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3 - ferias
Tips: アンドロイドの生まれ方
 超文明時代は旧研究機関にて新規にコアと身体がセットで製造されていた。
 製造方法が失われた現在身体の人口が増える方法はないが、人口増加に関するいくつかの説が存在する。

 * * *

 救助されてセントラルに帰るまでの三日間はキツかった。
 歩けないエンを背負い、蠢く化け物に見つからないよう迂回し、合流地点の小屋に着くまで丸一日。
 更に、専用端末で連絡を入れた後、残った一日分の非常食を分け合いながら救助を待つこと二日。猛禽類型との戦いでほとんどの食料と水を無くしたのは痛手だったな。
 救助隊が着いてからも大変で、帰還用転送装置の材料を積んでないとかで結局徒歩。全く、散々な目に遭ったよ。
 材料を積んでなかった理由は勿論ユーリに聞いた。曰く、装置を作れるのは現状アオ一人だけらしく、それまで転送装置という技術自体は知っていても作れる人がいなかったから、救助に使うという発想が出てこなかったらしい。
 一度文明が滅んだ今、あたしやアオが当たり前に思ってた常識に戻るまでの道のりは途方もなく遠いという現実を改めて思い知った。
 まあ、移動の利便や実装に関しては、もっと化け物が淘汰されるまで優先度が低そうだな。

 帰った後は即研究機関に収容され、あたしは全治二週間、エンは三ヶ月の缶詰を言い渡された。当然、完治するまで外出は禁止。
 エンは「そっちの方が治療期間短いとかずるい!」とか抜かしてたけど、化け物から飛び降りて両足骨折したのは自業自得だよね?
 ちなみにアオにも同じ事言われてへこんでた。
 あたしはというと、三日くらいで痛みも引いて、外に行こうとしたら機関の職員に滅茶苦茶怒られた。
 ユーリにも窘められたけど、何となく叱り方が甘かった気がする。他で何かトラブルでもあったのかな。
 それにしても、外に出られないなんて退屈すぎる。復元されて間もない頃の方が外出禁止の時間は長かったけど、あの頃は自分の置かれた状況の理解で手一杯だったし、機関の内部が目新しくて退屈しなかったからノーカウント。
 動かないと身体鈍っちゃうよ。運動用のトレーニングルームはあるから筋力の維持は出来ても、単調すぎてつまらない。
 どうやって暇を潰そうかなあ……。
 結局、機関の敷地内で運動しては職員に怒られるというのを繰り返しつつ、不自由な自由の中で治療生活を過ごした。

 「さてと」
 いくら物理的に広くても、やっぱり建物の中に長く居ると窮屈に感じて仕方ない。
 けど、その不自由もようやく終わり、あたしは二週間ぶりに外の荒れた地面に足をついた。
 曇天に目を細め、開放感を味わうように背中を伸ばす。清浄な空気の中にずっと居たからか、吸い込んだ空気に混ざる埃が鼻をくすぐる。
 「へ……っくし!」
 雑菌や汚れ一つない場所で暮らしてると身体の免疫が落ちるって、生前の誰かが言ってたな。
 盛大にくしゃみが出たところで、研究機関の敷地を後にした。

 やる事は沢山あるけど、何から手を付けるかは既に決めてある。
 「おっちゃん、いる?」
 あたしが真っ直ぐ向かったのは、スラムだらけのセントラルの中でも比較的裕福な層が集まる区画にある工房。
 裕福と言っても建物の外観はどれも古臭く、切り出しの石を積んだ原始的な家がスラムの一般的な家の構造なら、工房がある区画はそれに床や家財が増えた程度だ。
 研究機関近辺の本当に裕福な区画なら、現在では希少な木材や、再現された超文明時代の建材なんかが使われてるんだけどね。
 「なんだキノか。まだ生きてたのか」
 「まだって何さ。キトともう一回暴れるまで死なないよあたしは」
 地面むき出しの入り口兼作業場の奥、床張りの部屋から頑固そうな初老のアンドロイドが顔を出して文句を言う。
 口は悪いし、絵に描いたような頑固職人だけど、酒を出せば色々融通してくれる。金貨でも良いんだけど、酒の方が結果的に安上がりになると知ってるアンドロイドは多分少ないんじゃないかな。
 ちなみに、彼の名前も、いつから生きてるのかもあたしは知らない。ユーリを小僧って呼ぶくらいだし、あの世紀末を生き延びた希少なアンドロイドの可能性は高い。
 「それで今日は何だ」
 おっちゃんは壁の向こうでやっていた作業を止め、作業場の方に降りて来た。
 老いた顔に似合わないガタイが技術と性能の高さを物語る。
 「……メイスだな」
 あたしが言うより先に、上から下までざっと見ただけで大体の用事を把握してしまった。
 肌身離さず持ってた物を手にも背中にも着けてないからすぐに分かったんだろう。
 「どっちにしても材料が今足りねえから自力で調達してもらうぞ」
 「ちょ、得物なしで外に行けっての?」
 「遺跡に行けとは言わねえよ。セントラルの端で良いインゴット作る奴がいるんだ、そいつから買ってくりゃ良い」
 なんだ、ただのパシリか。
 「そいつは酒じゃないと売ってくれないとかひねくれてないよね?」
 「ああ? 酒は金にも勝る通貨だろ?」
 それが通じるのはおっちゃんだけ、という突っ込みは多分あたしが言っても説得力がないので言わないでおいた。
 「ま、金で売ってれればそれで良いや。どの辺りにある?」
 おっちゃんに場所と名前を教わり、他に必要な材料と、ついでにメイスが出来るまでの繋ぎとして片手で持てる斧を買う。
 外に出る必要はなさそうだし、街中で身を守るだけなら目立つところに得物を引っ提げておくだけで十分効果がある。得物自体の実用性も、おっちゃん謹製なら信用できるしね。
 勿論お代は酒。ユーリの依頼を請ける前の稼ぎがまだ残ってるから、工房に来る前に買ってきた。
 「ありがと。んじゃ、揃ったら頼むよ」
 「酒も忘れるんじゃねえぞ。せいぜい道には気をつけるんだな」
 「はいはい」
 忠告を軽く流して工房を後にする。
 ……あのおっちゃんが忠告をする時って、高確率で道中に何かが起きるんだよなあ。

