!」
 くぐもった声で目を開けると、目の前にある治療カプセルの中からドンドン叩く音と一緒に枯れ木が見えた。
 「ここ開けて欲しいっす! 姐さんに報告まだ終わってないっす!!」
 「お前、やっと起きて……」
 眠気で重い瞼をこじ開けて立ち上がり、カプセルの蓋を開けてやる。
 これだけ動けるなら『疫病』でも重症の可能性はまずない。目が覚めてくれて本当に良かった。
 開けると同時に中から転げ落ちそうな勢いで乗り出してきたカシラは、あたしの服を掴んで必死に報告の続きを話そうと口を開けた。
 「姐さん、東っす、東の荒野で確かに見たっす。姐さんと同じ髪色をしたアンドロイドが、仲間を殺したんす」
 「ちょ、ま、落ち着い……なんだって?」
 仲間が死んだ?
 確かに残りの三人がいないとは思ってたけど、死んだってどういう事?
 「何か、こう、ゴテゴテした鉄の筒みたいなのを向けてきたと思ったら、バンって音がして、頭から血が」
 少ない語彙力で必死に説明するカシラの顔は青ざめている。
 物理的な理由で青ざめているのは明らかとして、服を掴む手が震えているのはそれだけじゃないだろう。
 『銃』なんて得物を知らないカシラ達の目にはきっと、手や得物で直接触れられる事なく次々と仲間が倒される、理解不能な現象に見えたんだから。
 この時点で四人が見たアンドロイドがキトだというのは確定した。けど、その行動は何かおかしい。
 キトが依頼以外で誰かを撃つなんて事はない。
 「それで、三人を置いて逃げてきた?」
 「ほ、本当は連れて帰りたかったっす。でも、俺だけ手足から血が出て、あいつら担げなくなって」
 「……悪い、責めるつもりで聞いたんじゃないんだ」
 あたしの問いに、泣きそうな顔で答えるカシラを宥めながら次の言葉を選ぶ。
 あいつが取った行動を、出来るだけ詳しく聞かないと。
 「カシラ、思い出せる範囲で良い。見つけてから逃げるまで、そいつがどんな動きをしてたか教えて」

 カシラから聞いたキトの行動は明らかにキトらしくなかった。
 曰く、最初に見つけた時はぼうっと空を見上げて立ち竦む横姿だったそうだ。
 元々誰も行かないような場所に遠出をしては物資とスリルを得ていた四人は、未踏の地に立つアンドロイドに警戒しながら近付いて行き、髪色を見て『姐さんの探してる人かもしれない』と気が付いたらしい。その瞬間、キトはゆっくりこちらを向いてしばらく見つめた後、装備していた長い鉄筒――ライフル銃で突然下っ端の一人を撃った。
 いきなり聞こえた爆発のような音と、何もないのに頭から血を流して動かなくなった仲間の姿に呆然としている間に、同じ音が連続で轟く。それに合わせて頭から血を流し、残りの仲間が倒れる瞬間を見てしまったカシラは一瞬で錯乱状態に陥った。
 それでもほんの僅かな間に失われた三人を連れて逃げようと考えるリソースは残ってたようで、キトの動きに怯えながら仲間の身体を一人ずつ引っ張ったらしい。
 その時間が長かったか短かったかは分からない。けど、カシラには酷く長く感じられた事、次にカシラを撃つまでのその時間を、キトがわざわざ稼いでいたんじゃないかというのはあたしの推測だ。
 最終的に手足を撃たれた時点でカシラのリソースは尽き、キトに背を向けて逃げ出した。
 ――というのが、一連の出来事の全容だ。

