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2 - Telekinesis
十年前に生き残った五人?
そうよ。私はその一人だもの。
当時私は十五歳、あなたは十一歳。
―「Parallel World」
そうよ。私はその一人だもの。
当時私は十五歳、あなたは十一歳。
―「Parallel World」
伐採用具や狩猟道具を収納していた山小屋も、今では立派な廃屋の仲間入りをしていた。
斜めについたトタン屋根は苔むして、外壁にもこびり付いている。四畳半の手狭な内部は土間のような構造になっている。道具はなく、麻紐と木屑ばかりが床に転がり、湿った土と埃を被っている。
龍輝は使えそうな木屑を束ねながら、数日前の出来事を思い返していた。
目の前に現れた女は、私達は生きていたと言った。
朧気な記憶から、彼女が誰かは予想出来る。しかし重要なのは、生き残りは何人もいるという事が本当かどうかだ。
誰が生きているかなど考えたくないが、知っておかなければならない。
「十年前」
疑問に答える声は現実からやってきた。
「あなたが直接手にかけた子供だけが生き延びた」
龍輝は黙ったまま、ゆっくりと小屋の入り口に首をまわす。
数日前に出会った女は、右手を腰に据えて立っていた。トタン屋根を通して柔らかくなった日の光が黒銀の髪に触れ、僅かに黄色の 色相を乗せる。
手に持っていた麻紐の束を床に放り投げ、女の方へ体を向き直した。麻紐は弧を描いて落ち、軽い音と共に床の埃を舞い上げる。
「お前以外にあと何人いるんだ、萌葱」
「あら、私の名前覚えてたのね」
萌葱と呼ばれた女は意外そうな表情を浮かべ、意図の読めない笑みを口元に残した。
「だけど、あなたは何人生き残っているかを知る必要なんてないわ」
吐き捨てられた言葉に微かな殺意が灯る。
それを合図に、天井がメキメキと音を立てて割れた。何かが屋根に落ちたわけでもなく、不自然な程ゆっくり落ちて来る破片は萌葱を守るように周囲を取り囲む。
どんな仕掛けか分からないが、萌葱が引き起こしている現象なのは間違いない。
「他の皆の手を煩わせなくても、私が復讐を果たしてやるわ」
龍輝は黙って腰に下げていた狩猟ナイフを手に取り構えた。
「復讐、か。僕にそれを受けるだけの権利があったとはね」
目を細め、口の端を僅かに上げて薄く笑う。その笑みに、ただ腹を空かせた獣が獲物を見つけた時のような単純さではなく、獲物をいたぶりながら殺す悪鬼のような知性を萌葱は見た。
「……そうね、それくらいの権利は認めてあげるわ」
否。あなたが私達の復讐を受けるのは権利ではなく、義務だ。
憎しみを込めて目の前の男を睨み付けると、自然と手に力が入っていく。空間に貼り付けられた破片は萌葱の意思に従い、鋭利な先端を龍輝の方へ傾ける。
狙いを定めた無数の破片は、主の瞬きを合図に、龍輝目がけて飛んでいった。
破片が飛んでくるのとほぼ同時に、龍輝は地面を滑るように走り出す。
銃弾とは程遠い遅さで、しかし常人が避けるには厳しい速さで飛ぶ破片は、頭上を掠め、壁や床に突き刺さる。眼前に迫る破片をナイフで弾き、詰めた距離と勢いで萌葱に刃を振るった。
避けられるのは織り込み済みだったのか、萌葱は一歩後退りして刃の軌道から逃れた。しかし振るわれた刃は逃がすまいととんぼ返りし、地面から突き上げるように空を切った。
「ぐっ……」
顔面の負傷を避けようと上を向いたのと同時に、萌葱の顔のすぐ横をを何かが通り過ぎる。
気が付けば萌葱は壁に押し付けられ、喉元に小さいナイフを突きつけられていた。
「…生き残りの数とは別に聞きたい事がある」
土と埃と獣の臭いが鼻をつく。
目の前には狩猟ナイフを突き立てた龍輝が立っていた。
水底に沈殿していた憎悪が舞い上がったかのように澱んだ双眸は、冷たく萌葱を見下ろしている。
「そんな不可思議な力を持っているなら、何故今になって現れた?それで僕を殺すのならもっと昔でもよかったはずだ」
落ち葉に隠れて姿を消した事と言い、萌葱が引き起こしたのは物理的にあり得ない事象ばかりだ。
