忍者ブログ

Gensou-roku Archive log : Copyright(C) 2010-2014 Yio Kamiya., All rights reserved.

[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

3 - Intention
昔からそうだった
とにかく人が嫌いで
合う度に影に隠れてた
僕にとって十年前の惨劇が―

―「Parallel World」

 夏の森の中は、街中よりいくらか涼しい。
青々と茂る草木の葉は強い日差しをいくらか和らげ、自身が作る影はそこを訪れる者に涼しさを与えてくれる。多くの水を蓄える樹皮もまた、触れれば適度な冷たさをもたらす。
耳栓をしても難なく突き抜けてくる蝉の大合唱さえ目を瞑れば、龍輝にとって森は一年通して快適な庭であった。

 手ごろな木の間にキャンプ用のハンモックを張り、耳栓をしてから読みかけの本を開く。
併せて辞書を脇に置き、挟んであった栞を取り出して続きを読み始めた。手書きのルビがふられた文庫本は龍輝にとって、読書と学習を兼ねた日課にあたる。
木陰の合間から差す日差しは常に揺れ、緩やかに吹く風を影が冷やして暑さを和らげる。耳栓も意に介さず大音量で聞こえてくる蝉の声は、あらゆる音を遮断するが集中力を削いでいく。
徐々に削られていく集中力と相談しながら、意味を知らない単語を辞書で引いてはルビをふる作業が続いた。
「…?」
注意力が散漫になってきた頃、不意に視界の隅で蠢く茶色い毛玉が目に付いた。
本から目を離してその毛玉を凝視すると、一匹の子猫が母親を求めて右往左往していた。目は開いているが足取りはたどたどしい。龍輝は上体を起こし辺りを見回してみたが、母猫らしき姿は見当たらない。毛に汚れが少ない事から、野良猫ではなく、つい最近この近くで捨てられた猫である事は容易に想像がついた。
ハンモックから降りて近づくと、子猫は尻込みして龍輝を見上げた。怪我をしている様子はなく、警戒心は薄い。そのまま近づいて一歩分の距離を詰めてしばらく猫を見下ろしてみたが、毛を逆立てて威嚇する事もなくその場に腰を落ち着けている。余程肝が据わっているのか、あるいは人間に慣れすぎて警戒心が足りないのか。
全く逃げる様子のない子猫の首根っこをつまんで顔まで持ち上げると、猫は小さく鳴いて焦点の定まらない眼を龍輝に向けた。
「(小説以外にも、何か指南書が必要そうだな)」
龍輝の考える事など知らぬ顔で、ハチワレの三毛猫は宙に浮いた手足をじたばたと動かしていた。

