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Gensou-roku Novels Archive log : Copyright(C) 2010-2022 Yio Kamiya., All rights reserved. 無断転載/改変禁止

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Praefatio
自動翻訳を開始。
 物語を再生します。


 * * *


 不毛の荒れ地に一つ、大きな街がある。
 廃屋と見紛う家が寄り添うように建ち並ぶ中、一つだけ、時代の違う新しい塔が中心に聳え立つ。ちぐはぐなこの景色にも、最近ようやく見慣れてきた気がする。
 「おう姉ちゃん、ここを通るなら金をよこしな」
 大部分がスラムのこの街に治安なんてものは存在しない。当然のように、追い剥ぎ目当ての男が立ち塞がってきた。
 道の大小を問わず、小綺麗な格好をしていればそれだけで追い剥ぎが集ってくる。捕まれば最後、骨まで売られて文字通り廃人だ。
 もちろん、そんな奴らの相手をする気も、肥やしになるつもりもない。
 あたしはやる事が山積みなんだから。
 「おい、待てっつってんだろ」
 立ち塞がる追い剥ぎを無視して素通りしたら、しつこく追いかけて来た。
 この辺りのボス気取りでいるつもりだろうか。ボスって呼ぶには、見た目があまりにも貧相で小物臭漂ってるけど。
 「このアマいい加減に…」

 次の瞬間、肩を掴んだ追い剥ぎの地面と空が反転した。
 ふわりと身体が浮いたのも束の間、綺麗に弧を描いて地面に叩きつけられる。背中の痛みも相まって、何が起こったか分からないという顔で空を仰いでいる追い剥ぎの頭すれすれに、追撃のメイスが落ちる。その振動とめり込んだ地面のヒビから、メイスがどれだけ重く破壊力が高いかが分かってしまう。
 仲良く頭の横に並んだ自分より一回りも二回りも大きい鉄塊を見て、追い剥ぎの顔色がサーッと青くなった。
 「手が滑った」
 身体を掴んできた相手を自動で投げ返す。昔はそういう迎撃プログラムもあったけど、あたしはそんなものインストールしていない。積み重ねてきた戦闘経験で染み付いた癖だ。
 メイスもずっと背中に背負ってたはずなんだけど、こいつの目は節穴なのかな。節穴なんだろうな、うん。
 両手持ちの大型メイスは持っているだけで目立つ。扱える人は少ないし、持ち歩いているとすれば、この時代だと古物商とか荷運び屋と考える方が普通かもしれない。
 でも残念。あたしは古物商でも荷運び屋でもない。そういう奴らだったら護衛の一人や二人つけるのが常識だし、やっぱりこいつの目は節穴みたいだ。
 「それで?呼び止めるからには用事があるんだよね?」
 「ひっ…!」
 笑顔で聞いただけなのに、追い剥ぎは抜けた腰を引きずって一目散に逃げていった。呼び止めておきながら用件も言わず逃げるなんて失礼な奴。
 まあ別に、言わなくても追い剥ぎの用事なんて分かりきった事だしね。
 そんな事より、早くあの塔に行かなくちゃ。

 * * *

 無法地帯の中心にある塔は、スラムとは逆に規則が厳しい場所だ。
 街の中枢とはいっても政府機関なんて機能はなく、大部分は研究施設として運用されている。
 外とはまるで別世界のようなこの施設の生い立ちについて、創設者たる『彼』から聞かされているはずなんだけど、残念ながらあたしはそこまで複雑な事は覚えられない。
 「被験者コード認証。キノ・トキシバ、入場ヲ許可シマス」
 入り口の認証ゲートで立ち止まり、身体スキャンを通過する。時間はかからないし、どこかを触られるわけでもないけど、何故かゾワッとしてあたしは苦手だ。
 一見すると行き止まりにしか見えないゲートの一辺が口を開け、潔癖なまでに白い塔の内部に足を踏み入れた。
 技術が集約されている塔内部に窓はなく、一切を隔離された別世界だ。そこにいる人々のほとんどが白衣を羽織り、長く居ると色というものの認識が薄れてしまいそうな気がしてくる。
 そして、濃い色の服を着ているあたしはここでも必然的に目立つ。外とは違って誰も何もしてこないけれど、通り過ぎる誰もがこちらをチラリと見ては目を逸らしていく。
 別にあたしが異端なわけじゃない。両極端なこの街では、平凡こそ異端なんだ。
 「ゴ用件ヲドウゾ」
 「ユーリエル=グライアロウはいる?」
 エントランス正面に置かれた案内端末に話しかけると、『シバラクオ待チ下サイ』という返答の後に塔内マップが表示された。
 赤と緑の光が、それぞれ現在位置と目的地を示しているのだけど……。
 「おや、お久しぶりですね」
 点滅する隣り合わせの光が意味するところは、説明するまでもない。
 「今日はどうしましたか?」
 「どうって、プロテクトのメンテナンスだよ」
 「もうそんなに日が経ってましたか。それじゃあこちらへ」
 すぐ隣まで歩いて来ていた尋ね人は、その金髪を静かに揺らし先を促した。

