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Gensou-roku Novels Archive log : Copyright(C) 2010-2022 Yio Kamiya., All rights reserved. 無断転載/改変禁止

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1 - mumia
Tips: 疫病の症状
 解読不能な言語の羅列の幻覚と幻聴、一時的な意識不明。
 進行するとコアが崩壊・消失、その身体には新たにコアの生成・移植ができなくなり事実上廃棄となる。


 * * *

 「……これ、住んでる人いるのかなあ?」
 研究機関のある街を出て西にある集落に着いたのは翌日の昼過ぎ。スラムの方がマシだと言い切れるくらいに寂れたその場所は、もはや集落というより廃村と言っていい程人の気配がない。
 とは言っても、一番大きな街ですらあの有様だし、それ以外の街や集落っていうのは大体どこもこんなもんだ。名前もなければ人口の把握すらされていない。研究機関のある街だけは『セントラル』とか『中央の街』と呼ばれて区別されているんだから、あそこがどれだけ人々の拠り所になってるかがよく分かる。
 かろうじて残ってる数軒の家屋の周りを探ってみると、明らかに空き巣と分かる人影が二人。
 生きてる住人がいる可能性が絶望的だし、もうあの二人に聞いてみるか。
 「ねえ」
 「……!!?!?」
 声をかけた瞬間に突き出されるナイフ。なかなかいい反射神経してるじゃん。
 それを余裕で躱しながら、驚いて固まっている方を捕まえて首を固定する。ナイフを避けられた方はよろけた体勢を整え、振り返ると同時に自分達の状況を理解して渋い顔をした。
 「……いくらやれば良い?」
 「金より情報が欲しいかな」
 要求が金ではないと聞いた男がポカンと口を開けて、それからあたしの身なりを見て納得したように頷いた。
 セントラルも大差ないけど、基本的にこの世界の現状は弱肉強食が主軸だ。身の安全以前に衣食住の確保さえ困難では、情報よりも金や食料といった物品の方が価値が高い。
 「セントラルの金持ちが欲しがりそうな情報なんて、俺らみたいな残飯漁りの盗人は持ってないと思うけど」
 「雇い主が引きこもりだからねえ」
 仕事に情報収集が含まれる以上は、情報も金や食料と対等かそれ以上の価値がある。ポケットから出した金貨をチラつかせて等価交換の意思を見せると、男は構えていたナイフを収めて警戒を解いた。
 それを確かめ、人質にしていた方の男を解放してやる。
 「で、何が欲しいんだよ? この辺の事なら分かるぞ」
 「知りたいのは二つ。この先にある遺跡の情報と、あたしと同じ顔した男を見たか」
 「とりあえず、あんたと同じ顔した奴はこの辺じゃ見たことないな。遺跡の話は……」
 「何でも良い。どの辺りにあるとか、何の化け物がいるとか」
 「場所はここからもう少し西に行ったところにあるぞ。化け物の種類なんてさすがに分からねえけど」
 キトの方は予想するまでもなくハズレか。そりゃ、何年も探してるのにこんな近くで見つかったら苦労しないよね。
 遺跡の方は最低限ってところか。せめて化け物の種類が分かれば対処しやすくなるんだけど、こればっかりは自分の目で見るしかなさそうだ。
 盗人の癖にお人好しな性格してるのか、他に何かあったような、と呟いて二人の男は思い出そうとしている。空を仰いでも答えが書いてあるわけでもないのに、変な奴ら。
 「ああ、思い出した。いつの話か知らないけどあの遺跡、化け物のミイラがあるらしい」
 ミイラ、という聞き慣れない単語に思わず首を傾げてしまう。
 「干物みたいなやつをミイラっていうらしいぜ。この間発掘した文献にそんな事書いてあったの思い出したんだけどさ、手に取ったら崩れちまって残ってないんだ」
 「……へえ」
 思った以上に重大そうな話を聞いて、思わずニヤリと笑いそうになってしまった。
 調査を抜きにしても貴重な情報、それもあの化け物に関するものと来たら行くしかないでしょう。勿論ユーリへの報告が先だけど。
 ミイラというのは総じて希少資源に分類されていて、セントラルの豪商が稀にミイラと称した物を高値で扱う程だ。他の生物ならともかく、生体アンドロイドはミイラにならないから、生体アンドロイドと称してるものは確実に骨と皮を模しただけの偽物なんだけど。
 その辺りを知ってて垂れ流してるのかどうかはあたしの知ったこっちゃない。
 「ありがと。良い事聞けたし、雇い主も多分満足する」
 ポケットから気持ち上乗せした金貨を出し、二人に渡す。
 情報の相場は食料や金品よりずっと安い。色をつけたと言っても相応の値段を出したつもりなんだけど、『こんなにもらって良いのか』という顔であたしを見て驚いていた。
 まあ、足りないと文句を言われるよりは良いでしょ。
 「せいぜい搾り取られないように気をつけるんだね」
 受け取った金を見ながら何を買うか相談し始めた二人を置いて、あたしは西にあるという遺跡を目指して歩き始めた。