 途中で泣き出しながらも報告を終えたカシラに、あたしは真っ先に謝った。
 「ごめん。弟のせいで、仲間も指も……」
 「……仲間を殺したのは姐さんの弟っすけど、あそこに行こうとしたのは俺らの好奇心からっす。指がダメになったのだって、姐さんのせいじゃないっす」
 恐ろしい目に遭って痛かったし、仲間を失って悲しい。キトを恨む理由は出来ても、あたしを恨む理由にはならない。
 カシラはその複雑な心境を、少ない語彙力の中でたどたどしくもそう表現してくれた。
 「……恨まれる覚悟くらいはしてきてたんだけどなあ」
 あたし達は双子だ。
 片割れがしでかした責任は、もう片方にもあるのが当たり前だと思ってる。だけど最初から一人で生まれ、自分以外にそういう存在を持たないカシラ――あるいは、大多数のアンドロイドにとってはそうじゃないらしい。
 「あたしを恨まないって言うなら、あたしはカシラの失くした仲間と指と、その苦痛をどうやって埋めればいいのさ」
 「簡単じゃないっすか」
 考える素振りもなく、カシラは当たり前のように言った。
 「俺は姐さんの弟殴れば気が済む……っす。多分」
 最後の『っす』から先の声が消えかかってる。
 自分の価値観に基づく責任の取らせ方を言っただけなんだろうだけど、到底敵わない相手に腰が引けたみたいだ。
 「……はは」
 まあ、カシラがそう言うなら仕方ない。
 あいつを見つけたら真っ先にカシラの前に突き出して、気が済むまで殴らせてやろうじゃない。
 「分かったよ。その貧弱な腕鍛えて待ってて」
 「……うっす!」

 この後、騒ぎ声を聞いて駆けつけてきた職員にカシラは連行されてしまった。
 主に騒いだ事のお叱りと、疫病の検査で。

 * * *

 カシラの情報であたしが分かるのは、多分、キトは身体の自由が利かない状態にあるという事。
 ユーリ曰く『疫病』の初期症状にそういうのがあるらしいけど、治療時にナノマシン誤作動防止プロテクトがかけられたキトやあたしにそれは該当しない。
 となると他に考えられる可能性は何があるか。けどユーリやイツカ、イゼルも忙しそうで聞ける様子じゃなく、手持ち無沙汰になったあたしは東へ向かう事にした。
 あいつが動けないって言うなら、あたしが迎えに行かなくちゃ。

 『疫病』が東に行く程重いと言うのは噂通りのようで、同じセントラル内とは思えない程アンドロイドがいない廃墟同然の街中を抜けて東の荒野に出る。
 平野だった西と違って東はちょっと起伏が激しく、それを抜けた先に森があったんだよね。昔の話だけどさ。
 そこに向かう前に少し寄り道をしよう。
 
 「……あった」
 カシラがキトを見たのは森のあった座標よりずっと手前。でこぼこの地形に隠れて見つけにくいけど、半分風化した瓦礫の積まれた山が目印だ。
 そこにあったのは瓦礫の山よりも目立つ血痕と、乾ききった血に貼り付けられたように転がったまま動かない、見覚えある三人のアンドロイド。
 実際のところ、セントラルから続く目印……カシラの血痕を辿れば、わざわざ瓦礫を探さなくても簡単に来られてしまう。後で職員達が回収に来ると言っていたけど、研究機関の忙しそうな様子からしてもう少し先になるんじゃないかと予測している。
 別に、あたしが三人の身体を確認したところでキトが撃った痕跡以外に何か解るわけでもない。ただ、回収される前に会っておきたかったんだ。
 あとは土に埋もれていくだけのそれを何故見ておきたかったのか、あたしも分からないけど。
 「これは修復難しいだろうなあ」
 生体アンドロイドのコアは頭部にある。
 コアが破壊されれば当然身体も廃棄になるのは『生前』の基礎知識に含まれてる。けど、どうやらそれには例外があるらしいというのを『復元』されてから知った。
 その例外というのはユーリを始め、超文明が滅んだ後に生まれたアンドロイド達の事を指す。どうやって生まれたって言ってたっけな……ユーリの説明が難しくてちゃんと記録出来なかったや。
 とにかく、今はアンドロイドの身体も貴重な資源の一つに数えられる。 ……まあ、現代じゃ製造方法も何もかも足りないしね。
 だからとは言わないけど――この三人も、いつか動き出す可能性があるって事だけは、記録に残しておきたい。
 「よし」
 寄り道も済んだところで、いつもの気軽な一人旅を再開だ。

