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6 - Force
あんたに何が分かる!
…分からないのはお前の方だ。
相手の苦しみを知らないで
勝手な憎しみばかり生んで

―「Parallel World」

 苦い記憶の夢は現実によって終わりを告げた。
 「蒼鵞兄!!」
 背後から舞乃の怒号が頭を殴り、次いで書類を束ねたファイルで物理的に殴られる。
 幸い、殴った面はファイルの角ではなく平面なので、さほど痛みはない。
 「なに電気つけたまま寝とんのや!もう朝やで!」
 机に伏していた頭を上げる間にも舞乃の文句は降ってくる。寝ぼけ眼で机のデジタル時計を見ると、既に朝の八時を過ぎていた。
 机の向こう側に見えるカーテンの隙間からは初秋の朝日が差し込んでいる。深夜からついたままだった電気の光は、日光の明るさに負けてわずかに暗い。舞乃は電気を消し、部屋を横断してカーテンを勢い良く開けた。
 明るくなった対面式キッチンの付いた居間は適度に広い。キッチンから見えるよう、向かいの壁にワイドテレビが置かれ、テレビとキッチンの間に五人用のテーブルが設置されている。その上にノートパソコンを置いて仕事をしていた蒼鵞は、いつの間にか眠っていたらしい。
 通っている高校の夏服を身につけ、ルーズソックスを履いた舞乃はセミロングの髪を揺らして背筋を伸ばした後、振り向いて蒼鵞を睨みつけた。濃い紅色の髪の隙間から、幼さを残す顔立ちと左右で色の異なる目が蒼鵞を見据えている。眉間の皺から察して、相当怒っている様子が見て取れた。
 「…悪い」
 「悪いで済んだら警察はいらん!」
 隣家から苦情が来そうな程大きな音をたててドアを閉め、舞乃は二階へと階段を上っていった。
 居間を出て行った舞乃と入れ違う形でそっとドアが開き、おっかなびっくりの様子で浩一が顔を出す。
 「…また完徹でもしたのかよ?」
 「それならまだマシだろう」
 ファイルの当たりどころがやや悪かったのか、蒼鵞はなかなか痛みのひかない後頭部を押さえながら返事をした。
 「居眠りじゃあいつがキレても仕方ねーな」
 数日の間出張していた浩一は、やや疲れの残る顔で呆れた。明るいオレンジ色に髪を染め、アンテナのように目立つ頭頂部の毛先はうなだれている。両耳にいくつも開けた穴には普段リング型のピアスが二つずつついているが、仕事の手前、現在は何もついていない。地黒の肌も相まって、軽薄な若者のような外見をしている彼は、恐ろしくスーツが似合わなかった。
 「今日確か出勤だろ?徹夜して平気なのかよ」
 浩一は背負っていたスポーツバッグを下ろし、緩んでいたネクタイを外しながらキッチンへと向かう。
 「布団で寝てないだけだ。なんとでもなる」
 「いや布団で寝ろよ」
 即答で突っ込みを入れながら、冷蔵庫の扉に貼られている家事の当番表を確認する。今日の日付の下に書かれている自分の名前を見て、浩一はうげ、と声を漏らした。
 「お前がいない間、舞乃が退屈そうにしてたぞ」
 「そりゃ蒼鵞が遊んでやらねーからだろ?」
 「バドミントンの相手をしたら、一方的すぎて勝負にならないだと」
 「…念力使ったらそりゃ勝負にならねえって」
 「公園のど真ん中で使う奴がどこにいる」
 純粋に実力で負けたのだと理解した浩一は、蒼鵞の手加減のなさに呆れてため息をついた。
 負けん気が強くお転婆な舞乃の相手をするには、冷徹な蒼鵞は相性が悪いと改めて悟る。
 「ああそうだ、週末家空けるわ」
 外したネクタイをカウンターキッチン越しに投げ、無理やり話題を切り替える。
 「舞乃連れて井南ダムの方まで行ってくる。行動の様子見だから遅くなると思う」
 「…分かった」
 背を向け、眼帯を外している蒼鵞の声は硬い。
 その反応に、無意識に自分も硬い声音で話していた事に後から気付く。
 話題の選択を間違えたと後悔しながら、浩一は冷蔵庫の扉を開けた。

 立樹が死んでから半年以上が経つ。
 蒼鵞が帰ってきてから間もなく冬の入山規制がかかり、三人は様子を見に行く事も出来ないまま年を越えた。
 春になり、ようやく規制が解除されたかと思いきや、今度は季節外れの嵐で道路が寸断される等の不運が重なった結果、今に至る。
 「浩一」
 「何だよ」
 「週末、台風来るぞ」
 牛乳を手にした手を止め、テレビの画面を見た。
 天気図を背景に、天気予報士が台風の進路を説明している。大型の台風はくの字に曲がって、見事なまでに真上を通過する進路を取っていた。
 「……台風、過ぎてから考えるわ」
 「そうしろ」