これらを汎用的な言葉で表すならば、『超能力』というのが恐らく妥当だろう。
小説の中にしかないものだと思っていたそれが実在して、更に敵が使ってきたのだから驚きだ。
「…別に、生まれた時からこの力を持ってたわけじゃないわ」
自分を睨む双眸に抵抗するように、萌葱は顔をしかめた。
今までのように頭ごなしに拒否しなかったという事は、質問に答えてくれるようだ。
「何年か前、私はある実験に参加した。この力を手に入れたのはその結果よ」
力を自在に操れるようになるまで時間を要したとだけ言い、それ以上質問に答えるつもりはないという様子で黙り込んでしまった。
答えてくれたと言えど、仔細に教えてくれるとは端から期待していなかったし、そこまで関心もない。
「実験とやらに参加したのも、僕を殺す為か」
「そうよ」
「くだらない」
返答を一蹴すると、興味が失せた様子で突きつけていたナイフを喉元から離し、狩猟ナイフも壁から引き抜いて持ち直した。
束縛から解放された萌葱は血が滲む腹を押さえ、気に食わないとばかりに龍輝を睨みつける。
「情けでもかけたつもり?」
「そんなものかけても何の得もないだろう」
見下すように溜息をつき、穴のあいた天井を見上げた。直接差し込む秋の柔らかな日差しは木々の葉で色を付け、小屋の中を自然に明るくする。その光さえ受け入れない瞳は小屋の中をぐるりと見渡してから、軽く素振りした後の狩猟ナイフを視界に収めた。
萌葱は龍輝の一連の動きを警戒しながら観察し、ポーチから釘を取り出した。
「今私の喉を切らなかった事を後悔するといいわ」
掴めるだけ掴んだ長い釘は萌葱の手を離れ、龍輝を取り囲んで静止する。
一連の動きを気だるそうに見ていた龍輝は深い溜息をついた後、宣言した。
「僕はまだ死なない」
何故なら。
今度は何の合図もなく、取り囲んでいた釘が龍輝めがけて集束した。
釘を撒き散らした音がけたたましく響く。
落ちた釘の間を二人の足が交錯し、いくつかは靴に刺さっている。
「お前には殺意が足りない」
伸ばした龍輝の腕にも釘は刺さっていた。しかし痛みを厭わず突き出した狩猟ナイフは、迷いなく萌葱の腹を深く抉っていた。
「…私では、役不足だったと、いうわけね」
立つ力も気力も奪われた萌葱は膝をつき、前のめりに倒れこんだ。
龍輝には見抜かれていたのだ。力を得た経緯を話した時点で、同じ故郷の人間として見てしまっていた事を。
鬼子に見せたほんの少しの慈悲が、致命的な隙を与えた。
萌葱は顔を上げ、鬼子と呼ばれていた男を見ようとした。しかし顔を見上げるだけの力は入らず、視界には膝から下が収まる。
「そろそろ終わりにさせてもらおうか」
そのままでもじきに死ぬだろうが。
龍輝は狩猟ナイフを握りなおし、痛む腕をかばいながら両手で持ち上げた。
「放っておいて。あなたの、手にはかかりたくないわ」
持ち上げる腕を萌葱の掠れた声が制止した。
「断る。逃げる気だろう」
「無理よ。身一つ移動するのにどれだけ消耗するか、あなたには分からないでしょうに」
超能力が齎す負荷は、力を持つ萌葱にしか分からない。
しかしそれが重労働を遥かに凌ぐものだというのは、くずおれている萌葱の様子で分かった。
龍輝は溜息をついて腕を下ろすと、ナイフを床に置いて腰を下ろした。
相手の意思を尊重するだけの心があったのか、と萌葱はほんの少し見直す。
「……一つだけ、聞いていいかしら」
龍輝がスニーカーに刺さった釘に触れたところで、萌葱が尋ねた。
「村を襲ったあの男は、誰なの?」
釘をつまむ指が止まり、垂れた目を細めて思考を巡らせる。
「…知らないな」
幼い日、自分に声をかけてきた男の顔を思い出す。
彼の目的は一体何だったのか、今となっては知る術もない。
没頭しかけた頭を振り切るように、指に力を込めて釘を抜いた。
小屋の外に出てからどれ程の時間が過ぎたのか。
日が傾いて周りの景色も色濃くなった頃、龍輝は小屋の中を覗き込んだ。
一人にして欲しいと言って龍輝を外に追い出した瀕死の萌葱は、眠るように事切れていた。
龍輝は深く息を吐いてから、萌葱の腕を肩にまわして担ぎ上げた。元々華奢なのか、不思議とその身体は軽い。