 余談だけど、東に行く準備している間に出たカシラの検査結果は陰性。『疫病』には罹ってないって事でひとまず安心だね。

 * * *

 記録にある東の森は綺麗さっぱりなくなっていた。
 カラカラに乾いた地面は少しだけ色が濃く、風化して原型すら分からなくなった倒木の残骸がそこに森があった事実を証明している。
 「やっぱりいるんだねえ」
 いると言ってもキトじゃない。
 日差しを手で避けながら先を見ると、掘り返されてボコボコになった地形の影で蠢く化け物達の姿。
 あいつらがいる時点でここにキトがいる可能性はほぼゼロだ。セントラルに帰ろうかという考えが過るけど、なんの収穫もなしに帰るなんてあたし自身が許さない。探索続行に決まってる。
 それに何だろう、化け物の数が普段遭遇するより少ないような……地形の錯覚かな?
 数の大小はあれ、化け物がいる場所にはアンドロイドの文明の痕跡が残っている可能性が高い。アオの話が正しければ、この先にあるのは要人のシェルターだろう。
 用途からしてイツカの記録修復の手がかりが沢山拾えそうじゃない?
 「よっし……そこどけええええ!!」
 頬を叩いて落胆を叩き落とし、思考を切り替える。
 得物のグリップを握り締めたらあとは化け物を蹴散らすだけだ。

 化け物のいる場所に添って進んでいくと、朽ちた木々と土に埋もれ隠れるようにして入り口が見つかった。
 内側から化け物にこじ開けられたのか、分厚く重い扉はひしゃげて千切れ、入り口の脇で半分土に埋もれている。一方入り口の奥に視線を移せば、比較的最近倒されたらしき化け物の死骸と、その下に見える土埃にまみれ干からびた――アンドロイドの手。
 どうやらアオとあたしの予測通り、要人はシェルターに逃げてきたけど中にも化け物が現れて全滅したようだ。
 そしてつい最近訪れた誰か……死骸の状態からして間違いなくキトが、ここを調べる為に化け物をいくらか掃討して行った。
 まだ化け物が残っているのは多分、甲虫型よりも小さい羽虫型が大半で相手しきれなかったんだと予測する。弾一発で何匹か抜いて節約したとしてもとても足りない。
 蜘蛛型や百足型のような中型や大型よりずっと危険度は低いけど、羽虫型は死角に入りやすい分厄介だ。神経毒を持つ種類も少なくない。
 屋内じゃ相棒のメイスも下手に振り回せないし……あたしにとっても実に調査しづらい環境だなあ。
 まあ、愚痴をこぼしてたって何も進まない。
 ゴーグルを上げ、メイスよりは振り回しやすい片手斧を手にシェルターの敷居を跨いだ。

 意外な事に、入り口の扉はふっ飛ばされていてもシェルター内部の設備は稼働していた。
 動いていると言っても全ての扉が物理的に引きちぎられてるしセキュリティマシンも化け物に壊されて全損じゃ無意味に等しいけど、管理室の記録がほぼ無傷で残っていたのは非常に嬉しい収穫だ。
 「あれ?」
 記録データを取り出そうと端末を差し込んでもセキュリティに阻まれてコピーを拒否されてしまう。
 困ったな、こういう時の対処はあたしじゃ分からない。かといってユーリに通信で聞こうにも今は忙しくて明日まで支援が出来ないと言ってたし。
 仕方ない。端末は一旦置いといて他の部屋を調べて来よう。

 視界に入った羽虫型を斧刃ではたき落としながら奥に進んで目についた部屋を覗く。
 要人の死体が折り重なるように倒れていると思えば、そこは武器庫だった。多分、化け物に対抗しようとここに殺到したんだろう。この部屋の扉だけアンドロイドの死体の下敷きになっているのが哀れだ。
 肝心の物資はというと……ほとんど何もない。銃や弾薬の入っていた空き箱が積まれ、あとは昔の転送装置が未使用でいくつかあるだけ。
 うん、誰が弾薬類持ち去ったかは明らかだな。シェルター内に武器の類は落ちていないから。
 死体を避けて中に入ると、こちらに気付いた羽虫型がふわりと浮き飛んで来る。不規則ながら機動性はあまりなく、あたしの動体視力なら百発百中ではたき落とせる。確かに接触されれば危険だけど、その外殻の脆さは化け物の中でも最弱じゃないかって思うね。
 難なく対処した後は羽虫型が集っていた場所に転がっている転送装置を回収しておく。アオあたりが解析して役に立つもの作ってくれるかもしれないし。
 「……これは」
 装置をしまって振り返った時、床に不自然な跡を発見した。
 長い年月で溜まった土埃に真新しい二種類の足跡。一つはアンドロイドの靴で、靴底の模様からしてキトだと判別出来る。
 もう一つはなんというか、こう、爬虫類っぽい? それは要人の死体の山を越え、まだ歩いていない通路に続いていた。
 痕跡の新しさは恐らく……キトより後に来てる。
 この跡を作ったのは多分、中型だ。爬虫類型は姿が多彩で実際に見てみないと分からないけど、こんな狭くて羽虫型もいるところで鉢合わせたらまずいなんてもんじゃない。
 気付かれる前にここを出……ああしまった、端末!
 取れなかったデータは最悪また今度でいい。あれだけは回収しとかないとユーリ達が困る。
 入って来た時よりそっと、物音を立てないようゆっくり歩いて武器庫を出た。
 化け物の蠢く音はしない。どうかそのまま奥から動きませんように……!