 インゴット職人の工房はセントラルの北東にあるらしい。
 おっちゃんの予告とは裏腹に、そこに辿り着くまで出会ったトラブルらしい何かはなかった。スラムを闊歩する盗賊や追い剥ぎからの数え切れない程のちょっかいはトラブルに含まれないよ?
 行きは問題なくても、職人とのやり取りや帰り道にきっと何か起きるに違いない。
 同じような形をした家がまばらに並ぶスラムの道から外れ、仲間はずれのようにポツンと建つ石積みの家とほぼ野ざらしの炉が見えてきた。
 あれが職人の家兼工房のはずだ。
 「ちーっす。インゴット売って欲しいんだけ……」
 ど、と言い終わるより早く斧に手をかける。
 どうやら質の悪い先客がいるみたいだ。
 「何だあ? 俺らが先に来てんだ、用事終わるまで黙って待ってろよ」
 「姉ちゃんに順番なんか来ねえけどな!」
 うわ、ものすごい三下臭溢れる盗賊の台詞で顔が歪みそう。
 実際にあたしの顔が歪んでたらしく、先客の盗賊達の矛先がこっちに向き始めた。家の中に誰も居なければ四人ってところか。
 「たた助けてください……」
 胸ぐらを掴まれて脅されていたアンドロイドがあたしに助けを求めてくる。
 多分あれが職人かな。なんか随分貧弱そうだけど、あれで本当にインゴット作れる性能持ってるのかな?
 「おめえは黙ってろ!」
 盗賊に突き飛ばされ、職人は金型台に頭をぶつけ動かなくなってしまった。
 ちょ、コア破損されると困るんだけど!
 「お買い物したいならお代はその高そうな斧で払っていただきますよ、へへ」
 「斧だけじゃ足りねえよ、身体も出してもらわねえと」
 四人の中でも更に下っ端そうな二人が、物欲と色欲丸出しで近寄って来た。
 得物を持ってても引かないって事は、多少は腕に覚えがあるのかな?
 「……舐められたもんだねえ」
 伸ばされた手をパシン、と打ち払う。
 盗賊がその拒絶を認識したのを合図に、四人全員の敵意があたしに向けられた。

 ――一秒。
 もう一度掴みかかろうとした一人目の腕を掴み、そのまま勢いのある背負い投げで投げ飛ばす。
 職人程じゃないけど貧相な身体は軽い。家から見える距離とはいえ、思ったより遠くに転がって行った。
 あの様子だと腰は折れたかも。
 ――二秒。
 一人目を投げ飛ばした勢いで前転し、背後で得物を振り上げていた二人目の攻撃を避ける。
 得物は……剣? 違うな、棍棒みたいだ。あんな乱雑に振り下ろしたら自分の手を痛めるだけなのに、使い方知らないのかな?
 「痛ってえ!」
 案の定、地面を叩いた衝撃で手首を痛めた二人目が棍棒を落としてその場で転げ回りだした。リアクションまで下っ端臭い。
 そのまま放って置いても良いけど、軽く手刀で意識を刈り取り大人しくしてもらう事にした。
 ――四秒。
 「こんの……!」
 おっと、二人同時に来たか。
 得物は二人とも片刃の短剣。化け物への有効打たり得なかった『刃物』という分類の道具は、今の時代だと調理器具以外の形状はほぼ存在しない。サバイバルナイフに似たあの形は、間違いなく超文明時代の発掘品だ。
 右から来る三人目の刃を斧で弾き、反対の脇腹を狙ってきた四人目は手刀で手首を叩き軌道を逸らす。よろけてあたしの前に出たところを蹴り飛ばし、四人目と距離を取ったところで、三人目が再び短剣を突き出して来た。
 いくら殺傷に優れた短剣を持っていても、使い手がこれじゃあ宝の持ち腐れだな。
 何回突撃しようが、あたしの視力が正常なうちはかすり傷一つ負わせる事は出来ないね。
 ただ、
 「そのやる気だけは買っても良いね」
 対価は金貨すら惜しむけど。