 「鬼子にも動物を殺さないだけの頭があるとは」
抑揚の少ない声は蝉の大合唱よりもはっきりと耳に届いた。
驚いた拍子に猫を持ち上げていた腕が顔に近づき、じたばたと動かしていた猫の両前足が龍輝の顔を掴んだ。足がかりを得た子猫はそのまま吸い付くように龍輝の顔にしがみつこうとして傷をつけていく。下手に力を込めれば潰れてしまう子猫を相手に、龍輝は無数の引っかき傷を代償に猫を顔から引き剥がした。
そのまま猫をハンモックへ放り投げると、できた傷に顔をしかめながら声のした方を見やった。
十数歩離れた先に、龍輝よりいくらか背が高い男が草むらの中に立っている。
真っ先に目を引き付けたのはその髪の色だった。焦げ茶色に染まっている髪は毛根に近づくにつれ白く色が抜けている。生まれつき白髪なのか、あるいは白髪になってしまう程の出来事が彼にあったのか。どちらであるかは問うまでもない。
黒い半袖パーカーの下にグレーのタンクトップを着込み、更に濃紺色のジーンズという配色からか、髪の白さが際立つ。半袖の下から見える腕は健康的な色だが細く、全体の体格を観察しても細身である様子が窺える。
右目の下に残る十字の傷跡と、つり上がった二重瞼の目は、抑揚の少ない声質と併せて一見クールな印象を持たせる。しかしその眼差しはどこか弱い。
「…二人目か」
龍輝は引っかかれた傷をなで、その指の隙間から男が所持している得物を探る。
手荷物はなく一見手ぶらに見えるが、左脇下に違和感のある皺が寄っているのを龍輝は見逃さなかった。
何も言わず歩み寄ってくる男は静かに、かつ素早く、懐から違和感の正体を取り出して構える。
迷いなく差し向けられたそれの全体像を見るまでもなく、龍輝は右側の草むらに飛び込んだ。
直後、乾いた銃声が短く響き、蝉の声が止み空を飛び回る。
男は鋭い目を細めて舌打ちし、右手に握られたオートリボルバーのトリガーに指をかけたところで動きを止めて龍輝を探した。
背の高い雑草は地面を覆い隠して視界を妨げる。装弾数の少ないオートリボルバーでは無闇矢鱈に撃つ事もできず、ただじっと草むらの緑を凝視して標的を探す。声を潜めていた蝉達が再び鳴き始め、滲む汗が男のこめかみを伝い落ちていった。
「!」
長い間を置かず左隅の草が揺れ、反射的に銃口を向けると同時に何かが飛びかかってきた。それは草むらの間を裁つように一直線に飛び、男の左腿を掠めてそのまま木に突き刺さる。驚いた拍子にトリガーを引いてしまい、反動と足の痛みでよろけて木にぶつかった。
もう一度響いた銃声で辺りの蝉はどこかへ飛び去り、周囲は静まり返る。
「その様子だと大した事はないな」
何かが飛んできた方向の草むらから、投擲用ナイフを手にした龍輝が起き上がった。
「中途半端に銃の使い方をかじったくらいで、僕を殺せると本気で思っていたのか?」
男がぶつかった木の根元には、龍輝が持つものと同じ投擲用ナイフが刺さっている。
「いや…それ以前に、僕を殺そうという意思がない」
失望とも取れる龍輝の双眸に、男は握っていたリボルバーを落とした。重く鈍いそれは地面を軽く抉り、草むらの中に姿を隠す。
落ちたそれには目もくれず、ナイフを構えて龍輝は男に一歩近づいて言葉を続けた。
「答えろ。お前に殺す意志も力もないなら何故ここに来た」
向けられた刃先と龍輝の顔を交互に見やる男の目線は、時折違う方向を気にかけている。一見ハンモックの中にいる猫の様子が気になっているようにも見えるが、猫よりも遠い場所を見ている角度であるのは龍輝にも分かった。
何より、追い詰められて焦っている理由が突きつけられているナイフへの恐怖心とは別のものである様子が手に取れる。
「俺は―」

 それは一種の時限爆弾を思わせた。
遅効性の毒が息の根を止めにかかったかのように、口を開いた男の声が強制的に遮断される。
反射的に伸びた男の手は自分の喉に届くことなく、一瞬のうちにその喉が綺麗な切り口を残して裂けた。
水の上を滑って落ちるような滑らかさで頭は身体から転げ落ち、くずおれた身体から噴き出る血で辺りは徐々に赤い空間へと変わっていった。
「なっ…!?」
自ら手を下す前に目の前の男の首が刎ねられ、動揺した龍輝は辺りを見回す。
不気味なほど静まり返った森の中、ハンモックの中で蠢く猫の鳴き声だけが耳に届く。草むらを侵食する血溜まりから離れたその地面に、同じ血が数滴落ちているのを見つけた。
血痕はハンモックをかけた木と龍輝の間をくぐり、左斜め後ろへと続いている。
「(僕の後ろに誰かがいる…?)」
血痕が指し示す方向へ顔を上げると、疑問の答えはそこに立っていた。