 「うっそでしょ……!?」
 管理室に戻って見ると端末がデータのコピーを始めていた。なんで!?
 始まってしまった以上はコピーが終わるまで引っこ抜く事は出来ない。余程データ量が膨大なのか、表示されているゲージは進みが遅く、それが余計に焦燥感を掻き立てる。
 焦りに吸い寄せられるかのように寄ってくる羽虫型をはたき落としつつ、逐一タイマーに目を落とし、まだ裸眼でいられる時間を確認する事も忘れない。
 あたしとした事が油断した。キトの痕跡と羽虫に気を取られて先客の検知が遅れるなんて。
 不味いなあ……この速度だとデータ回収が終わるよりずっと早く裸眼のタイムリミットが来そう。そうなったら一度外に出て――

 「ぐっ!!」

 すぐ後ろで聴こえた不気味な音で振り返ると同時、右腕が持っていかれたかのような激痛に襲われた。
 いや、皮膚も裂けて骨も砕けたどまだ身体には繋がってる。
 そのまま半ば強制的に立たされる形となったあたしは、そこで初めて敵の姿を視認した。
 頭を高々と上げ、あたしの右腕を咥えた化け物の姿は予測通り爬虫類型。化け物の中でも最硬を誇る装甲は対化け物用の大口径弾でも破壊出来ない厄介な奴だ。
 だけど口内は脆く、そこを狙い撃つ事で比較的容易に討伐され一気に数を減らしたものの、銃火器を扱えるアンドロイドがいなくなった事で全滅を免れ未だに一部の地域に残っている。
 つまり、あたし一人じゃ手も足も出ない最悪の相手って事だ。
 「……仕留めきれなくて残念そうだねえ」
 肩越しに睨み付け煽っても、意思というものがない化け物が悔しがるなんて事は決して無いのは嫌というほど理解している。
 けど、言わずにはいられない。
 左右がよく見えるよう頭の側面についた双眸は、ただプログラムに従い眼球を動かすだけでこちらを見ていない。頭を潰そうとしたはずが失敗したのを修正中のようだ。
 逃げるなら今がチャンス!
 あたしは粘液にまみれた脆い口内を探り、ぐにゃぐにゃした気持ち悪い舌らしき部位を掴み力の限り握り締めた。
 一か八かの賭けではあったけど、想定外に次ぐ想定外に回路がエラーを起こしたらしい。化け物はビクリと震えて口を開け、その隙に腕を抜き自由を取り戻した。
 舌? を掴んだと言っても折れた腕じゃほとんど力は入らなかったはずなんだけどな。
 爬虫類型全般がそうなのか不明だけど、どうやら口の中は相当デリケートらしい。
 そうと知ってたらあたしでも倒せそうだったのになあ。利き腕が使えなくなった以上、ますます逃げるしかない。
 化け物の脇をすり抜け、急いで管理室を離れる。
 「っち!」
 くそ、こんな時に荷物まで……!
 すり抜けた拍子に化け物の硬く鋭い装甲にバッグが引っ掛かり、裂けて中身がバラバラと散らばってしまった。
 とはいえ全部を拾い集める余裕はない。動線上に落ちたものだけ掴み、拾ったものを確認もせず胸ポケットに突っ込みながら通路を曲がり、一気に出口まで走る。
 まずい、化け物が動き出した。予測より再起動が早いぞ!?
 記録通りならあの爬虫類型は足が速い。すぐ迎撃出来るようメイスを持ち、シェルターを飛び出し背後をチラッと確認すると

