忍者ブログ

Gensou-roku Archive log : Copyright(C) 2010-2014 Yio Kamiya., All rights reserved.

[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

2 - Telekinesis
十年前に生き残った五人?
そうよ。私はその一人だもの。
当時私は十五歳、あなたは十一歳。

―「Parallel World」

 水神村の中心から少し離れた林の中、村の人々が伐採用具や狩猟道具を収納していた小屋も今では立派な廃屋の仲間入りをしていた。
雪を落としやすくするため斜めについたトタン屋根は苔むして、それを下ろしてきたかのように、苔は外壁にもこびり付いている。小屋には古い引き戸があり、四畳半の手狭な内部は木の板を渡して床が張られていた。猟銃や伐採斧などの道具はなく、薪を束ねる紐と木屑ばかりが床に転がり、しめった土と埃を被っている。
小屋の中にある物を取りに来た龍輝は、目的の紐を手にしたまま物思いに耽っていた。

 目の前に現れた女は、私達は生きていたと言った。
女が言ったあの日というのが十年前の事を指しているのなら、彼女は村の生き残りである可能性は高く、また、その言葉が正しければ生きているのは彼女だけではないという事になる。
しかし虚言という可能性も捨てきれない。
「十年前」
疑問に答える声は現実からやってきた。
「あなたが直接手にかけた子供だけが生き延びた」
龍輝は黙ったまま、背後から頭を小突いた言葉を反芻してゆっくりと入り口に首をまわす。
数日前に出会った女は、右手を腰に据えて立っていた。トタン屋根を通して柔らかくなった日の光が黒銀の髪に触れ、僅かに黄色の色相をのせる。
「前置きはいい」
手に持っていた麻紐の束を床に放り投げ、女の方へ体を向き直した。投げられた麻紐は弧を描いて落ち、軽い音と共に床の埃を舞い上げる。
「私達と言ったな。お前以外にあと何人いるんだ萌葱」
「あら、私の名前覚えてたのね」
萌葱と呼ばれた女は意外そうな表情を浮かべ、意図の汲めない笑みを口元に残した。
「だけどあなたは何人生き残っているかを知る必要なんてないわ」
言い捨てられた言葉に微かな殺意が灯る。
それが合言葉だったかのように、天井のトタン屋根がめきめきと音を立てて割れた。破片は小屋の中に落ちてきたが、屋根を割った原因にあたるものは影も形もない。
不自然さはそれだけに留まらなかった。屋根の破片は床に落ちることなく宙に留まり、萌葱を守るように周囲を取り囲む。その光景は数日前に龍輝が見た、落ち葉の目くらましをどこか彷彿とさせた。