 『彼』ことユーリはこの研究施設の創設者だ。
 いかにも温室育ちな青年に見えるんだけど、実際の年齢を知っている人はいない。施設も既に何百年と経つって話だし。
 ついでに、それを言ってしまうとあたしは彼より遥かに年上になる。
 「全チェック終了です。お疲れ様でした」
 終了のビープ音と共に検査カプセルの蓋が開き、息苦しい場所からようやく解放された。
 寝ていた体を起こし、軽く伸びをする。
 「キノさん、『生前』は確か傭兵でしたよね」
 「今もね」
 そうでしたね、と微笑んでユーリはメンテナンス装置を終了させている。
 別の端末から出力される検査結果を見ながら、彼にしては珍しく、あたしの顔色を窺うように言葉を続けた。
 「あなたの行動力を見込んで、一つ依頼したい事があるのですが……。この後、少しお時間いただいても?」
 依頼、という言葉で、緩んでいた頭の回路が瞬時に切り替わる。
 「構わないよ。ただし、あたしは高いよ?」
 「…なるほど。それがお仕事される時の顔なんですね」
 それで顔の造りが変わるわけじゃないのに、ユーリは興味深そうにあたしの眼を観察していた。

 依頼内容はとても簡単なものだった。
 「遺跡や旧機関跡の調査ねえ……」
 ついでに言えば、あたしが知らなかっただけで、随分前から募集していたものだったらしい。
 簡単と言っても、自分の生活に手一杯な連中が大半のこの世界では、外を渡り歩くというのは困難な話だ。それも含め、様々な理由があって今まで誰も請け負う人がいなかったというわけだ。
 「はい。機関公式の依頼になるので、報酬もある程度期待に添えられるかと」
 塔の最上階にある室長室で、ユーリは報酬金額を提示した。
 「……悪くないね。他に制約や制限は?」
 「定期的な報告と位置情報の送信。それ以外はキノさんの自由に動いて頂いて構いません」
 随分と条件が良い。むしろ良すぎるくらいだ。
 「まるで最初からあたしに頼む為に作ったような話じゃない?」
 「…他に頼める方がいるとしたら、あなたの弟さんしかいませんからね」
 少し困ったように笑い、ユーリはあっさり白状した。
 「公平にという事で対象を絞らない募集形式を採っていますが、遺跡周辺の環境だけでも一般人や並大抵の傭兵は身を引くでしょう」
 今の時代で遺跡と呼ばれる場所は、ほぼ全てにおいて化け物の巣窟という認識で相違ない。
 あいつらに対抗できる存在は少ない。はるか昔、この世界の頂点だったあたし達生体アンドロイドさえ、逃げるという選択しか採れなかったのだから。
 その形は今もあまり変わらないけど、昔のままというわけでもない。化け物に対抗できる性能を備えた人が少しずつ現れ始めたと、ユーリは言っていた。
 勿論、あたしや弟もその中の一人だ。もっとも、そういう人々の中でもかなり初期な上に特殊な事情があるけれど。
 「なんであたしかあいつをご指名なのか聞いても良い?」
 「理由はいくつかありますが……そうですね」
 思案するように目線をぐるりと泳がせた後、あたしの方を見てユーリは答えた。
 「一つは、旧機関跡とその周辺の遺跡を探索できる性能を持つのは、私が知る限りあなた方姉弟くらいしかいない事」
 そしてもう一つは、と、もう一本指が立つ。
 「その性能を持つあなたの弟……キトさんとおぼしきアンドロイドの目撃情報が、その付近なんです」
 「……なん」
 頭の中が熱くなるような、冷えるような、急激な血圧の変化が、今すぐに探しに行かなくてはという衝動となって体を動かす。
 立ち上がった勢いのまま踵を返し、あたしは一直線にドアの方へ走り出した。
 「キノさん、落ち着いて下さい」
 「ぶっ」
 慌てた様子を微塵も感じさせないユーリの声が届くのと、ロックされ開かないドアに顔面衝突したのはほぼ同時だった。
 びたん、と痛々しい音がした割にはあまり痛くない。触れてみると、ドアの表面にうっすらと緩衝材がコーティングされているみたいだ。
 「落ち着けるわけないじゃん!まだ近くにいるかもしれな」
 「あの辺りの情報はここに届くまで何十日も経っています。既にいない可能性の方が高いでしょう」
 「それはそうだけど」
 「それにキトさんであると断定はできません。詳細を聞かずに飛び出すのは愚策ではありませんか?」
 正論にぐうの音も出ない。
 さっきまでの柔和な顔とは打って変わり、真面目な顔をしたユーリに促され渋々椅子に戻る。
 「……分かったよ。それで、どこに行けば良い?」
 「目撃があったのはここから西端の遺跡周辺です。座標を送りましょう」
 あたしの返答を『依頼を受ける』と受け取ったユーリから、座標のデータを受け取った。
 地図とか電子端末という物理的な媒体はなく、最初から知っていたかのように遺跡の場所と周辺地域までの道が分かるようになる、という感覚だ。
 もちろん、外に出れば地図というものは紙でも電子端末でもいくらでもある。むしろ、コアマッピングという身体に直接記録出来るこの機関のやり方の方が特殊と言ったほうが正しいかもしれない。
 「それから専用端末がこちらです。経費はもこれでやり取りできますが、嗜好品には使えませんからね」
 ちっ、先を読まれていたか。
 嗜好品とは言うまでもなく酒の事だ。ザルだと報告した事は一度もないはずなんだけど、どうやらそういう情報も彼には筒抜けらしい。メンテナンスでバレるのかな。
 そんなやり取りをしているうちに、昇っていた血はある程度収まっていた。
 ふと、花のような爽やかな香りが鼻をくすぐる。多分この香りに鎮静効果があるんだろう。こういう対応の早さはさすがというか、塔の中にいる限り、ユーリの掌の上である事を再認識させられる。
 「他に質問はありますか?」
 「そうだねえ……」
 気分が落ち着いたところで、優先的に調査する場所や欲しい情報を回収していく。
 キトらしき目撃情報は多分本当だけど、あくまであたしに確実に依頼を受けさせる為の餌も兼ねてるんだろう。遺跡がかつて何の場所だったかを照らし合わせると、ユーリが探しているものが何となく分かってくる。そういう頭を使う仕事はあんまり向いてないんだけどなあ。
 まあ、キトの捜索をメインにして良いって言う事は、二人揃ってやっと本格的に調査できるようになる難しさなんだろう。
 「提供できる情報はこれで全てですね」
 必要な情報を専用端末に転送し終え、ようやく白く広い室長室から解放された。