 ――六秒。
 首を動かすだけで刃を避け、掌底で顎を打ち抜いて殲滅完了。

 * * *

 「姐さん、奴が起きました」
 「んじゃ外の警戒しといて」
 「うっす」
 気を失っていた職人が目を覚ましたと聞き、家の中に入る。
 出来れば姐さんなんて呼ばれたくないんだけど、何を言っても聞かなさそうなので諦めた。キトが聞いたら絶対笑うよこれ……。
 「痛みはどう?」
 「ひっ」
 明かりのない室内に顔を出すと、小汚い布の上で上体を起こしていた職人が小さく悲鳴を上げて縮こまってしまった。
 「どどどうか身体とコアだけは見逃してくくくださいお願いします!」
 あ、盗賊の仲間と勘違いされてるやつだこれ。
 「身体もコアもいらないって。あたしはインゴット買いに来ただけなんだから」
 ほんの数時間前の出来事から今に至るまでのやり取りを思い出して思わずため息が出る。
 盗賊達を無力化させた後、意識が残ってた一人がいきなり『姐さんと呼ばせて下さい』なんて言い出したんだ。
 圧倒的に強い性能に惚れただの廃棄まで付いて行きますだの、キラキラした目で迫って来てさ。良くも知らないアンドロイド、しかも盗賊を連れて歩くなんて絶対に嫌だと言っても聞かない。更には残りの三人まで異口同音で舎弟になろうとする始末。
 押し問答の末、自力で化け物を一体でも倒せたら付いてきても良いという無茶振りで黙らせる事に成功した。
 盗賊業を辞めろと言わなかったのは時代的な理由もあるけど、足を洗おうが洗わなかろうが、こいつらの性能で化け物を倒すのは逆立ちしても困難と分かりきってるからだ。根拠はあたしの経験に基づいた性能評価。
 「い、インゴット? 全部差し上げますから身体とコアだけは」
 「だから違うって。あたしは盗賊じゃなくてただの客」
 「あいたっ」
 未だに混乱している職人の額を軽くデコピン。
 説明してもなお怯える職人に、目を覚ますまでの出来事と、盗賊達の心変わり(?)を説明して、ようやく落ち着きを取り戻してくれた。
 ユーリのように優しく宥めるのはあたしには難しい。
 「ははあ……あのおじさんが直したメイスを」
 事情を理解したとはいえ、見張りに立っている盗賊が気になるようで、チラチラと職人の目線が逸れながら話が進む。
 職人はおっちゃん御用達なだけに、メイスの事は聞いた事があるようだ。
 と言っても元からこのメイスの持ち主はあたしで、死んだ後に発掘されたのをおっちゃんが買い取ったらしい。
 その後、『復元』されて間もないあたしが見つけて、どうにか取り返……譲ってもらったのと同時に面倒を見てもらっている。ちなみに製作者はおっちゃんじゃないし、あたしも覚えていない。
 「そう。で、インゴットいくら?」
 「助けていただいたんですから、お代は要りませんよ」
 職人は随分お人好しというか、自分の身体を顧みない珍しいタイプだなあ。
 大いに結構だけど、今回は酒じゃないから研究機関の依頼経費で落とせるし、最初からあたしの懐は痛まないんだよね。
 今後もメイスが壊れない保証がない以上、彼やおっちゃんがいないと修復も出来ないし、化け物相手どころか傭兵稼業も出来なくなる。そういう意味で、もう少し自分の身体とコアを労って欲しい。
 「悪いけど、また買いに来た時に廃棄沙汰なんて事になってたらおっちゃんもあたしも困るからさ」
 固辞する職人をどうにか説得し、金を受け取ってもらいインゴットを買う事が出来た。
 持ち慣れたメイス一本分と言っても、金属の塊というだけで随分重みが違う。
 「それじゃ、また何かあったら買いに来るから」
 ペコペコと何度もお辞儀をする職人の家を後にたところで、見張りをしていた盗賊達があたしの方をチラっと見る。
 忘れてたわけじゃないけど、こいつらどうしたら良いかなあ……。
 「あ、姐さん……」
 盗賊達を眺めながら置いていく言い訳を考えていたら、一人が困惑した様子で声を掛けてきた。
 よく見ると、警戒していた三人は何かを見つけて対応に困ってるみたいだ。ちなみに、腰が折れた残りの一人は三人に運ばれて家の入り口に転がされている。
 「なんか、その……客? が来たみたいなんすけど……」
 「客?」
 客なら呼ぶのは職人の方だけど、あたしの邪魔をしてはいけないと思ったからか、呼ぶのを躊躇ってたらしい、
 「買うもの買ったし、もう呼んで良いけ……ええ?」
 職人を呼ぶ前に、三人の間から客らしき姿を覗き見て絶句した。
 まず第一に全裸。そして泥だらけでボサボサの髪と、何も見ていない虚ろな目。それ自体は街に転がっている廃人化したアンドロイドだと認識出来る。
 だけど最初からここに棄てられていたならともかく、コアか身体が致命的な破損状態になった廃アンドロイドが自力で動けるはずがない。
 「どこから来たのこの人……」
 「えーと、あっちの荒野からフラフラっと来たっす」
 「で、ここに着いた途端倒れちまってさ。たまに呻いたりするだけで、声掛けても反応ないんすよ」
 「って事は、コアも身体も一応稼働してるのか……」
 稼働してると言っても、少なくとも身体はかなり廃棄寸前の損傷具合みたいだ。コアがどれだけ損傷しているかは、見た目には分からない。
 このまま放っておけば街に転がっている廃人の仲間入りは間違いなさそうだ。
 「どうしまし……ひえっ!?」
 外の様子を見に来た職人が顔を出し、ボロボロのアンドロイドを見てすぐに引っ込んでしまった。
 仮にも家の主なのに、訪ねてきた怪我人の手当どころか応対する事も放棄とは、どこまで臆病なのやら。
 「……どうしようか」
 ため息まじりにぽつりと呟いたら、どういうわけか自然とあたしに視線が集まってきた。
 あたしなら何とか出来ると思ってるんだろうけど、残念ながら見捨てるしか出来る事はない。見捨てたところでこの場の誰も文句は言わな……いや、職人には言われる予測がつく。
 このままこのアンドロイドが廃人になるにしても、どこか他のところに運んだ方が良さそうだ。
 「とりあえず、街まで運ぶかあ……」
 「うっす、姐さん」
 うつ伏せに倒れる全裸のアンドロイドを盗賊が進んで担ぎ上げると、街の方に歩き出した。
 アンドロイド一人運ぶの疲れるから、こういう時は助かるね。

 エンを背負って帰った時はめちゃくちゃキツかったよ。
 あいつ、ただでさえ図体でかいし……。

 * * *

 「姐さん、見えてきたっす」
 盗賊の頭こと、カシラが建ち並ぶ家の方を指差した。
 彼らは名前がないらしく、戦った時一番しぶと……サバイバルナイフを持っていた二人のうち片方を、暫定でカシラと呼んでいる。一応頭としての目印なのか、痩せ細った二の腕に赤いバンダナが巻かれていた。
 「それで、どこに行くんすか?」
 「まあ、知り合いのところかな」
 建ち並ぶ家々の隙間を抜けながら、おっちゃんのいる工房とは別の場所を目指して行く。
 セントラル外周のボロい建物の街並みが続き、しばらくして、同じ構造だけど真新しい家に変わる。更に歩くと工房のある裕福な家々が並び、一定の区画から、住む世界が違うと言わんばかりに建築様式や建材ががらりと変わる。
 そうして景色が変わる度に盗賊達はキョロキョロと辺りを見渡して立ち止まっていた。
 何だか観光ガイドやってるような気分だなあ。
 「すげえ……見ろよ、あそこにある飾りとか売ったらいくらになるんだろうな」
 「ここで強盗はやめときなよ。自分のコアと身体が廃棄になるだけだから」
 「へ、へい」
 カシラが後ろで建物を物色する目で見ている舎弟に注意し、更にその後ろの舎弟その二・その三へと注意が行き届く。 ……古の伝言ゲームみたいだな。
 廃棄寸前のアンドロイドを運んでいなければ、わざわざ釘を刺しておこうとは思わないんだけどね。
 ほとんどがスラムの無法地帯のセントラルでも、中心に近い区画は建物のセキュリティも住んでるアンドロイドの性能も高い。盗賊達の性能で侵入しようものなら間違いなく捕まって研究機関の実験材料行きだ。
 そういう部署があると聞いた事があるだけで、何の実験がされているかはあたしの知らないところだけど。ユーリに聞くのも怖いし……。
 「姐さん、行くところってもしかして……」
 ここまで来れば、彼らもあたしがどこに行こうとしているか分かるだろう。
 帰る途中、廃棄寸前のアンドロイドをどうにかしてくれそうな心当たりを思い出したあたしはそこに行く事にした。
 おっちゃんの工房にそのまま連れて帰ってもどうしようもないしね。
 「あんた達は来た事ないの?」
 「あるわけないじゃないっすか」
 「すげえ、姐さんここの関係者だったんすね!」
 四人の羨望の眼差しがちょっと鬱陶しい。
 まさか復帰したその日のうちに帰ってくる事になるとは思わなかったけど、言うまでもなく心当たりとは研究機関の事だ。
 身体の損傷はともかく、朦朧としているのは『疫病』の末期症状の一つのはず。それらしきアンドロイドを見かけたら連れてきて欲しいと、ユーリが治療したアンドロイド達に必ず頼んでいたのを思い出したのだ。
 少なくとも、治療されたアンドロイドは『疫病』の症状を身を持って知ってるわけだし。
 あたしは治療によって『復元』された側だから詳しく知っているわけじゃないけど……。まあ、『疫病』じゃなかったとしてもユーリなら何とかしてくれるはず。
 「ちょっと聞いてくるからそこで待ってて」
 「うっす」
 勝手にどこか行ったりはしないと思いたい。
 初めて来た街の中心にソワソワする四人を置いて、認証ゲートをくぐった。