 空間に貼り付けられたように動かぬ破片を龍輝に差し向け、萌葱は言葉を続ける。
「他の皆の手を煩わせなくても、私が復讐を果たしてやるわ」
龍輝は黙って腰に下げていた狩猟ナイフを手に取り構えた。
「復讐、か。僕にそれを受けるだけの権利があったとはね」
萌葱を見据える目を細め、口の端を僅かに上げて薄く笑う。その笑みに、ただ腹を空かせた獣が獲物を見つけた時のような単純さではなく、獲物をいたぶりながら殺す悪鬼のような小賢しさを萌葱は見た。
「…そうね、それくらいの権利は認めるわ」
憎悪を込めて目の前の男を睨み付けると、無意識に手に力が込められた。空間に貼り付けられた破片は萌葱の意思に従い、鋭利な先端を龍輝の方へ傾ける。
狙いを定めた無数の破片は、操る主の瞬きを合図に一点を目指して飛んでいった。
それに合わせて龍輝は体を沈め、地面を滑るように走り出す。
銃弾とは程遠い遅さで、しかし常人が避けるには厳しい速さで飛ぶ破片は龍輝の頭上を掠め、服の袖と肉を浅く裂いて壁に突き刺さる。眼前に迫る破片をナイフで弾き、詰めた距離とその勢いで萌葱に刃を振るう。あらかじめ予測していたのか、萌葱は一歩後退りをして横一文字に振るわれた刃から逃れた。龍輝は逃がすまいと振るった刃を返し、地面から突き上げるように空を切った刃先は萌葱の腹を浅く斬り上げた。
「―っ!」
縦に裂けた服に血が滲み、反射的に自分の腹部に目が行き傷口を押さえる。
下を向いた萌葱の顔のすぐ横をを何かが通り、背後の壁へと突き刺さったそれが龍輝の狩猟ナイフだと理解するのに長い時間はかからなかった。
背後の壁に追いやられ、不本意にも壁にもたれかかり背中を預ける。押さえた腹から視線を上げると、その目と鼻の先には、右手で突き立てたナイフの柄を握ったまま、左手で投擲用ナイフを萌葱の喉元に突きつける龍輝が立っていた。
「…聞きたい事がある」
光を拒む黒い双眸は、水底に沈殿していた土が舞い上がったかのように憎悪を孕んでいる。
「そんな不可思議な力を持っているなら、何故今になって現れた?僕を殺すのならもっと昔でもよかったはずだ」
数日前に目の前から忽然と姿を消した事も、今しがた起きたトタン屋根の破壊と操作も、物理的にあり得ない。
これらの超常現象を汎用的な言葉で表現するならば、超能力という三文字が恐らく適当だろう。そしてその不可思議な力を起こしているのは萌葱である事も、二度も目の当たりにすれば推測は容易である。
「…別に、生まれた時からこの力を持ってたわけじゃないわ」
自分を睨む双眸に抵抗するように、萌葱は顔をしかめた。
「何年か前、私はある実験に参加した。この力を手に入れたのはその結果よ」
力を自在に操れるようになるまで時間を要したと付け足した萌葱は、それ以上質問に答えるつもりはないという様子で顔を背けた。
背けた視線の先には投擲用ナイフを握る龍輝の左腕と、その腕を覆う服の袖が数センチ裂けて赤く滲んでいるのが見える。萌葱は刹那悲しむような憂うような、他者を悼む顔を滲ませた。
自分が見ているその傷が龍輝の腕であることを再認識したのか、我に返った萌葱は振り切るように目を閉じて小さく首を振った。
龍輝はその様子を視界の隅に留めながら、ナイフを握る腕の痛みを無視してもう一度尋ねた。
「…実験に参加したのも、僕を殺す為か」
「そうよ」
「くだらない」
返答を一蹴すると、興味が失せた様子で突きつけていたナイフを喉元から離し、狩猟ナイフも壁から引き抜いて持ち直した。
束縛から解放された萌葱は血が滲む腹を押さえたまま龍輝を睨み、警戒心を更に強めて睨みつける。
「情けでもかけたつもり?」
「そんなものかけても何の得もないだろう」
見下げるように溜息をつき、穴のあいたトタン屋根を見上げる。直接差し込む秋の柔らかな日差しは木々の葉で色を付け、小屋の中を自然に明るくする。その光さえ受け入れない黒い双眸は小屋の中をぐるりと見渡してから、軽く素振りした後の狩猟ナイフを視界に収めた。
萌葱は龍輝の一連の動きを警戒しながら観察し、腰のベルトに下げていたポーチから十数本の釘を取り出した。長さ六センチはある釘は萌葱の手を離れ、龍輝を取り囲むように宙を舞い停止する。
「今私の喉を切らなかった事を後悔するといいわ」
手中のナイフを見下ろしていた龍輝は億劫そうに萌葱の方を向くと、宣告するように口を開いた。
「僕はまだ死なない。何故なら」
何の前触れもなく、取り囲んでいた釘が龍輝めがけて集束を始めた。

