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12 - Doctor
マダオワッテイナイ
アトヒトリ、ノコッテイル

あいつがそう言ったような気がする


―「Parallel World」

 平山は腕の確かな外科医である。
その腕を買われ、表立って治療の出来ない事情がある患者を診るようになってから十数年経つ。
事情のある患者をもう一度診た事はなく、彼らの事情を詮索しようと思った事もない。
これからも変わることがないだろうその考えは、運び込まれた一人の患者がたった一つの例外になった。

 個室の扉に手をかけ、中に入るのと同時に怒号が飛んできた。
「お前は全部知っていて僕に殺させたのか!?」
空気を震わせる怒りの声に、穏やかではない単語が含まれている。「彼女」が運んで来る患者達の事情は原則として触れない平山だが、長く携わっているとその一端を垣間見る事は多々ある。
驚いた様子で顔を見合わせる看護師を宥め、短い溜息をついてから、間仕切りのカーテンを開けた。
曇天で明るさがやや足りない室内に、介護用ベッドのマットを起こし背中を預けている患者と、側で丸椅子に座る「彼女」の姿がある。怒号を飛ばしていたのは患者の方で、眉間に深く皺を寄せ、隣に座る彼女を睨んでいる。
一方で睨まれている彼女の方は、自分を睨む彼を宥めようとする様子もなく平山の方に振り向くと、にこりと笑って患者に視線を戻した。
「ほら、先生が驚いているわよ」
良いタイミングと言わん様子で微笑んだ彼女は、彼の注意を上手いこと平山に引きつけられたらしい。
彼女を睨んでいた患者は、棒立ちしている平山と看護師をちらりと見た後、瞬き一つして目線を逸し拳を緩めた。
驚いているつもりはなかったが、彼にとっては驚いているように見えたようだ。
その様子を確認した彼女は静かに立ち上がると、諭すように言葉を続けた。
「私は蒼鵞ではないのだから、全て知っているかどうかは分からないわ。それに、あなたも彼に話を聞くまで、殺さなければならない、と思っていたのでしょう?」
またしても聞こえた不穏な単語に思わず眉をひそめる。
言われた事が事実なのか、患者は何も言い返せず黙りこんでしまった。
それを理解した彼女はゆっくり立ち上がると、よろしくね、と平山の肩を叩いてカーテンをくぐり抜けていった。
静かに扉が閉まる音が響き、取り残された平山と看護師に患者の視線が向く。
垂れた目の造形はおっとりしているように見えるが、その瞳が抱く暗闇は、それだけで見る者を戦慄させる。
「…ええと、調子はどうかな青井君」
「あんたも何か知ってるのか」
話題を逸そうと試みるだけ無駄だったようだ。
「私は美龍から君の治療を頼まれた医者に過ぎないよ。怪我の状態なら説明できるけれど、今君が知りたいのはそういう事ではないんだろう?」
平山が本当に何も知らないと理解したのか、患者は小さく溜息をついて目を離した。
ある程度落ち着いたと判断した平山は看護師に指示を出す。
「腕は順調に回復しているようだね。他に痛むところとかはないかい」
「肩が痛む」
「どっちの肩だい?」
答えようとして、患者の口が半開きのまま止まった。どうやら右と左が分からないらしい。
「…腕のある方」
目の前にいる患者には左腕がない。
運び込まれた時、この男の肩は関節を残して綺麗に切断された状態だった。
切断された腕の所在は聞かされていないが、おそらく美龍が持ち去ったのだろう。もっとも、腕を渡されたところで繋げるなどという技術を平山は持ち合わせていない。
「ああ、動かさないで。ひどく痛むようなら鎮痛剤を出しておこう」
残された右腕で肩に触れようとする患者を平山はやんわり制止した。
「痛くないからといって無理に動かしたりはしてはいけないよ。前回も入院中、一度傷が開いて再手術しただろう?」
前回、という言葉を聞いて患者が首を傾げた。
「前に連れて来られた時もあんただったか?」
「…覚えてはもらえなかったみたいだね」
たまたま患者が覚えていなかっただけであり、決して平山の存在感が薄いわけではない。
平山はさみしいとも悲しいともとれる苦笑いを浮かべながら、患者の腕につけられた識別タグに目を落とした。
識別タグには識別用の番号と性別、「青井龍輝」という名前が印刷されている。
数ヶ月前、浩一に殴られ、舞乃に刺された龍輝を診た医者は平山だった。