 「!!」
 大きく開いた口が閉じる瞬間が目に飛び込み、ガキン、という金属音が耳に突き刺さった。
 メイスの柄の末端を捉えられ、危うくつんのめって転倒しそうになったのをどうにか踏ん張る。予測以上に早い……逃げ切るのは相当難しいどころか、絶望的かもしれない。
 化け物はそのまま頭を大きく振りかぶると、咥えたメイスごとあたしを地面に叩きつけた。
 だけどメイスを手放すのだけは出来ない。相棒として大事な得物だからというのは勿論の事、今手放せばあいつに食われて終わりだ。
 あたしが得物を手放さないと理解したのか、化け物はそのままもう一度頭を振りかぶり、何度も地面に叩きつけ始めた。
 元は森の柔らかい土とはいえ勢いがあればそんなのは関係ない。身体が軋み、右腕だけだった痛みが叩きつけられる度に増えていく。
 その度に身体の骨が折れ、懐に入れておいた鎮痛剤やタブレットは散らばり、ついにゴーグルもどこかに落としてしまった。
 激痛と衝撃で意識が飛びそうになるけど、ギリギリ耐えている状態だ。
 「ぅわ」
 そうして文字通りボロボロになった獲物にとどめを刺さんとばかりに、化け物が一際大きく振りかぶった時。
 口からメイスがすっぽ抜け、宙に放り出されたあたしは弧を描いて枯れた大木に激突した。
 脆い幹が砕けてクッションになったのと、距離を取れたのは助かった。
 けど、全身打撲と複雑骨折でこれ以上逃げるどころか身体を動かす事も出来ない。あの爬虫類型か羽虫型か、化け物が探し当ててとどめを刺すのは時間の問題だ。
 そう理解した瞬間、コアが、全身が一気に冷たくなるような錯覚に襲われた。
 この錯覚は知ってる。 ……そう、一度『死んだ』あの時と同じ。

 ……あたしはまた死ぬの? 約束どころか、キトにも会えずに?

 ふと、右指の先に何かが触れた。
 既に全身が痛いんだ。裸眼の時間制限超過の頭痛くらい、今更増えたって大して変わらない。
 ズキリと走る頭の痛みを無視して瞼をこじ開け、それを見る。
 掌に収まった土まみれのペン。『生前』には見たことがないけど、『復元』されてから何度も見ているその装置は。
 認識したと同時に頭上に影が差す。
 迷いは、一切ない。

 そうだ。
 今のあたしは依頼を受けた傭兵。こんなところで終わるわけにはいかない。

 振り下ろされた爬虫類型の尾は地面を叩き、土埃が舞う。
 その下に、獲物の――キノの姿は、なかった。

 * * *

 定時連絡が来ていない。
 気付くのが遅れたのは忙殺されていたせいだと言い訳するのは、やはり情報処理特化したアンドロイドにとって許されざる行為かもしれない。
 時代が時代であったら処分ものだ、とイツカにも叱責されてしまった。
 「……とはいえ、今は外に出られる人材がいません」
 位置情報は受信している事から端末が無事である事は把握している。しかし送られてくる座標がずっと変わらない事、翌日になってもメッセージが来ない事から、何かあったのは間違いない。
 事態を確認しようにも、彼女の行き先はあの東だ。『疫病』の影響を考えると、あそこに行けるのは正規統合者且つ化け物に対処出来る性能のアンドロイド――エンしかいないのだが、彼はまだ治療継続中。完全に詰んでしまっている。
 (ユーリエル。一人、いるのではないですか?)
 「えっ……しかしイツカ、彼女達はまだ」
 (エンの治療より彼女達のリハビリの方が先に完了します。尋ねない選択肢はないと思いますが)
 「……分かりました。断られるより暴れられる確率の方が高そうですが、訊いてみましょう」
 眉間を押さえてしばらく唸った後、ユーリは重い足取りで室長室を出て行った。

 「『飛脚』と『無鉄砲』……どうしてこの組み合わせになってしまったのでしょうね」
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