 白衣の視線をよそに、案内端末に用件を伝えるとユーリの助手が応対に出て来てくれた。
 「イゼルが出てくるなんて珍しい。ユーリは?」
 「今日はセルフメンテナンスで終日休みですよ。それで『疫病』の疑いがある患者というのは……」
 「外に待たせてある」
 「分かりました」
 急ぎましょう、と言ってゲートに向かうイゼル。
 その態度がぎこちないというか、よそよそしいのは今更ではあるけど、もう少し何とかして欲しいなあ。
 復元された時『失敗だ』って言った事、あたしはもう気にしてないって何度も言ってるのに、いつまで引き摺ってるのやら。
 ユーリによると、患者に対する最大の失言にあたるらしい。それ以来『疫病』患者のメンタルケアからは外されてると聞いた。
 そういう事もあって、普段イゼルは一方的にあたしを避ける傾向にある。今回出てきたのは本当に仕方なくなんだろう。
 事務的な会話が交わせるだけ良いか。
 「……キノさん。これは一体」
 「断じて仲間になったわけじゃないから……」
 外に出ると、案の定盗賊達のみすぼらしい姿を見て絶句しているイゼルと、機関から出てきた白衣のイゼルを見て直立不動になっている四人の張り詰めた空気が辺りに漂っていた。
 生活水準がほぼ対極の位置にいる彼らが顔を合わせる事自体、可能性がゼロに等しいからなあ。
 「返り討ちにしたらなんか懐かれちゃってさ」
 詳細は後で話すと言って一旦棚に上げ、棒立ちで呆然としているカシラを小突いて意識を復帰させる。
 今はこの気まずい空気をさっさと終わらせたい。
 「はっ!? すいやせん姐さん、待ってたら雲の上の人が出てきてつい見とれてしまって」
 「ああうん分かったから、とりあえず運んできた人下ろして仰向けに」
 「へ、へい」
 「担架こちらに……あなた、動けない患者をそんな勢いよく降ろさないで下さい!」
 イゼルが既に半分取り出していた担架を置き、カシラが全裸のアンドロイドを粗雑に乗せて注意されていた。
 ただでさえビビっていたカシラはイゼルに怒られて震え上がっている。確かにお固いけど、そんな怯えるほど怖い奴に見えるのかな?
 そんな事を考えている間に職員が増え、アンドロイドは迅速に機関の中へ運び込まれて行った。
 これでひとまず落ち着いたかな。
 後は機関の方で何とかするだろうし、ようやくおっちゃんのところに戻
 「さて、あなた方には経緯を報告いただく義務がありますのでこちらに」
 「えっ」
 おっちゃんの忠告ジンクスまだ続くの……?
 初めて機関に入れる事に大歓喜の四人とは反対に、あたしの肩はがっくり落ちた。

 経緯の報告が終わる頃には、四人の元気はすっかりなくなっていた。
 研究機関に対し天上の楽園のような想像でもしてたらしい四人が受けたのはガッチガチの規律による注意の嵐とイゼルの質問攻め。外で自由に活動していると、これだけでもかなり息苦しいのはあたしもよく分かる。
 トドメはサバイバルナイフの没収で、対価としてそれなりの金貨と代わりの得物を出されたものの、愛着があったらしく半ベソをかきながら差し出していた。
 そりゃあアンドロイドの絶対数が少ない現在、アンドロイドを傷付ける目的で作られた道具は看過出来ないだろうしね。
 見せびらかすように腰に下げてたのが悪い。
 「まあ……どんまい?」
 「姐さん、慰めになってないっす……」
 「研究機関ってこんなに怖いところだったんすね……」
 報告と没収が終わった今はというと、金貨を引き出しに席を立ったイゼルを待っている。
 臨時パスで機関に入った四人が歩ける場所は限られていて、今待たされている応接室以外の場所に行く事は出来ない。イゼル曰く、『無理に出ますと廃棄まで外に出られなくなります』とか。
 もちろんあたしは正規パスだから他の場所も行き来できるけど、イゼルのその一言で四人の顔が青くなったのは言うまでもない。
 「慣れだよ慣れ。せっかく来たんだし庭でも見て気分転換しときなよ」
 そう言って、窓の方を指差して目を逸らさせた。
 「何だあれ!? あれが植物ってやつか!?」
 「すっげえ、生きてるんだよなあれ」
 「本物? 本物?」
 「あの緑色のペラペラしたやつ、何だ? いっぱい付いてるぞ」
 規律の息苦しさと没収の悲しみで周囲を見る余裕がなかった四人は、窓の向こうにある景色を見るなり目を輝かせて椅子から立ち上がった。
 はめ殺し窓だから開けて外に出る事は出来ないけど、研究機関の庭は外と違って緑豊かな休息空間として作られている。中心部に住むアンドロイドの間では、これを見られただけでも自慢になるとかならないとか。
 透明なガラスに張り付いて庭を眺める様は何とも滑稽だ。罠にかかった羽虫みたいというか……。
 昆虫型の化け物もあんな感じで罠にかかってくれたら簡単なのにな。