 その後の彼らの様子を知ったのは、疫病患者の治療中だったユーリの口から死亡報告を聞かされた時だった。

 * * *

 他の大陸や海はどうなってるか知らないけれど、この大陸のほとんどを占めると言われてる風景は、蓄積した土砂と巨岩があちこちに鎮座する荒野だ。
 申し訳程度に立つ低木に身を隠しながら、あたしは視線の先にいる異形の動きを注視していた。
 頭に角を持つ甲虫型の化け物達はこちらに気付いてない様子で、地面から剥き出しになった琥珀をガリガリと夢中になって食べている。その群れの向こう側に、遺跡の入り口がチラリと顔を覗かせている。他の迂回路もないし、どうやっても化け物とやり合わなければ先に進めなさそうだな。
 視力を落とす為に着けていたゴーグルを上げ、メイスを持ち直す。
 勝負は十分。それ以上は身体にガタが来る。
 最初の一体に狙いを定め、あたしは弾丸のように飛び出した。

 化け物達が気付いた時は既に、振り下ろされたメイスが最初の獲物を捉えていた。
 力任せに叩きつけられた鉄塊は化け物の外殻を容易に粉砕し、声を持たないそれらは断末魔の叫びを上げる事もなく絶命する。
 それに見向きもせず威嚇の羽音を上げて襲いかかって来る残りの化け物達に、仲間意識というものはない。そもそも、単調な行動しかしないこいつらに知能というものがないのを、何十体と相手してきたあたしがよく知ってる。
 こいつらの実態は、そうプログラムされて動いているだけの『兵器』だ。
 「次!」
 正面切って飛んできた一体を叩き潰し、振りかぶった勢いで横から飛んできたもう一体をはたき落とす。
 メイスであっさり砕ける程弱い種類とはいえ、群れる甲虫型を一人で相手するのは骨が折れるなあ。
 こういう時、キトがいたら楽なのに……。
 いくら『たられば』を願っても、今戦うこの手が楽になるわけじゃない。
 百発百中のハエ叩きよろしく甲虫型の群れを相手し続け、数が半分を切ったあたりで、ゴーグルを外してからセットしておいたタイマーを確認する。
 目の良いあたしは、本来目で追うのも難しい化け物の機動力でも瀕死の羽虫同然で簡単に捉えられる性能を持ってる。
 だけど現在の身体がそれに適応しきれないらしく、常に裸眼の状態でいると頭痛やら色々な不具合が出てくる。だから普段はゴーグルで視力を落としていて、今のように必要な時だけ使えてるのが現状だ。
 タイマーの表示は丁度半分を過ぎた。全部潰すのにもギリギリ間に合いそうだ。
 「どんどん来な!全部潰してや……」
 そうして調子に乗ったのが不味かったか。
 群れの隙間から見えた大きな異形の援軍に足が止まる。
 形勢逆転の空気と共に、『ヤバイ』という語彙力の無さ過ぎる三文字が脳裏を掠めた。