 看護師に点滴の補充を頼み、傷の状態をカルテに書き込んでいく。
興味はあるが、字が読めないのだろう。龍輝はその様子をしげしげと眺めていた。
龍輝でなくとも、平山の書く文字は象形文字という評価を受けるくらいには難解である。
「おっと」
看護師がぶつかり、書き込まれた象形文字に横線のノイズが混ざる。
「あ、すみません」
「大丈夫。気にしないで」
ぶつかった拍子にペンを取り落とした平山は、ベッドの下に転がっていったそれを追って屈みこんだ。
綺麗に掃除された床には、目的のボールペンと、一枚のメモ用紙が落ちている。
ものはついでにと、何の気もなくそれらを拾い、椅子に腰を下ろした。
脇に抱えたカルテを持ち、その上に拾ったメモを乗せて内容に軽く目を通す。
「―!」
メモを見た平山の顔が強ばり、それを見た龍輝が怪訝な顔をする。
「先生、点滴終わりまし…」
「あ、ああ。ありがとう」
背後から声をかけられ、驚いた平山は咄嗟にメモをくしゃくしゃに丸めてポケットにしまい込んだ。
「すまないが先に行っててくれ。ここでカルテを書いてしまうから」
メモの存在にこれっぽっちも気づかなかったのか、看護師は愛想よく返事をして部屋を出て行った。
見送った首を戻すと、静まり返った空気特有の緊張感を感じる。
鼻にかかっていた眼鏡を指で戻し、龍輝に一言置こうと口を開けたところで、向こうから声がかかってきた。
「あんたでも顔に出るんだな」
映画のエキストラのような扱いをされていた自覚はあったようだ。平山個人に関心を示した龍輝に、平山は内心驚いた。
「私も一人の人間だからね。泣いたり笑ったりくらいはするさ」
「嘘を隠すのは下手みたいだが」
肩透かしは通じないらしい。
平山は降参の手を上げ、苦笑いで返した。
「…中身が見えたのかい」
「見えたわけじゃないが、見せられないものなんだろう」
最も恐れていた、メモの中身を見られていたという事態はどうやら避けられたようだ。
しかしそれが不満なのか、龍輝はふてくされた様子でそっぽを向いた。「僕に知る権利などないんだろう」と顔に書いてある。
その横顔をすまなさそうに見やりながら、しまい込んだメモをポケットの上からそっと触れた。
「(これを彼に伝えるのはとても無理だ…)」
書かれていた内容は龍輝に関するものだった。
運び込まれた時の怪我の状態、平山が行った施術内容、今朝までに投与した薬と容量。そして平山も知らされていない、今後の予定。
小さな紙にびっしりと詰まった薬品名と容量は、医者たる平山以外の人間が見ても目を覆わずにはいられないものだった。
中には劇薬に指定されているものや、大量に摂取すると命にかかわるものも少なくない。
龍輝がそのほとんどの名前や数字を分からなくとも、自分に投与されるという想像は容易にできるだろう。
そして、平山はそれがいつ行われるかを知ってしまった。否、知っていたにもかかわらず、気付いていなかった。
「…メモの中身は見せられないけれど、代わりに私が知っている事をいくつか教えるよ」
目の前の患者の事情は知らない。病室に来た時交わされていた会話から、彼が人殺しであり、法により罰されるべき存在である事は理解できる。
平山が知っている予定と照らし合わせてみると、メモの内容は彼に対して行われる私刑そのものだ。
たとえそれが、自身が関わりのない他人事になったとしても、「私刑に処されて当然」と見て見ぬふりができる程冷徹にはなれない。
医者としての膨大な知識と、良心が訴える判断が一致した平山の決断は早かった。
「君に関わる一番大事な事だ。知る権利がある」
龍輝は目線だけ動かし、ちらと一瞥してすぐに逸らした。おおよそ、既に美龍から聞いた話をされると思っているのだろう。
しかしそんな話ではない、と心の内で返答して、平山は美龍に口止めされていた予定を口にした。
「君の治療は、明日をもって中止される」
「…は?」
あまりにおかしな宣告に、龍輝は驚きと不審感の入り混じった顔をして振り返った。
真っ直ぐに龍輝を見る平山の目に嘘はない。
「いいかい、落ち着いて聞いて。中止を決めたのは美龍の独断だ。その理由も、治療を止めた後の君をどうするのかも、私は知らされていない」
美龍の名を聞いた時、龍輝はわずかに眉をひそめて険しい顔を見せた。
「彼女はこの病院に大きな影響力を持っている。前回も今回も、君がここで治療を受けられるのは、彼女の顔があってこそなのは理解していると思う」
「…それはつまり、あんたは美龍の独断に従うってことか」
声音と視線に敵意が混ざる。
問いかけられた平山は小さく首をかしげて顎をかき、肯定とも否定とも取れる仕草で答えた。
「保身だけを考えるなら、従うかもしれないね」
でも、と付け足して口を挟ませる隙を与えず、言葉を続ける。
「それなら治療の中止を君に教える利点は何もない。私は医者として、君の意思を尊重したいと思っている」
平山の意思は意表を突いたのか、龍輝は頓狂な顔をして平山を見直した。
「僕の意思?」
「そう、君の気持ちだ。青井君、君はどうしたい?」
「僕は…―」
すぐに言葉が出ず、答えようとした声は失速して途切れた。どうやら自覚している以上に頭が混乱しているようだ。
バツが悪そうに顔をそらし、龍輝は俯いて思考を整理し始める。
平山は返答を急かしたりはせず、ただ静かに、初老の目線を薄いレンズ越しに投げかけていた。