 「誰かいるぞ?」
 カシラの一言に、あたしもふと窓の方を注視した。
 四人が窓に張り付いていてよく見えないけど、機関の制服である白衣を着ていない誰かの後ろ姿が見える。
 患者は白衣を着ないし、そういうアンドロイドがいる事は別に珍しくない。でも患者用の服でもなく、ただのワイシャツにスラックスという機関内での標準服。
 そしてあの雑にまとめられた金髪は恐らく……。
 「ユーリじゃん」
 その声がガラス越しで聞こえたのか、背を向けていた金髪はビクリと肩を震わせた後、恐る恐る振り返ってこちらを見た。
 ……なんか、いつもと様子が違うな。
 ユーリらしき男はすぐに顔を背けると、逃げるようにどこかに走り去ってしまった。
 「知り合いっすか?」
 「……の、はずなんだけどな」
 男の姿が見えなくなった場所を見つめ、あたしは首を傾げながらそう返した。

 「お待たせしまし……何かいましたか?」
 窓と反対の方を振り返ると、戻ってきたイゼルが呆れた顔で窓に張り付いた四人を見ていた。
 「いや何も。ユーリがいたけど逃げた」
 「室長が? でも今日は確か……何でもありません」
 明らかに何かありそうな振りしときながら露骨にごまかしたな。
 たまたま庭にいたから声をかけたってだけで、休日や知られたくないプライベートの事まで踏み込むつもりはない。そこを気にしていたら泥沼というか、キリがないし。
 イゼルの不器用なごまかしは聞かなかった事にして「ふーん」と流し、短いやり取りの間にようやく窓から剥がれたカシラが席に戻って来る。
 ちなみに残りの三人はまだ窓に密着して離れる気配がない。
 「これが対価の金貨と代替の護身具です」
 「おお!」
 目の前に出された見たこともない量の金貨と模造の片手剣を見て、カシラは庭を見た時以上に目をキラキラ輝かせていた。
 珍しい景色より金や財産の方が大事なのはあたしも分かる。
 「遺物の件はこれでお引取り願います。連れてきていただいた患者の件ですが、発見の経緯等を誰かにお話しするのは構いません」
 カシラはうんうん頷いてるけど、あれは目の前の財貨に目を奪われていてイゼルの話をほとんど聞き流しているな。
 とは言ってもイゼルの方も分かってるのか、研究機関の部外者を縛るような事や聞き流されて困るようなものは言っていない。その代わり、現在解析中だろう患者の詳細といった新しい情報も一切語っていないけど。
 そんな当たり障りのない『お願い』を一通り話した後、イゼルは袋に入れた金貨と模造剣をカシラに差し出した。
 震える手でそれを受け取ったカシラは未だに窓に張り付いていた三人を呼ぶと、「あれが買える」「それならあっちも買おう」と、嬉々として買いたい物の主張と相談をし始めた。
 そういうのは外に出てから……と言っても今は聞こえないだろうな。
 その様子を終始見ていたイゼルは無関心にため息をついた後、ゲートまで送ると言って職員を呼び、騒がしい四人を押し込むように応接室から追い出した。
 あたしもその後に続こうと立ち上がると、
 「キノさんはここに」
 やんわりと手で制されてしまった。
 うん、まあ、何となくそんな気はしてたよ。イゼルはそういうの隠すの下手だし。
 「と言ってもここは外部の出入りが多いので……そうですね、こちらにご足労いただけますか」
 「手短に頼むよ」
 あのまま一緒に外に出たところで、どうやって四人を撒くかで悩んでいたから丁度いいや。
 経験上、おっちゃんもあたしに忠告したからには遅くなるの分かっているだろうし。
 遠ざかる四人の騒ぎ声を聞きながら、あたしとイゼルは応接室を後にした。

 病棟区画を抜け、来たことのない地下の区画に足を踏み入れる。
 高くない天井まである図体のでかい機材の稼働音がやけにこもって耳につくのは、地下という空間が閉じられた場所だからかな。その雰囲気は『生前』で言うサーバー室によく似ている。
 これだけ大きな機材が稼働してるとなると排熱でダウンしそうなものだけど、空調の方が勝っているおかげでアンドロイドには少し肌寒い。上着が欲しい、と考えているとイゼルがロッカーから白衣を出してくれた。
 「これは私の経験則によるものですが、室長は恐らくこちらにいらっしゃるかと」
 「あ、そうなんだ」
 どうやらあたしがユーリに用事があると思って案内してくれてるみたいだ。
 別に用事はないし、庭にいたから気軽に声をかけただけなんだけどな。
 「ただ挨拶しただけだし、休みにわざわざ邪魔するつもりは」
 申告すると案の定、「そうなの?」という顔で振り向いてきた。
 それを追うようにしてイゼルの顔がみるみる赤くなる。淡くくすんだ赤い髪色と遜色ないくらいに染まっていて、本人には悪いけどちょっと笑いそうになる。
 「私の早とちりだったようで……すみません」
 「いや、良いよ。結果的にあの四人から引き離してもらえたのはありがたいし」
 「……そうですか」
 勘違いとはいえ自分の行動が無駄ではなかった事に、安堵したような呆れたようなため息をつくイゼル。
 普段極力関わらないよう避けてるとはいっても、それでも関わってしまった場合はちゃんと最後まで付き合おうとしてくれるのは義理堅いなあと思う。
 「それでは外までお送りしますか?」
 「うーん……」
 多分、今外に出てもあいつらはゲート前で待ってるに違いない。
 それを考えるともう少し機関の中にいた方が得策なんだけど……特に残る理由や用事もないんだよなあ。
 適当にうろついてまた職員に怒られるのも嫌だし、諦めて外に出るしかなさそうだ。
 「じゃあ外に戻……」
 腹をくくって戻ろうとした時、通路の奥にあるドアからアンドロイドが出てきた。
 「おや、どうしました?」
 珍しい組み合わせにキョトンとした顔で声をかけてきたのは、イゼルの予測通りユーリだった。さっき庭で見たような怯えた様子は全くなく、いつも通りの落ち着いた態度だ。
 「休日なのに申し訳ありません、急患の報告が。キノさんは……」
 「あたしはただの発見者。それよりさ、さっき庭で逃げたのは何か理由あるの?」
 外に出るまでの時間稼ぎを兼ねて、雑談のノリで庭の一件について聞いてみる。
 一瞬イゼルの視線が何か言いたげにあたしの方を向いたけど見なかったフリをしとく。
 彼女は疑問の答えを知っているんだろうけど、ユーリの許可がない限り話す事はないだろうし。
 「庭で……? ああ、もしかして」
 ユーリは軽く首を傾げて少し思案した後、思い出したのか、手をポンと叩いてあたしを見た。
 「丁度いい機会ですし『本人』から話していただきましょう。イゼルの報告もその後に」
 「分かりました」
 まるで第三者視点からのような説明の仕方に、やっぱり庭で見たのはユーリじゃなかったという確信と同時に別の疑問も浮かんでくる。
 その答えたる『本人』が何を話してくれるのか、ちょっと気になってきた。