 「……最っ悪!」
 現れた援軍は百足型だった。しかも大型。
 ただの百足型ならどうとでもなるけれど、どうやら長い年月生き延びた個体らしいそいつは図体だけじゃなく装甲も硬い。一発殴っただけじゃヒビ一つ入らないなんて。
 図体に似合わない動きの早さに邪魔をされ、援軍なんてどうでも良いとばかりに飛んでくる甲虫型の数を減らす早さも遅くなってくる。この大きさで、素早い甲虫型とほぼ変わらない早さなんて反則も良いところじゃない?
 裸眼の動体視力があるからこそ拮抗した状態を維持しているけれど、悪化するのも時間の問題だ。
 残り時間はあと九十秒。もう甲虫型を捌き切る事すら出来そうにないとなれば、一旦退くのが最善。
 あの身体のどこにあるのかよく分からないけど、化け物は獲物を狙う時は視覚に頼りきりだ。距離を稼いで、どこか岩陰に潜めれば―…。
 「痛っ…!?」
 ズキリ、と殴られたような痛みが頭に響いた。
 化け物に殴られたわけじゃない。
 「嘘でしょ……!?」
 タイマーの表示はまだ二十秒近く残っている。だけど、散々認識した覚えのあるこの痛みは間違いない。
 裸眼で動ける時間の超過による身体の不具合だ。
 タイマーの時間を間違えた? いや、ゴーグルを外してから計測する手順はとっくにコアに染み付いてて間違えようがない。
 だとしたら考えられるのは、裸眼の維持時間が短くなってる? ついこの間メンテナンスしたばかりだし、そんなはずは……。
 焦っている間にも、化け物達の猛攻は続く。
 その動きが徐々に捉えにくくなっているのに気付いた頃、タイマーが鳴り出した。その音が不具合の頭痛を更に悪化させていく。
 音を止める余裕もなく、一秒、また一秒と時間が進むにつれて痛みは他の部位にも広がり、身体の動きを鈍らせる。ここまで来ると、隠れる事は出来ても逃げ切るのは絶望的だ。
 飛び込んできた甲虫型をどうにか叩き落とし、痛みで一瞬ふらつくと同時に足元の地面が盛り上がって来るのが見えた。
 これは、避けられない。

 直後、地面から突き上げてきた百足型の一撃に、あたしの意識は持っていかれた。

 * * *

 直撃を避け、気絶だけで済んだのは幸運だった。
 「いてて……」
 意識が戻って最初に認識したのは暗い天井。
 幅からして通路みたいだ。作動してる非常灯の明かりがなんとも心細い。
 建築様式なんてものは専門外で細部はよく分からないけど、この遺跡は生前の時代からあったもので間違いなさそうだ。少なくともユーリの建てた研究機関とは毛色が全く違う。
 そんな益体もない事を考えながら、辺りに化け物がいないか警戒しつつ静かに身体を起こす。腕試しで他の遺跡に入った時、その内部までみっちり化け物が詰まっていたのだから油断禁物は当然だ。
 とは言っても、あまりそっちの警戒は必要ないかもしれない。
 姿は勿論、耳を澄ましても遺跡内のシステム駆動音しか聞こえてこない。あいつらは何をするにも煩いから、いくらか離れた場所にいてもすぐに分かるんだよね。
 目を開けてからほんの数秒、思い出したようにやってきた頭の痛みに慌ててゴーグルを下げる。頭から外れてはいなかったみたいだ。危ない危ない。
 起き上がって最初に注視したのは、あたしが飛ばされてきただろう方向にある行き止まり。厳密には扉だけど、それは固く閉ざされていた。
 外で戦っていた時は開いてたと思うんだけど、侵入と誤検知されて閉じ込められたみたいだ。
 内部に化け物がいないと確定していないものの、外から追加で来て挟み撃ちされる可能性が減る分、調査もしやすくなって助かる。
 出口? 脱出口がどこかにあるでしょ。
 胸ポケットから取り出した治癒促進タブレットをかじり、身に付けてるものに破損がないかあれこれ確認する。
 破れた服と非常食が減った以外は特に問題なさそうだ。気絶してなお手放さなかったメイスも無事。
 専用端末も無事だけど、遺跡内に妨害ノイズが混ざってるようで通信は出来ない。まあ、見つけたものをメモするくらいは出来るかな。
 身体の痛みも引いたのを確認したところで、本来の目的たる遺跡の調査を開始した。