萌葱のつけていた香水のものか、背中からほのかに甘い香りが漂い鼻を刺激する。
嗅ぎ慣れない匂いに息を止めては吐き、また息を吸っては止めてを繰り返しながら、村の方へと向かった。
斜めについたトタン屋根は苔むして、外壁にもこびり付いている。四畳半の手狭な内部は土間のような構造になっている。道具はなく、麻紐と木屑ばかりが床に転がり、湿った土と埃を被っている。
龍輝は使えそうな木屑を束ねながら、数日前の出来事を思い返していた。
目の前に現れた女は、私達は生きていたと言った。
朧気な記憶から、彼女が誰かは予想出来る。しかし重要なのは、生き残りは何人もいるという事が本当かどうかだ。
誰が生きているかなど考えたくないが、知っておかなければならない。
「十年前」
疑問に答える声は現実からやってきた。
「あなたが直接手にかけた子供だけが生き延びた」
龍輝は黙ったまま、ゆっくりと小屋の入り口に首をまわす。
数日前に出会った女は、右手を腰に据えて立っていた。トタン屋根を通して柔らかくなった日の光が黒銀の髪に触れ、僅かに黄色の 色相を乗せる。
手に持っていた麻紐の束を床に放り投げ、女の方へ体を向き直した。麻紐は弧を描いて落ち、軽い音と共に床の埃を舞い上げる。
「お前以外にあと何人いるんだ、萌葱」
「あら、私の名前覚えてたのね」
萌葱と呼ばれた女は意外そうな表情を浮かべ、意図の読めない笑みを口元に残した。
「だけど、あなたは何人生き残っているかを知る必要なんてないわ」
吐き捨てられた言葉に微かな殺意が灯る。
それを合図に、天井がメキメキと音を立てて割れた。何かが屋根に落ちたわけでもなく、不自然な程ゆっくり落ちて来る破片は萌葱を守るように周囲を取り囲む。
どんな仕掛けか分からないが、萌葱が引き起こしている現象なのは間違いない。
「他の皆の手を煩わせなくても、私が復讐を果たしてやるわ」
龍輝は黙って腰に下げていた狩猟ナイフを手に取り構えた。
「復讐、か。僕にそれを受けるだけの権利があったとはね」
目を細め、口の端を僅かに上げて薄く笑う。その笑みに、ただ腹を空かせた獣が獲物を見つけた時のような単純さではなく、獲物をいたぶりながら殺す悪鬼のような知性を萌葱は見た。
「……そうね、それくらいの権利は認めてあげるわ」
否。あなたが私達の復讐を受けるのは権利ではなく、義務だ。
憎しみを込めて目の前の男を睨み付けると、自然と手に力が入っていく。空間に貼り付けられた破片は萌葱の意思に従い、鋭利な先端を龍輝の方へ傾ける。
狙いを定めた無数の破片は、主の瞬きを合図に、龍輝目がけて飛んでいった。
破片が飛んでくるのとほぼ同時に、龍輝は地面を滑るように走り出す。
銃弾とは程遠い遅さで、しかし常人が避けるには厳しい速さで飛ぶ破片は、頭上を掠め、壁や床に突き刺さる。眼前に迫る破片をナイフで弾き、詰めた距離と勢いで萌葱に刃を振るった。
避けられるのは織り込み済みだったのか、萌葱は一歩後退りして刃の軌道から逃れた。しかし振るわれた刃は逃がすまいととんぼ返りし、地面から突き上げるように空を切った。
「ぐっ……」
顔面の負傷を避けようと上を向いたのと同時に、萌葱の顔のすぐ横をを何かが通り過ぎる。
気が付けば萌葱は壁に押し付けられ、喉元に小さいナイフを突きつけられていた。
「…生き残りの数とは別に聞きたい事がある」
土と埃と獣の臭いが鼻をつく。
目の前には狩猟ナイフを突き立てた龍輝が立っていた。
水底に沈殿していた憎悪が舞い上がったかのように澱んだ双眸は、冷たく萌葱を見下ろしている。
「そんな不可思議な力を持っているなら、何故今になって現れた?それで僕を殺すのならもっと昔でもよかったはずだ」
落ち葉に隠れて姿を消した事と言い、萌葱が引き起こしたのは物理的にあり得ない事象ばかりだ。
これらを汎用的な言葉で表すならば、『超能力』というのが恐らく妥当だろう。
小説の中にしかないものだと思っていたそれが実在して、更に敵が使ってきたのだから驚きだ。
「…別に、生まれた時からこの力を持ってたわけじゃないわ」
自分を睨む双眸に抵抗するように、萌葱は顔をしかめた。
