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4 - Recollection (1)
どこにいても思い出してしまう
かつて存在した僕の故郷
表面だけの、僕が最も嫌いだった世界

―「Parallel World」

 「ありがとうございました」
 店員から釣銭を受け取り、書店を後にする。
 人間の相手は勿論、村より文化が進んだ環境に上手く馴染めない龍輝は、基本的に街が苦手である。それでも年に数回、生活に必要な物を買いに、街まで足を運ばなければならない。
 高くなった空を見上げて目を細めると、太陽の傾きから、日没が早くなったのが分かる。森で見るのとは違う空を瞼の裏に残し、龍輝はアスファルトの道を歩き出した。
 商店街を抜け、公園の脇に置かれた箱に立ち寄った。透明な窓の向こうに並ぶ見本の中から、適当に目に付いたお茶を選んでボタンを押す。これが自動販売機という物で、飲み物を買う手順を覚えるのさえ苦労した。
 買い込んだ荷物を下ろし、空いた手で缶のプルタブを開けて一息つく。公園の方に目をやると、広場でボール遊びをする子供達が目に入った。
 足で地面に線を引き、線の内側にいる少年が投げたボールが、向こう側にいる別の少年に当たる。当てた少年はポーズをとって喜び、当てられた少年は悔しそうに線の外側へ出て行ったが、二人の顔は笑っていた。

 幼少期に経験するそれらの意味を、龍輝は知らない。


 村には一つの神社があった。
 竜飼の姓を持つ家系が代々神主を務め、村に絶対の権力を持つのもまた、竜飼の家系だった。
 「…今日で何日目になる?」
 「四日目だ。よく水だけで生きているもんだ」
 「鬼子はあれくらいの事では死なんということか」
 「死なれては困る」
 「恐らく……が何か与えているんだろう。誓約を違えたか」
 大人達がひそひそと話し合っている部屋を横目に、幼い蒼鵞は家の扉を開けた。

 神社は村からいくらか離れた場所にある。
 村に続く一本道の途中、中間地点の目印になる倉庫へと立ち寄った。そこは、倉庫とは名ばかりの檻と言っても過言ではない。
 蒼鵞が教わった事が正しければ、そこは古より罪人を閉じ込めておく牢獄として使われていた。
 「(この村に罪人なんて、いつだって一人しかいないじゃないか)」
 持ち出してきた鍵で錠前を開け、重い引き戸の取っ手を両手で引っ張る。
 扉が砂利を磨り潰す音と共に、かび臭い空気が鼻をつく。薄暗い室内に電気はなく、天井付近にある鉄格子から差す日光だけが光源となっている。入り口の引き戸から目に入る格子の向こう、一際影の強い部屋の隅でそれは横たわっていた。
 「起きてるか」
 地べたに転がり、背を向けているそれは幼い龍輝だった。
 蒼鵞と同い年程にも関わらず、土で汚れた服と痩せた素足がひどくみすぼらしい。
 かけられた声に対し、龍輝は億劫そうに上体を起こすと、暗闇によく似た淀んだ目で蒼鵞を見た。
 空腹で喋る気力もないのか、誰かが自分を訪ねる理由はいつも決まっているからか。格子の向こうに座る龍輝は口を開かない。
 初めから返答を期待していない蒼鵞は、外を見回してから引き戸を閉めた。
 「(確かこの辺りに置かれたはず…)」
 龍輝の様子を気に留めず、隅に置かれた踏み台を引き摺って天井付近の鉄格子まで持っていく。
 倉庫の窓にあたる鉄格子の位置はそれほど高くなく、子供の中でも比較的背の高い蒼鵞が踏み台に乗り、爪先立ちをしてようやく手が届く。蒼鵞は窓の縁を手で探り、目的の物を掴んだ感触を確認すると踏み台から下りた。
 「ほら、あったよ」
 「!」
 透明なビニール袋に入っているそれはクッキーだった。
 蒼鵞はそのまま格子の向こうにいる龍輝の懐へ投げ、返事はいらないとばかりに視線を外して、踏み台を元の位置へ引きずっていく。
 「どうして…」
 投げられた袋と投げた本人を交互に見やり、掠れた声で龍輝が問いかけた。
 踏み台を元の位置に戻し、引きずった跡を足でもみ消しながら蒼鵞は口を開く。
 「お前の母さんが置いていくのを見た」
 「母さんが?」
 「なんでって聞かれても俺は知らないかんな」
 均し終えた地面を確認し、やる事を終えた蒼鵞はさっさと入り口へと戻っていく。
 引き戸に手をかけたところで何かを思い出したのか、あ、と声を漏らして龍輝の方へと振り返った。
 「それは捨てたって言っとくから。食べるんなら袋は見つからないようにしろよ」
 見つかったら俺が叱られるから。
 引き戸を開け、じゃ、と言い残して蒼鵞は倉庫を出て行った。閉ざされた戸は鍵がかけられ、倉庫の中は再び薄暗い闇に包まれる。
 一人残された龍輝は閉められた引き戸に釘付けになったまま、手にしたクッキーの袋を握り締めていた。