 * * *

 イツカ・スオウ。
 『生前』の記録を持つアンドロイドなら誰もが知ってる有名人だ。
 まだ生体アンドロイドの構造がブラックボックス状態だった超文明以前の時代、初めて『コア』の存在を発見し、更にその詳細な構造の解明まで成し遂げた歴代最高の生体アンドロイド。
 その功績と名前は以降生成されたアンドロイドのコアに必ず刻まれている。
 彼女は『コア』の解析以降決して表社会に出る事はなかったけど、現代よりちょっとマシなレベルだった文明が超文明にまで発展したのだから、名前が出なくてもその活躍は明らかだ。
 化け物出現以降の消息はもちろん、誰も分からない。

 「……庭であたしに怯えて逃げた本人が、まさかユーリを凌ぐあの天上人だったなんて誰が思うよ?」
 サーバー室最奥のイツカの私室で、あたしは盛大に溜息をついた。
 「その天上人という表現はいささか不服です。私もあなたも、同じアンドロイドではないですか」
 そんなあたしから漏れ出た感想を聞いたユーリ……の身体に同居しているイツカが眉をひそめて文句を言う。
 しかし何というか、古い話し方するんだなあ。
 「そうは言うけどさ、知名度も性能も桁が違いすぎるじゃん。とても自分達と同等に扱うなんて出来ないよ」
 『同居』している。つまり、ユーリもまた『正規統合者』の一人だったんだ。
 イゼルの補足を含めて聞かされた話は驚きの一言じゃ終われない程とんでもない内容だった。
 イゼルの話によると、『疫病』の現在の治療理論が確立して間もない頃にユーリが発症。
 困惑と絶望に落とされた当時の研究機関の職員達に対し、ユーリは「理論に基づいて治療して下さい」と言って自分を被験体に使わせたんだそうだ。
 当然職員の間で揉めに揉めたのは言うまでもないけど、最終的に当時から助手に就いていたイゼルが腹をくくって執刀に名乗りを挙げ治療に成功。そうしてイツカが『復元』されて今に至る。
 その確率からしてあたしでもあからさまに虚偽を疑うような中身だけど、これらは正式に記録が残っているというから真実だと認識せざるを得ない。
 治療が完了した順に割り振られる『正規統合者』の一番若い番号のデータには間違いなく、ユーリの名前と執刀者のイゼルの名前、そして『復元』されたアンドロイドの名前にイツカの名前があった。
 「分かりました。逃げた事は謝罪しますので、あなたも私を一人のアンドロイドとして対等に見ていただけませんか」
 「更新は善処するよ」
 寄せた眉間がなかなか戻らないイツカに苦笑いしつつ、自分のコアに『イツカに対する見方を修正する』処理を走らせる。
 目上と認識したアンドロイドに対する畏怖と行動の制限は標準でインストールされているのだけど、どうもイツカに対するものは別枠で、今のように意識して初めて認識出来る秘匿されたプログラムみたいだ。
 一度認識出来れば修正や更新は自分で出来ると教えてくれたのはユーリで、それまでのあたしは『生前』も含めて何も知らなかったよ……。
 価値観の更新と呼ばれるこの処理は時間がかかるもので、一般に情報処理に長けたアンドロイド程処理が早い。身体能力に偏ってるあたしは逆に遅く、それこそ何もしないで半日過ごすくらいの休息がないと更新が完了しないんだよね。
 もちろん処理中に他の行動を取る事も出来るけど、その分同時に取っている行動の数だけ処理速度も遅くなる。
 「長時間の行動力減衰になると推測します。更新処理領域を少し貸与しましょう」
 更新処理で重くなってきた身体を椅子に預けていると、イツカが耳掛けヘッドセット型の装置を取り出してきた。
 「何それ」
 「外付けの演算装置です。私の演算領域の一部を一時的に使用出来ます」
 そんなすごい物あるのか……。 この怠さが早く終わるならぜひとも借りたい。
 この後もやる事が詰まってるしね。
 怠くなってきた手で装置を受け取ると、教わった電源スイッチの場所を爪で弾いて起動した。
 「お……おお?」
 起動した瞬間、重くなっていた頭がみるみる軽くなっていく。
 更新処理の方に意識を向けると、その道筋と終了時間まではっきりと分かる。例えるなら、暗闇に潜んでいる化け物の位置や弱点が丸見えになって、更に相手の動きまで手に取るように分かる。
 情報処理に長けたアンドロイドは、情報がこんな風に見えるのかな。
 そんな快適さを満喫するのも束の間、更新処理はあっという間に完了してしまった。
 「これで問題ありませんね」
 借りていた演算領域が閉じられ、接続が解除されると同時に装置の電源も切れる。
 更新処理をする時の癖で何となく閉じていた目を開けると、視界に入ったイツカを認識してもさっきのような畏怖は感じない。
 問題なく更新できたみたいだ。
 「イツカほどにもなるとこんな事が出来るんだねえ」
 「それが私の性能の一つです。制約はかけませんが、第三者にあまり漏らさないようお願いします」
 「了解」
 短く了承し、イツカに対する感情的な話はそこで切り上げる事にした。
 ……表に出てこない理由が、まさか傭兵が怖くて逃げてただなんて思わなかったよ。