今までのように頭ごなしに拒否しなかったという事は、質問に答えてくれるようだ。
「何年か前、私はある実験に参加した。この力を手に入れたのはその結果よ」
力を自在に操れるようになるまで時間を要したとだけ言い、それ以上質問に答えるつもりはないという様子で黙り込んでしまった。
答えてくれたと言えど、仔細に教えてくれるとは端から期待していなかったし、そこまで関心もない。
「実験とやらに参加したのも、僕を殺す為か」
「そうよ」
「くだらない」
返答を一蹴すると、興味が失せた様子で突きつけていたナイフを喉元から離し、狩猟ナイフも壁から引き抜いて持ち直した。
束縛から解放された萌葱は血が滲む腹を押さえ、気に食わないとばかりに龍輝を睨みつける。
「情けでもかけたつもり?」
「そんなものかけても何の得もないだろう」
見下すように溜息をつき、穴のあいた天井を見上げた。直接差し込む秋の柔らかな日差しは木々の葉で色を付け、小屋の中を自然に明るくする。その光さえ受け入れない瞳は小屋の中をぐるりと見渡してから、軽く素振りした後の狩猟ナイフを視界に収めた。
萌葱は龍輝の一連の動きを警戒しながら観察し、ポーチから釘を取り出した。
「今私の喉を切らなかった事を後悔するといいわ」
掴めるだけ掴んだ長い釘は萌葱の手を離れ、龍輝を取り囲んで静止する。
一連の動きを気だるそうに見ていた龍輝は深い溜息をついた後、宣言した。
「僕はまだ死なない」
何故なら。
今度は何の合図もなく、取り囲んでいた釘が龍輝めがけて集束した。
釘を撒き散らした音がけたたましく響く。
落ちた釘の間を二人の足が交錯し、いくつかは靴に刺さっている。
「お前には殺意が足りない」
伸ばした龍輝の腕にも釘は刺さっていた。しかし痛みを厭わず突き出した狩猟ナイフは、迷いなく萌葱の腹を深く抉っていた。
「…私では、役不足だったと、いうわけね」
立つ力も気力も奪われた萌葱は膝をつき、前のめりに倒れこんだ。
龍輝には見抜かれていたのだ。力を得た経緯を話した時点で、同じ故郷の人間として見てしまっていた事を。
鬼子に見せたほんの少しの慈悲が、致命的な隙を与えた。
萌葱は顔を上げ、鬼子と呼ばれていた男を見ようとした。しかし顔を見上げるだけの力は入らず、視界には膝から下が収まる。
「そろそろ終わりにさせてもらおうか」
そのままでもじきに死ぬだろうが。
龍輝は狩猟ナイフを握りなおし、痛む腕をかばいながら両手で持ち上げた。
「放っておいて。あなたの、手にはかかりたくないわ」
持ち上げる腕を萌葱の掠れた声が制止した。
「断る。逃げる気だろう」
「無理よ。身一つ移動するのにどれだけ消耗するか、あなたには分からないでしょうに」
超能力が齎す負荷は、力を持つ萌葱にしか分からない。
しかしそれが重労働を遥かに凌ぐものだというのは、くずおれている萌葱の様子で分かった。
龍輝は溜息をついて腕を下ろすと、ナイフを床に置いて腰を下ろした。
相手の意思を尊重するだけの心があったのか、と萌葱はほんの少し見直す。
「……一つだけ、聞いていいかしら」
龍輝がスニーカーに刺さった釘に触れたところで、萌葱が尋ねた。
「村を襲ったあの男は、誰なの?」
釘をつまむ指が止まり、垂れた目を細めて思考を巡らせる。
「…知らないな」
幼い日、自分に声をかけてきた男の顔を思い出す。
彼の目的は一体何だったのか、今となっては知る術もない。
没頭しかけた頭を振り切るように、指に力を込めて釘を抜いた。
小屋の外に出てからどれ程の時間が過ぎたのか。
日が傾いて周りの景色も色濃くなった頃、龍輝は小屋の中を覗き込んだ。
一人にして欲しいと言って龍輝を外に追い出した瀕死の萌葱は、眠るように事切れていた。
龍輝は深く息を吐いてから、萌葱の腕を肩にまわして担ぎ上げた。元々華奢なのか、不思議とその身体は軽い。
萌葱のつけていた香水のものか、背中からほのかに甘い香りが漂い鼻を刺激する。
嗅ぎ慣れない匂いに息を止めては吐き、また息を吸っては止めてを繰り返しながら、村の方へと向かった。
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