 「十年ぶりだな、龍輝」
首を刎ねられた男とほぼ同じ背の高さがあり、細身に見えるが鍛えられた筋肉が上着を着ていても見てとれる。
意思の読み取れない濃い氷灰色の目とは対照的に、右目の眼帯で隠しきれない傷跡は古く痛々しさを滲ませていた。
低く重圧のある声も、その外見も龍輝に見覚えはない。
しかし男の名前を龍輝は知っている。
「…蒼鵞」
龍輝は目の前の存在を否定するようにナイフを投げた。
「お前は僕が殺したはずだ!」
一直線に飛ぶナイフは男に届くことはなく、弾かれる音と共に空中からその姿を消す。
ナイフが消えた付近の草葉が揺れ、何かに叩き落されたと知るのに時間を要した。
「殺したと思い込んでいただけだろう。事実、俺はこうして生きている」
反論の余地もない返答に龍輝はただ睨みつける事しかできなかった。
「…何故殺した」
進展の望めない疑問から目を逸らし、思考を一巡して直前に起きた事について問い詰める。
蒼鵞は瞬きを挟んで視線を落とした後、もう一度目線を戻してそれに答えた。
「立樹はお前を殺す意思がなかった。復讐にそんな腑抜けはいらない」
「だったら最初からこいつ抜きで復讐すればいいだろう」
「生き残りである以上これは義務だ。鬼子のお前には分かるまい」
「僕を勝手に鬼子にでっち上げたのはお前達だろう!?」
龍輝は固く握った拳で木を殴り、今すぐにでも飛びかかりたい衝動を押さえつけた。凹凸の激しい銀杏の樹皮は殴りつけた手の皮膚を裂いて傷をつける。
その憤怒も意に介さず、蒼鵞は呆れたような溜息をついて言葉を返した。
「…そのでっち上げを現実にしているのはお前自身の意思」
煽り返された怒りで狩猟ナイフを抜くのと、龍輝の首に細い糸のようなものが巻きついたのはほぼ同時だった。
ナイフを持つ手を振るったところで、ようやく首に巻きついたそれが立樹の首を刎ねたものの正体だと気付く。
勢いのついた腕は投擲を止められず、投げられたナイフは狙いの定まらない乱暴な弧を描いて草むらに落ちた。
我に返った龍輝の正面には、何かを操るように左腕を前に伸ばした蒼鵞が静かに立っている。
伸ばされた左手と龍輝の首の間で、糸状のものがきらめく。
蒼鵞がワイヤーを繰っている。そう理解する時間は、投擲ナイフを叩き落された時よりも短かった。
「この場で殺したりはしない。まだお前にはやってもらう事がある」
先にある物を選ぶように動く指先は、一定の規律をもってワイヤーに触れる。それにあわせて首に巻きついたワイヤーがほどけていく。ワイヤーの先端には形の整えられた水晶が取り付けられ、意思を持っているかのように動き蒼鵞の手元へと戻っていった。
一連の不可解な現象に酷似した光景を、龍輝は一度目の当たりにしている。
「蒼鵞、まさかその力は」
左手首に装着されたアクセサリは腕時計のように見えるが、その正体腕時計に見せかけた小さなワイヤーランスだった。
もっとも、鋭利に研ぎ澄まされた水晶に細いワイヤーを通しただけのそれは槍と呼ぶには粗雑でとても武器とは呼べない。
龍輝の問いに答える気のない蒼鵞は、足元に落ちた狩猟ナイフを拾って様々な角度からそれを眺めている。関心があるわけではないのか、ナイフを眺める目は気だるそうに視線を動かす。
手元に得物がない龍輝はその様子をただ見ている事しか出来なかった。
「…俺には俺の意図がある。次に会う事があれば教えてやる」
蒼鵞は眺めていたナイフを持ち直すと、十分な間を置いてそれを勢いよく投げた。
一直線に飛んできたそれを避けようと龍輝はしゃがんで草むらに身を隠す。狙って投げられたのか偶然か、ナイフは龍輝の隣に立つ木に突き刺さって止まった。
次の攻撃を警戒しながらゆっくり立ち上がり、辺りを見回す。
そこに蒼鵞の姿はどこにもなかった。


「お、おかえり。どうだった?」
「立樹もやられた」
「マジで!?」
「なになに、どしたん?」
「あ、おいやべえよ舞乃。立樹もやられたって」
「うそ!それじゃあ後あたしたちだけやん!」
「やっぱり立樹じゃ駄目だったんだよ。やる気ない奴はあいつに食われるだけだ」
「…」
「蒼鵞兄は監視に行ったんよね?あいつを殺さなかったん?」
「逃げられた。森の中は龍輝にとって、どこでも庭と変わらないみたいだな」
「結局地の利かい…」
「じゃあさじゃあさ、次は街までおびき寄せて」
「舞乃うるさい寝ろ」
「う…。はあい」
「浩一」
「あいよ」
「逃げられたが大体手口や動きの特徴は把握できた。後で詰めよう」

「…あれ?昨日拾った猫どこ行っちゃったんやろ」
PR
Copyright ©  -- 月夜謳 --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / Powered by [PR]

 / 忍者ブログ