 「お話は済んだようですね」
 イツカの存在を開示した後、あたしとイツカのやり取りを窺っていたイゼルがようやく口を開いた。
 「ああ、ごめんごめん。話も聞けたし、あいつらも帰ってるだろうからここらで外に戻るよ」
 上司たるユーリの好意と指示とはいえ、急患の報告を待たせるのは良くない。
 そう思って椅子から降りてドアに向かおうとしたところで、背後から不穏な一言が飛んできた。
 「それは構いませんが……彼らはまだゲート前で待ってるようですよ?」
 「えっ」
 なにその根性!?
 思わずイゼルの方を振り返ると、彼女はモニターの画面を切り替えて静かに差し出してきた。
 表示された画面には確かにカシラ達四人があぐらをかいてゲート前に居座る姿が映っている。外に出た時点で臨時パスは失効してるから、中に入りたくても入れないんだろう。
 その様子はなんというか……籠城する獲物が出てくるのを虎視眈々と狙う狩人みたいでゾッとした。
 「……もうちょっとここにいても良い?」
 モニター越しにユーリをチラッと見てお伺いを立てる。
 既にイツカと交代しているユーリは、ふむ、と少し思案した後、イゼルに尋ねた。
 「急患の発見者は確かキノさんでしたか」
 「厳密にはゲート前の彼らが先だそうですが……キノさんも発見者の一人ですね」
 「でしたら大丈夫でしょう。キノさんも報告を聞く権利はありますから」
 そう言うと、ユーリはにっこり笑って椅子を勧めてきた。イゼルの報告を聞いても良いという建前で、ここの滞在を許可してくれるみたいだ。
 ただ、あの張り付いた笑顔は見覚えがある……あれは
 「イゼル、報告が終わりましたらゲート前の掃除をお願いします」
 「かしこまりました」
 そう、(機関の設備を使った)実力行使を決めた時の顔だ。
 イゼルの報告が終わり次第、カシラ達は強制的にあそこから排除される事になる。恐らく、二度と研究機関の近くには近寄れない形で。
 あたしは心の中でそっとカシラの肩を叩いておいた。

 ユーリが報告データを読んでいる間、今日の間に得た情報を頭の中で整理する。
 最大の驚きはやっぱりイツカが『復元』されていた事かなあ。彼女がいれば、アンドロイドの再興もぐっと早くなる。
 それなら既に当時程とは言わなくても、もっと再興が進んでてもおかしくない。にも関わらず再興が進んでないのは、イツカの状態に理由があった。
 曰く、イツカは性能と人格は問題なく『復元』されているけど、『記録』に欠落があるらしい。その欠落は化け物が現れた頃に近い程大きく、あの絶対的な冷静ささえ失い取り乱した程だったとか。
 化け物が現れた原因と、イツカの欠落した『記録』に残された当時の出来事に関連性があるのは間違いないだろう、というのがユーリの推測だ。
 余談として、あたしの療養中のお咎めが甘かったのは、取り乱して塞ぎ込んだイツカを落ち着かせるためにリソースを割いていたが為、他の仕事をする余裕がなかった。 というのが真相らしい。

 もう一つ得た情報は、ユーリがあたしに出した依頼の本当の目的。
 これもまさにイツカ関係で、欠落した記録の断片を修復・復元するための材料を探してもらう為なんだそうだ。
 超文明時代の遺物を扱えるアンドロイドは『復元』されたアンドロイドに絞られる上、そこから更に化け物に対抗出来る性能となると、続々とアンドロイドが『復元』されている現時点でもあたしとキトくらいしかいない。
 厳密には、化け物に対抗できる性能があっても、『化け物に一度殺された恐怖』というエラーで動けないアンドロイドがほとんどなんだとか。
 つまりあたし達二人が揃って初めて適任と言える依頼だったんだけど、内容がまとまった辺りで機関を出て間もないキトの行方不明が判明。成功率が急に不安定になった中、後から『復元』されたアオ達をサポートにつける事で案を修正、キトのいない空白を埋められるだけ埋めてあたしに頼んだ……という経緯らしい。
 つまり、イツカの欠落した記録が全て修復・復元されて、ようやく依頼が完了という事になる。
 せっかくご指名で来た依頼なのに、あいつ、本当にどこで何をしてるんだか。
 ちなみに最初からイツカの名前を出さなかったのは本人が『傭兵が苦手』という可愛い理由で、面白くて笑い転げてたら(ここではとても言えない理由で)凍結された実験の話を持ち出してきた。
 光の速さで土下座して謝ったよ、うん。
 普段どおりの顔なのに、見た瞬間不意打ちで氷入れられたくらいに背筋が冷たくなったよ……。

 「……さん、キノさん」
 「ふぁ?」
 肩を叩かれ顔を上げると、ユーリが首を傾げてあたしの顔を覗き込んでいた。
 情報の整理に埋没している間に報告は終わったらしい。
 「今イゼルが掃除に向かいました。じき外に出られると思いますが」
 「ああ、それじゃあ戻ろうかな」
 まだ整理が終わってないんだけど……まあ雑用全部済ませてからでも問題ないか。
 背中を伸ばして椅子から立ち上がった後、チラッと横目でモニターを見る。
 そこにはセキュリティロボットに追い回される四人の姿があった。あのロボット、機関の中で見かけるやつと同じだけど、あんな変形機能ついてるのか。
 変形はただの威嚇用で殺傷力がないのは一目瞭然だ。とはいえ、パニックに陥ってる四人にそうと分かるだけの余裕はなさそうだ。
 「ねえ、あれ誰かの趣味?」
 モニターに映るロボットを指差して何気なく聞いてみると、ユーリはふむ、と顎に手を当てて考える仕草をして口を開いた。
 「あれは職員の技術不足でまだ作れなかった頃のものですから……外の工房の人がデザインしたものだったと記録してますよ」
 外の工房、ねえ……。
 「その工房の人、酒好きだったりしない?」
 「開発の対価に要求するくらいにはお好きなようでしたね」
 やっぱりおっちゃんか!!
 あたしの反応を見て『お知り合いですか?』と表情で尋ねてきたユーリに、今日の出来事を簡潔に説明したら苦笑いしていた。
 ユーリはおっちゃんが世紀末を生き残った希少なアンドロイドというのをもちろん知っている。機関に誘致しようとした事もあるらしいけど、提示された条件が厳しすぎたが為に諦めたとか。
 主に酒不足という理由で。
 ユーリの性能を持ってしても、あのおっちゃんの価値観を直す事は不可能だったようだ。
 「どうやら掃除が終わったようですね」
 そんな話を聞いているうちに、モニターに映るゲート前はいつも通りの閑散とした風景に戻っていた。
 あのロボットに四人がどこまで追い出されたか、あるいは一時的に捕まえられているかは知らないところだけど、とりあえずこれ以上トラブルが起きる様子はなさそうだ。
 すっかり日が傾いてるものの、これだけトラブルだらけになったにも関わらず一日でおっちゃんの工房に戻れるなら早い方だな。
 「いやあ助かったよ。ありがと」
 「これくらいは些事ですよ」
 イツカの記録の欠落や超文明技術の復興という、長期的で規模の大きな問題を抱えるユーリにとって、ならず者のゲート前占拠なんてトラブルは簡単に片付いてしまう些事なんだろう。
 あたしの性能ではとても処理しきれないな、と見えない雲の上を想像する気分になりながらドアに手をかけたところでもう一度呼び止められた。
 「キノさん、工房に戻るのでしたらこれを」
 そう言って部屋の片隅にあった冷蔵庫から重そうに取り出されたのは古い瓶だった。
 注ぎ口の首を持って何か殴れそうなあの形と大きさは、紛うことなく酒。え、イツカ酒とか飲むのかな?
 「あそこは金貨の経費では落とせませんからね」
 飲んじゃ駄目ですよ、と苦笑いしながらユーリは酒を持たせてきた。
 嗜好品、というより酒厳禁なこの場所に酒があるって事自体驚きだけど、おっちゃんが関わっていたなら何となく納得出来る。
 「さすがユーリ」
 それに、戻るには酒をまだ調達してなかったしね。
 もう一度ユーリに礼を言って、今度こそイツカの私室を後にした。