 「イツカ」
 助手もいない研究室内で一人事務処理をこなしながら、ユーリエルは声をかけた。
 「希望通り、あなたの名前を出さずに依頼を出しましたが、そんなに彼女が苦手なのですか?」
 (苦手です)
 返ってきた機械的な女性の声はユーリエルにしか聞こえない。
 「そうは言いましても、統合主が私である以上接触は時間の問題だと思いますが」
 (接触までの時間を可能な限り遅延して下さい)
 「善処します」
 イツカの頑なな態度に苦笑いしつつ、上がってきた新規患者のレポートに目を通し始める。
 「何が苦手なのか、理由を伺っても?」
 即答と言って差し支えないほど早い返答だった声が、しばし沈黙した。
 答えられないのか、答えたくないのか。ユーリエルは静かにその返答を待つ。
 (彼女ではありませんが、昔、依頼を出した傭兵に逆恨みをされました)
 イツカはそれ以上言いたくないとばかりに切り上げ、再び沈黙が研究室を覆う。
 「彼女ではなく、傭兵自体が苦手なんですね」
 (はい)
 機械的な受け答え方とは裏腹に、その内容は非常に感情味溢れている。
 イツカと話をする度、ユーリエルは彼女の新しい側面を発見しては驚かされていた。

 「イツカ。キノは依頼を失敗して逆恨みするような個性ではありませんよ」
 (知っています)
 「知っているのでしたら、せめて傭兵という括りではなく個人として見る努力をして下さい」
 (善処します)

 * * *

 ここ、本当に遺跡かなあ?
 奥に進んでからそう間を置かずにそんな疑問が出てきた。
 いや遺跡は遺跡なんだけど、年代が明らかに違う。塗装が剥がれた壁は何度も塗り替えた跡があるし、非常灯もよくよく見ると後から雑に取り付けられているだけだ。
 一本道の通路と階段だけで構成されていて部屋というもの自体がなく、娯楽施設の迷路ってわけでもなさそう。何だこれ……?
 少なくともあたしの生前よりも遥かに古いのは分かったけど。

 左にしか曲がらない角を曲がっては、下にしか続かない階段を降りていく。
 大雑把な構造は螺旋状かなと結論付け、最下層にあるだろう化け物のミイラとやらに想像を働かせる。
 生前現れて今も地上の大半を歩いている化け物は、いわゆる節足動物の形をした奴が多い。勿論獣型もいるし、軟体動物みたいなぐにゃぐにゃした度し難い姿の化け物もいるらしいけど、あたしは見た事も戦った事もない。ついでに言えば戦いたくもない。
 だってどれだけメイスで叩いても全然効かなさそうじゃん?
 それこそキトがいないと話にならないよ。
 まあ、そんな形した奴だったとしてもミイラはミイラ。死んでるんだから大丈夫だよね。

 「お?」
 一通り想像して無意味な感想にたどり着いたところで、通路に終わりが見えてきた。
 シェルターのように重厚な作りをした入り口と違い、こっちは何も改装されなかったようだ。錆びきった金具は風化寸前、取り付けられてただろう扉は腐り落ちて跡形も残ってない。
 遮るものが何もないその奥がどれだけ広いか分からないけど、少なくとも非常灯の明かりは行き届いていない。まるで、部屋にある物を見せない為みたいに。
 「露骨だねえ……」
 あたしは目が良いと言っても暗視の性能はアンドロイドの平均値だ。だから暗所で作業や調査をする時は、暗視補正がかかってるゴーグルのレンズ頼みで動く。
 補正スイッチを入れ、足元にあった瓦礫の欠片を転がして罠がないか確認する。カラン、とガラスの上を転がる音がやけに大きく響いた。
 ガラスの床かあ……体重で割れるって心配は、多分大丈夫だよね?
 足を乗せ、身体を預ける前に強めに踏み込んでみてもびくともしない。うん、大丈夫そうだ。そのままお邪魔しますよっと。
 空調の駆動音の反響からして、相当広い部屋みたいだ。どれぐらい広いかって比較できる指標がなくて例えがうまく出てこないけど、地上の大百足型が三体入ってなお余裕がありそうなくらい広い。
 それだけの広さで、障害物が一切ないのも不気味さを増長させている。光学迷彩で何か隠れてるわけでもない。
 でも部屋の中身見せない為の暗闇って言っても、明かりなくしてこんな場所作れないでしょ。
 本当にミイラなんてあるのかな……おや? 最奥の壁にあからさまに怪しいスイッチを発見。
 スイッチの形からして多分部屋の明かりかな。
 特に疑問もなく、あたしは壁のスイッチを押した。そしてそれは、ある意味においては正しかった。
 明るくなったのはガラスの床で、その下にも何かがあったなんて気にも留めていなかった事が、一つの失敗かもしれない。