 * * *

 遡る事遥か昔。
 生体アンドロイドが生態系の頂点に君臨し、ユーリのいる研究機関のようなレベルの文明が、当たり前のように享受されていた頃。あたしと双子の弟のキトは、有名な傭兵として生計を立てていた。
 栄華を誇る超文明といえど、アナログでしか解決しない問題というのは山程ある。だから傭兵という職業自体は珍しくなかったけど、裕福になれる程収入の良いものでもない。職業カーストの中では低い方だったと思う。
 そんなあたし達傭兵の需要が跳ね上がったのは、化け物達が突如現れ始めた時だった。
 いくら超文明が当たり前に普及していたと言っても、その仕組や裏側を理解している人はほんの一握りだ。お偉い連中からは現れた原因も説明もないまま、何もない空間を食い破って出てきた化け物に一般人は為す術もなく餌食になっていく。それに対抗しようと自発的に動き出した傭兵さえ、致命打を与えられないままほとんどが死んでいった。
 そうした世紀末とも呼べる絶望の中、あたしとキトは相打ちという形で百足型の化け物を仕留め、

 「姉ちゃん。次があるなら、また一緒に暴れような」

 キトの約束を最期に、あたしの記録は途切れた。

 死ねば記録なんて消えてしまうし、次なんてものは勿論存在しない。
 けれど何の偶然か、あたしはこの記録を保持したままもう一度この世界で目覚める事になる。

 数えるのも億劫な程の年月を経た現在。
 ユーリの手によってあたしのコアは再び記録を始めた。
 彼は『コアの復元』と言っていたけど、細かい事はあたしには分からない。少なくともあたしの生きていた頃にそんな技術は聞いたことがないけれど、あの世紀末を生き残った誰かが作り上げたんだろう。
 復元されたアンドロイドは定期メンテナンスという条件付きで外に解放され、自由に活動している。もちろんあたしもその一人だ。
 ちなみに、『生前』とは復元されたアンドロイド達が保持する昔の記録の事だ。

 この世界にもう一度足をついてから、キトには未だに会えていない。
 ユーリからは復元したという知らせは聞いている。けど、外に出て間もなく足取りが途絶え、定期メンテナンスにも来ていないらしい。
 生前の記録も損傷なく残っていたと言っていたし、あいつが片割れのあたしとの約束を忘れるはずがない。
 だから絶対に探し出して文句言って、また一緒に暴れまわってやるんだ。

 例え目の前にいなくても、この世界のどこかで生きているという確信はあるから。
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