 * * *

 それからおっちゃんの工房に戻るまでの道のりは、今日のトラブル続きが嘘だったかのように平穏だった。
 工房は意外にも完全に日が落ちた後も明かりがついていて、他の建物からもちらほら人工的な光が漏れている事から、街としての振興が少しでも進んだ様子が窺える。夜に活動しなきゃならないような依頼でもなければこの時間に歩き回る事はほとんどないから、一つ新しい発見をした気分だな。
 「おう、早かったな」
 「気軽に言ってくれるよ本当」
 歩いてくるあたしに気付いたおっちゃんは、すぐ隣の店までお使いを頼んだくらいの軽さで出迎えに来た。
 「毎度さあ、何か起きるように下準備した上で忠告してんじゃないかって思うよ」
 「んなことやる理由がどこにあんだよ。寝言は寝て言え馬鹿やろう」
 あたしには正直全然分からない症状なんだけど、本人曰く、『コアがざわつく』時に忠告をくれてるらしい。
 別にそれが原因で不具合や取り返しのつかない事故が起きたという事もないし、逆に忠告された事で色々発見したり、回避出来たという方が多いから、文句のつけようがないんだよね。
 ありがたいと言えばありがたいけど、それ以前にトラブルなく平穏に用事は済んでほしい。
 「次は寝てから言ってやろうじゃん。んで、材料これで足りる?」
 冗談を流しつつ、背負ってきた荷物を下ろしてインゴットを取り出す。
 「一、二、三……おう、確かにあいつの作ったインゴットだな」
 作業台に並べたインゴットをざっと数えて品質を確認すると、残りの細々とした材料も手にとって並べていく。
 全ての材料が揃ったのを確認したおっちゃんは満足げに大きく頷いた後、火が燻る炉の方に歩きながら家の奥を指差して言った。
 「完成するまで使って良いぞ」
 「お、やった。助かる」
 メイスが出来るまで、宿代わりに家を使えるのはありがたい。
 野宿が日常で慣れてるとは言っても、屋根があるのとないのとではやっぱり快適さが違う。
 研究機関も屋根のある場所と言えばその通りだけど、あっちは宿って言うより病院って言ったほうがしっくり来る。病弱じゃないんだし、常時病院に世話になっていたら傭兵なんてやってられない。
 作業場を抜け、雑多に家具が置かれた生活感漂う床張りの居間に上がると、除けても問題なさそうな物を片付けてアンドロイド一人横に転がれるだけのスペースを作る。
 あたしは『生前』から居を構えるなんて事はなかったし、生活空間なんて寝転がれる広さがあれば十分。
 仮占拠したスペースに座って水と栄養補給タブレットを噛み砕き、作業場から聞こえる炎の音と熱気を肌に感じながら目を閉じた。

 * * *

 メイスが完成するまでの十数日は、消耗品の細かい補充とおっちゃんのパシリであっという間に過ぎて行った。
 「出来たぞ!!」
 早朝におっちゃんの叫び声で叩き起こされ、眠い目をこすって作業場に顔を出すと、どうよとばかりに自信に満ちた顔でメイスを手にしたおっちゃんがいた。
 ろくに休みもせず一日のほとんどを作業場で過ごしてただけに服や汚れが酷い。けど、本人は疲れ知らずな様子でとてもピンピンしている。そんな無茶して身体大丈夫なのかな?
 少なくともあたしだったら倒れる確率の方が高そうだ。
 「違和感ないか確認してみろ」
 ずい、と押し付けられたメイスを握り直し、持ち上げたり振り回したりして具合を確かめてみる。
 「前のより少し重いかな」
 「お前が硬いっつってた百足型や獣型を殴っても折れねえ自信はあるぞ」
 「……なるほどね」
 違う材質のインゴットを追加で買いに行った理由に納得する。
 前に直してもらった時に『全く同じ仕様の相棒を作るのは造作もない』と言ってたし、実際その通り直してもらい続けてたけど、対応しきれなかった化け物の話を聞いて改良してくれたという事か。
 それで少し重くなった程度の誤差で済んだとなれば、改めておっちゃんの性能の高さを理解させられる。
 「これなら力加減の修正もほとんどいらないよ、助かる」
 「おう」
 あたしの言葉を『納品完了』と受け取ったおっちゃんは居間の方に入ると、あたしの荷物から古い瓶を勝手に取り出して来た。
 やっぱりあれが代金の酒だって分かってたな……。
 「んじゃ、これはもらうぞ」
 「はいはい」
 これで一番大きな買い物は片付いた。
 補充した消耗品や食料で膨れた荷物を拾い、メイスを背負って工房を後にした。
 相棒の得物が手元に戻って、ある意味、研究機関で治療していた間より長かった休日は終わり。
 これでやっとあいつを探しに行ける。

 と思った矢先に再会したアンドロイドは、良くも悪くもあたしに色々な情報をもたらした。

 「東の荒野で確かに見たっす。姐さんと同じ髪色をしたアンドロイドが、仲間を殺したんす」
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