 足元に浮かび上がったのは、間違いなく探していた化け物のミイラだった。
 部屋の床一面を覆うガラスを天井にして仰向けに横たわるそれは、今までに見たどんな化け物も矮小に見えてしまうほどの巨躯。
 現在発見されているうち、どの種類にも当てはまらない異形。四肢も性別もない人体のような本体と、背部から生えた五枚の翼。一枚は折れ、一枚は腐り、一枚は骨が剥き出しと、それぞれが飛ぶ役割を持てるとは到底思えない損傷の仕方をしている。
 そして黒く塗りつぶされた頭部は、ミイラになってなお顔の骨格すら分からない。
 「……なんだ、これ」
 これは、一体、何?
 思わず後退りして壁にぶつかり、衝撃で壁の塗装が剥がれ落ちる。
 ミイラそれ自体を見たことがないわけじゃない。こいつもその特徴に違わず干からびているし、当然死んでるのも理解できる。
 なのに何故こんなにおぞましく、今にも動き出しそうな気配を感じるんだろうか。
 まるでこれは、ミイラに擬態した化け物みたいだ。

 ピポッ

 「っとびっくりしたあ!?」
 反射的に身体が飛び跳ねた。今絶対心臓も飛び跳ねた。
 唐突に聞こえたビープ音にビビって思わずメイスを構える。警戒して部屋の中を見回しても、景色は変わっていない。
 と思いきや、違和感は視界の隅にあった。
 何の説明もなく、ただ『はい』と『いいえ』の選択があるだけの確認画面が表示されている。どうやら目に直接干渉されてるようで、どこを見てもそれは視界の一部を占拠していた。
 あ、これ考えなしに選んだら駄目なやつだ。
 化け物のミイラを視界からそっと外し、確認画面の意味について考えることにする。
 多分、周囲の警戒はするだけ無駄。ミイラにとって狭い部屋で動き出されれば、あたしに為す術もないのは明らかだし。
 「うーん……」
 ……どう考えても、ミイラを動かす為の『はい』『いいえ』だよなこれ。
 空調や明かりをつける為に視界干渉技術を使うのは無駄が過ぎる。ミイラをライトアップするためのスイッチが壁という物理的場所にある時点で、この遺跡は古いアナログ技術主体だって分かる。
 それなのに、一足飛びに生体アンドロイドの五感に直接干渉してくるという事は、やっぱりあの化け物のミイラは生きている可能性が高い。
 かつて生体アンドロイドが為すすべもなく化け物にやられた原因の一つに、五感干渉の性能を持つ種類がいた事が挙げられる。こいつがそれを持ってるとするなら、この画面も納得が行く。
 「冗談じゃない」
 キトに再会も出来てないのに、また化け物に殺されるなんて絶対嫌だ。
 これだけおぞましさと不気味さを撒き散らしてる化け物を目の当たりにして、『はい』を選ぶ生体アンドロイドはまずいないだろう。
 あたしの足りない頭でもそう結論付けられるくらいには分かりやすい。そりゃ説明もいらないよな。
 画面を注視して『いいえ』に意識を向けると、それはスッと消えていった。

 遺跡の出口は画面が消えた後にあっさり出てきた。
 チーンという間の抜けた音と同時に、スイッチの横の壁が崩れて現れたエレベーターの乗り口。あの長い通路は一体何だったのよ……。
 というか、乗り口まで塗装で埋めてるってどれだけ隠したかったの?
 突っ込みたい諸々で緊迫していたものが一気に抜けるのを自覚しながら、箱に乗り込んだあたしは地上に一気に運ばれていった。

 エレベーターの箱は小高い丘の上に突き出して停まり、あたしが降りると何もなかったように地下に帰っていった。
 どういう作りをしたらそうなるのか、平らな地面にはエレベーターの痕跡が一切残っていない。内部はあんなにアナログでボロボロだったくせに、使われてる技術が局所的に高い遺跡だなあ。
 そんな無意味な事を考えながら周囲を見渡し、地上の状況に気付く。
 「……え?」
 まず、帰ってきた位置は遺跡の入り口からそう離れていない。そもそも遺跡が丘の下に作られているから、あたしは一旦地下に潜ってエレベーターで頂上に出てきたような形だ。出てきたのが頂上なだけに辺りの様子がよく見える。
 それほど長い時間遺跡にいたつもりはない。なのに、周囲にいた化け物がほとんどいなくなっていた。
 死んでいた、と言った方が正しい。
 誰かが倒した? でもここに来られるだけの性能を持つアンドロイドなんて―