 いくつもの細い金属が布を裂き、肉に食い込む音が小屋の中に短く鳴る。
床に地面に落ちる釘の音はそれよりも大きい。
落ちた釘の間を地面を二人の足が交錯し、足を伝う生温い血が服に染み込みながらゆっくりと地面へ下りていく。
「お前には殺意が足りない」
伸ばした龍輝の右腕には三本の釘が刺さっている。しかし痛みを厭わず握られた狩猟ナイフは、迷いなく萌葱の腹を深く抉っていた。
刺さったナイフを容赦なくまわされ、刺された以上の痛みは逆流となって萌葱の口から吐き出される。
捻った手を引いてナイフを引き抜くと、待ちわびていたように溢れる血が辺りの床を赤く侵食していった。その中に混じる黒い血は、萌葱の命の残り時間が少ない事を告げていた。
一瞬にして立つ力も気力も奪われた萌葱は膝をつき、前のめりに倒れこんだ。いくら手で腹を押さえようと、指の隙間を縫って流れていく血はもはや止められない。
「…私では、役不足だったと、いうわけね」
顔を上げ、目の前に立つ男を見た。顔を見上げるだけの力は入らず、視界には膝から下が収まる。随所が裂けたジーンズには待ち針のように釘が刺さり、薄汚れたスニーカーにも釘が刺さっているが、どちらも中の足まで到達していないようでゆらゆらと揺れている。
「そろそろ終わりにさせてもらおうか。そのままでもじきに死ぬだろうが」
龍輝は下ろしていた狩猟ナイフを握りなおし、痛む腕をかばいながら両手で持ち上げた。
「放っておいて。あなたの、手にはかかりたくないわ」
持ち上げる腕を萌葱の掠れた声が制止した。
龍輝は溜息をついて上げた腕をゆっくり下ろすと、ナイフを床に置いて腰を下ろした。
腕に刺さった釘を抜き、着ていたポンチョを脱いで布地を細く裂く。包帯状に裂いたそれを患部に巻きつけて止血し、右腕を軽く振るって巻きつき具合を確認した。
苦い顔をして応急処置を施している目の前の男に、自分の手で仕留めるより相手の意思を尊重するだけの心があったのか、と萌葱はほんの少し見直す。
「…一つだけ、聞いていいかしら」
龍輝がスニーカーに刺さった釘に触れたところで、萌葱が尋ねた。
「村を襲ったあの男は、誰なの?」
釘をつまむ指が止まり、垂れた目を細めて思考を巡らせる。
「…知らないな」
幼い日、自分声をかけてきた男の顔を思い出す。
男の目的は一体何だったのか、今となっては知る術もない。
没頭しかけた頭を振り切るように、指に力を込めて釘を抜いた。

 小屋の外に出てからどれ程の時間が過ぎたのか。
日が傾いて周りの景色も色濃くなった頃、龍輝は萌葱の最期を確認しに小屋の入り口を覗き込んだ。
一人にして欲しいと言って龍輝を外に追い出した瀕死の萌葱は、うずくまった姿勢のまま眠るように事切れていた。割れたトタン屋根から差すオレンジ色の西日が顔を生気ある色に染めているが、血の気が失われた唇の色はごまかしようがない。
物言わぬ死体となった萌葱を見下ろし、龍輝は深く息を吐いてから、遺体に手を伸ばした。秋の肌寒い気温は残っていた体温を短時間で奪い、しかし死後間もない頬には柔らかさが残る。
二の腕を掴んで背負うように持ち上げると、元々華奢なのか、不思議とその身体は軽かった。背負った遺体の腕を自分の肩にのせ、痛む腕を堪えながらおんぶをする形に背負い直して龍輝は小屋を出た。
「(さすがにこれ以上村に留まるのは無理か)」
萌葱のつけていた香水のものか、背中からほのかに甘い香りが漂い鼻を刺激する。
かぎ慣れない匂いに息を止めては吐き、また息を吸っては止めてを繰り返しながら、日の傾いた森の中を歩き村の跡地へと向かう。
時折吹く風は木々をざわめかせ、龍輝の顔にまとわりつく香水の香りを飛ばしていく。歩くうちに香水の匂いが消えていくのに合わせ、鼻がその匂いに慣れていくと、次第に息を止める頻度は減っていった。
いくらか歩いたところで村の中心にあたる大きな木を見つけると、龍輝は木を囲むように並ぶ廃屋の一つに入った。建材が腐り既に倒壊したその家は、他の家に比べて広く、誰が見ても村の権力者が住んでいたと想像がつく。錆びきった門扉には入間と彫りこまれた表札が取り残されている。そしてこの家が、萌葱の生家である事を龍輝は知っていた。
崩れた瓦礫の中、支柱と一部の家具が残る敷地内を歩き、部屋の一画で立ち止まる。足で瓦礫を避けて床を探し当てると、そこに萌葱の遺体を下ろした。かろうじて雨風をしのげそうな壁が残っているその場所が、かつて萌葱の部屋であった事は、龍輝は知らない。

 「(次の住処を探すか)」
背中に当たる日光は龍輝の顔に影を落とし、遺体を見る表情を隠す。
逆光が黒い双眸に小さく光を残し、その目に初めて光が灯る。
それを吸い込むように一度瞬きをして、龍輝は日に暮れる廃村を後にした。
PR
Copyright ©  -- 月夜謳 --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / Powered by [PR]

 / 忍者ブログ