 井南ダムは水神村からいくらか離れた谷をせき止めて作られている。
 上流に位置する水神村で惨劇が起きたという事実から、作業員以外に人が訪れる事はない。
 村から逸れた方角にのびている川の水面は夕日を映し、既に沈み始めている太陽は夏のそれより柔らかい事を肌で感じ取れた。
 「蒼鵞の話だとこの辺か」
 背中に英語のプリントが施されたシャツと藍色のジーンズを履き、スポーツ用のジャージを腰に巻いた浩一は、シャツの袖で首もとの汗を拭いながら目的地らしき方向を向く。
 空と同じ色の目は傷跡のある木を捉え、雑草だらけの足元をものともせずその方へ歩いて行った。
 一方で浩一の後を追うように歩く舞乃は、時折草や石に足を取られながら辺りを見回している。
 セーラー服の襟元を模した薄桃色のシャツの下に、淡い浅葱色のキュロットスカートを履いた姿は、あまり山登りに向いた服装には見えない。
 「うえっ…」
 傷よりも血痕の方がはるかに目立つ木を目の当たりにし、舞乃は思わず目を背けた。
 「おっまえ、そんなんで大丈夫かよ」
 「へ、平気や!」
 浩一の呆れた声に意地を張り、血痕の残る木に近寄ろうと歩き出した舞乃は草に足を取られて盛大に転倒した。
 その一部始終を意識と視界の隅に追いやり、浩一は木に残った傷跡を観察し始める。
 「…ん?」
 よくよく見ると、傷は彫刻のように木を一周している。
 それは浩一が蒼鵞から聞いたものとは異なる傷跡だった。
 探す木を間違えたのかともう一度辺りを見回したが、血痕のついた木は目の前の一本しかない。
 「(あいつ、自分が手を下す前に逃げられたって言ってたよな…?)」
 木に残った細い傷を作れる得物は、蒼鵞が持つ武器以外に思い当たるものはない。
 頭をもたげる疑問に首を傾げていると、背後で舞乃の驚く声が聞こえた。
 「あれ絶対あたしが前に拾った猫やん!なんでここにおるん!?」
 「はあ?」
 振り向くと、舞乃が指差す先、数歩の距離をあけた草むらの中で三毛柄の子猫が立っていた。驚いているのは猫も同じなのか、逃げ腰の体勢で二人を見ている。
 「あ、待って!」
 わずかな動きに反応して、子猫は全速力で森の中へ走り去っていく。余程子猫に愛着があったのか、舞乃は猫を追って森の奥へと走りだした。
 「おいこら!」
 先程の不安定な足取りが嘘のような早さで進む舞乃を追いかけ、浩一も森の奥へ走りだしていった。

 「こんの馬鹿!迷ったらどうする気だよ!」
 「いった!」
 子猫を見失い、立ち止まった舞乃にようやく追いついた浩一は脳天を軽くひっぱたいた。
 「ごめんってば。でも、あんだけ街中で探してもおらんかったんやで?一人でこんな遠いところ来られるわけがないやんか」
 「それ以前に本当にお前が拾ってきた猫だったのかよあれ。似たような柄の猫なんていくらでもいるだろ」
 「あの柄は間違いないもん!」
 「あー分かったよ!…ったくしょうがねえなあ。どっかいっちまったみたいだし、一旦戻るぞ」
 頭をかいて怒りを堪え、浩一は早々に頭を切り替えて辺りを見回した。
 日の沈んだ森に明かりはなく、徐々に辺りが暗くなっている事に二人はようやく気付く。
 「大分暗くなってきてるな。早く戻らねーと」
 立ち止まった場所から川が見え、流れに沿ってダムの方へ戻る事は出来そうだと判断した浩一は舞乃の手を引いて川辺へと歩き始めた。
 見失った子猫を諦めきれないのか、舞乃は躓きそうになりながらもう一度辺りに首をまわす。
 草の間を割って流れる川は幅広く、長い年月をかけて角のとれた岩がむき出しになっている。透き通った水は川の中央に近づく程濁り、底は見えない。
 人が泳ぐのも困難そうな流れの早さに息を呑みながら、舞乃は自分の歩く岸に視線を戻した。
 その様子を窺う視線にも気付かず。

 刹那、舞乃の手が浩一から離れて落ちる。
 次いで華奢な体が砂利まじりの草むらに沈み、躓いて転倒するそれよりも大きな音が、浩一の耳と神経をざわつかせた。
 「!?」
 背後の異変に気付き振り返ると、うつ伏せに倒れた舞乃の脇腹に一本の投擲ナイフが刺さっている。
 「(まさか、近くにいるのか!?)」
 ナイフに触れないよう舞乃に近づき、軽く頬を叩いた。即死は免れているが、気を失っているのか、反応はない。
 浩一は苦い顔をしてナイフを睨んだ後、右脇腹に刺さっている角度から、飛んできた方向が森の方であると推測して首をまわした。
 夜闇を纏い始めた森に風はなく、水流とコオロギの鳴き声が耳を撫でる。視覚的な違和感は無論、自然の中に混ざる不自然な音を聞き逃すまいと、聴覚にも意識を集中させていく。
 「―当たるかよ!」
 視界の隅でわずかに揺れた草むらに向かって、弾かれたように走りだす。
 突然動き出した浩一に驚いたように、草むらの中から一瞬遅れてナイフが飛び出した。
 舞乃に刺さったものと同じ投擲ナイフは狙いから大きく逸れ、浩一の脇をすり抜けていく。
 それを気にも留めず草むらへ真っ直ぐ飛び込んだ浩一は、トレーニングで鍛えられた体を丸め、草むらの中に隠れていたそれに体当たりした。
 「ぐっ…」
 渾身の一撃を受けたそれは呻き声を上げて地面に転がった。
 浩一は体勢を整え、間髪入れず転がったナイフを蹴って遠くに追いやる。
 「女子供や腑抜けの立樹みたいに、簡単に殺せると思うなよ」
 起き上がろうとするそれの胸ぐらを掴み、舞乃と自分を襲った正体を確かめた。

 泥で汚れ、砂利で擦り傷のできた顔は、浩一の記憶にあるそれと一致する。
 「暴力的なところは変わってないな」
 暮れた夕闇と同じ色をその目に湛え、龍輝は浩一を睨み返した。
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