 一人、いた。
 米粒程の大きさにしか見えない、丘からずっと遠い場所に。
 背を向けて立っている男は、こっちに気付いていない。
 「――……キ」

 その名前を呼び終わる前に、青い髪のアンドロイドは前触れもなく消えた。

 * * *

 「キトさんがいた?」
 「あたしが見間違えるわけないでしょ!でもフッて消えてどこにも痕跡残ってなくて」
 「キノさん」
 専用端末の向こうから、ユーリに言葉を遮られる。
 「落ち着いて下さい。焦って先走ったり説明が疎かになるのは悪い癖ですよ」
 「……ごめん」
 本人に見えているわけじゃないのに、つい端末の前で正座してしまう。
 そういう性能は持っていないと本人は言ってたけど、ユーリは人の扱いが上手いなってつくづく思う。
 「とりあえず今は遺跡に近い…街?廃村?に戻ってきた。順を追って報告するよ」
 「お願いします」
 盗人二人組から化け物のミイラの話を聞いた事は、出発前に既に報告してある。
 遺跡の中でとったメモと画像を送り、口頭の説明はそれを補足する程度に留めておいた。
 「……未知の化け物を安置する遺跡、ですか」
 ふむ、と考え込む声からしばらく沈黙が続く。
 「話の通りなら、キノさんの推測はおおよそ合っていると思います。『いいえ』を選んだ後に罠にかかる可能性もあったかもしれませんが」
 推測がおよそ正しいとユーリに言われて少しホッとする。
 罠のくだりは……確かに、一切罠がないと油断させて最後にあった可能性は否定できない。
 「かのじ……失礼、私が探している情報とは毛色が違いそうですが、化け物関連の部署で詳細の調査を続けておきます」
 「彼女?」
 ユーリから漏れた第三者の存在。本当にうっかりだったようで、またしばらく沈黙が続いた。
 「本人の希望なので名前は伏せさせて下さい。ですが、あなたも知っている人ですよ」
 失敗を怒られた子供のような声音が返ってきた。
 どうやら依頼主はユーリ一人だけじゃないみたいだ。あたしが知っているって事は、研究機関の誰かに間違いないようだけど。
 ま、細かい事は詮索しないのが傭兵ってもの。陰謀に嵌められるなんて事でもなければね。
 「それで、脱出した後にキトさんを目撃したものの見失ってしまったと」
 「また振り出しに戻っちゃったよ」
 「振り出しではないと思いますよ。あなたが間違いないと断言するんですから、生存確認が取れたというだけでも大きい成果ではありませんか?」
 「それはそうだけど……」
 「あとはそうですね……。前触れも痕跡もなく消えたという事は、恐らく隠密行動用の転移技術ではないでしょうか」
 「あっ」
 言われてみればそうだ。
 転移技術は生前の超文明で主流だった移動手段だ。一般には移動する瞬間の事故を防ぐ為、大なり小なりエフェクトを表示して痕跡を残していく。
 勿論例外もあって、携帯型や一方通行型、使い捨て型なんかはエフェクトや痕跡を表示しないし残さない。そういう型を使うのは、往々にして後ろ暗い界隈、あるいはお偉い上層部の連中だった。
 「私には、そういう技術があったという知識しかありませんので詳細は分かりかねますが……」
 「いや、大丈夫。第一、あたしはその時代のアンドロイドだよ?」
 「そうでしたね」
 ああいうのの追い方はキトの方が得意であたしは横で見てるだけだったんだけど、見様見真似で何とかなるよね。多分。きっと。
 「もう一回キトの消えた場所を探してみる。必要なら転移技術の情報も送る?」
 「技術復元部署が喜びそうな申し出ですね。報酬は上乗せしておきますよ」
 「サンキュー」
 さすがユーリ、分かってる。
 通信を終え、キトのいた荒野に引き返した。

 物資の不足に気がついて一度引き返す羽目になったのはここだけの話。
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