 三日後、龍輝は倉庫から解放された。
 「…ただいま」
 晩秋の気温に震えながら家のドアを開け、小さな声で帰宅を告げる。
 玄関には母の靴が隅に置かれているが、家の奥から母が迎えに来ることはない。龍輝にとって、たった一人の家族であろうと自分を疎んでいるのは当たり前の事だった。
 足の裏の土を手で落としてから家に上がり、つま先歩きで風呂場へ向かう。脱衣所に入り、埃と土まみれの服を脱いで脱衣かごの方を見ると、隣に着替えが置かれていた。それは母の気遣いではなく、汚れた服で家の中を歩き回られては困るという意味であると龍輝は解釈している。そしてそれは、実際に母自身の口からも聞いていた。
 綺麗にたたまれた服を一瞥してから、脱衣かごに汚れた服を入れ、風呂場の扉を閉めた。

 母、律子は椅子にもたれかかり手紙を読んでいた。
 机に置かれた書面には乱雑な文字が並んでいる。その字を一つ一つ拾い上げるように読んでは溜息をつき、窓の外へ目を逸らす。
 外では子供達が走り回り、寒さをものともせず元気に遊んでいる。律子はその光景を、羨むような哀しむような眼差しで見つめながら、手紙を持つ手を小さく握り締めた。
 「母さん」
 背中から声をかけられて振り向くと、小奇麗になった龍輝が部屋の前に立っていた。
 用意しておいた服に着替え、物言いたげに口元が動いている姿に、律子は抑えていた感情が瞬間的に膨れ上がるのを知覚する。
 「あの」
 「来ないでっ!!」
 叫ぶ母の声は悲鳴にも似たヒステリックなものだった。
 普段物静かな母の叫び声に、龍輝は驚いて身を強張らせる。幼い我が子を、律子は今にも泣き出しそうな顔でしばし見つめて息を整えた。
 何か言わなければ。驚かせてごめんなさい、おかえり、と。
 「…あんたなんか産むんじゃなかった」
 吐いて出た言葉は内心とは全く違うものだった。律子は口に出した言葉が全く違うという事に、龍輝が俯くまで気がつかなかった。
 言葉の撤回もなく固まっている母の姿を拒絶と捉えた龍輝は、静かにその場を去っていった。
 「あ…」
 息子を引き戻すだけの声も言葉も出ず、去っていく足音がたてる床の軋みを聞きながら、律子はひたすら後悔に苛まれる。
 今しがた自分が犯した過ちだけではない。
 一週間ぶりに会った我が子の姿はひどく痩せていた。
 倉庫に閉じ込められている間に与えたクッキーは食べる事ができたのか。そして自分の行為は、飢えをしのぐ以上に龍輝を苦しめさせたのではないか。
 村で最低限の立場と権利を保証される代わりに、鬼子へ愛情を持って接してはいけない。龍輝が生まれる前に誓わされた誓約とその重圧で、律子は押しつぶされそうになっていた。

 その葛藤を、龍輝は知らない。


 「…そいつはその神主って奴が悪いな。お前は悪くない」
 励ますように労いの言葉をかけると、柄の悪い男は龍輝の頭をわしわしと撫で回した。
 「でも、これじゃ僕何もできない」
 「大丈夫だ、そんな時の為に予備を持ってきたからよ」
 男は岩に隠しておいた長物を龍輝に持たせた。
 子供の力では両手で振り回すのがやっとの程重みのあるそれは布に包まれている。結び目を解いて中身を取り出すと、刃渡りの長い狩猟用ナイフがケースに収められていた。
 「いいか坊主。俺が先に行って村のやつらをとっちめてやるから、その間にそいつで仕返ししてやりたい奴をけちょんけちょんにしてやれ。お前の体力じゃ大人にゃ勝てねえから、子供だけだぞ」
 龍輝は男の言葉を咀嚼して頷く。
 「それからお前の母ちゃんはうんと叱って説教してやらねえとな。どんな格好してんだ?」
 「うんと…」
 緩く癖のかかった長い髪、長い睫毛、おっとりした印象を抱かせる顔立ち。自分の知る限りの言葉でどうにか説明すると、男は一瞬、眉間に皺を寄せてから頷いた。
 「よし、そんじゃ行くぜ。坊主は近くの草っ原に隠れてな」
 一拍の間を置いて立ち上がると、男は手にしていた日本刀を握りなおして村の方へと歩いて行った。
 その一拍の間に見せた表情はどこか険しさが残る。
 「(…律子の奴)」

 その憤怒と決意を、龍輝は知らない。
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