 そもそも、こうなった元凶は美龍だ。
二人の間でどんなやりとりがあったのか知る由もないが、蒼鵞を煽り対峙するよう仕向け、結果として龍輝は言い知れぬ後悔と共に生死をさまよう事となった。もしかしたら、あのまま死んでいた方が気持ちとしてましだったかもしれない。
そして彼女は、以前話した「やってもらう事」とは蒼鵞との対峙だったと言った。治療はその報酬で、完治したらあなたは自由だとも聞いた。
しかし、今しがた主治医から聞いたものが事実なら、美龍は嘘をついた事になる。
龍輝にとって嘘をつかれる事は問題ではない。真偽を自分で確かめられるかどうかの方が重要だ。
仮に主治医の方が嘘だったとしても、極端な話、狭い病室に閉じ込められて治療を続けるより、快復が遅くなろうと、慣れた森の中で養生する方が精神的には楽とも思っている。
どちらであろうと、龍輝には生きて果たしたい目的が残っていた。
「…僕は、まだ死ねない」
暗がりに見た蒼鵞の顔を思い出す。
自分がいなかったら、義務に縛られた彼の苦悩を何とか出来ただろうか。
そんな「もしも」は無限にあり、それに答えられる本人は既にいない。
だからこれは、独りよがりの贖いであり、復讐だ。
ゆらりと顔を上げた龍輝の目は、一切の光を拒み淀んでいた。

 その深淵に、平山は一瞬背筋がぞっとして閉口する。
「…その言葉が聞けてよかったよ」
ようやく得た龍輝の言葉を「治療を続けたい」と解釈した平山はカルテを閉じて立ち上がった。
淀んだ深淵は瞬き一つで息を潜め、日の落ちる直前のような橙の虹彩を湛えた瞳が平山を見る。
「治療の継続は私の方で何とかしよう」
わずかに顎を引くというとても薄い反応で龍輝は返事をした。人慣れしていない彼なりの「ありがとう」の意思表示なのだろう。
もっとも、本当にその解釈が正しいかどうかは分からない。
「だけど忘れないでくれ。ここは彼女の庭だ。私の及ばないところで君に何か起きる可能性は常にある」
これから彼に起きるだろう出来事の全てに責任を持つ事は到底できない。
例えば病室に盗聴器が仕込まれていて、今部屋を出て間もなくどちらかが実験台に乗せられてもおかしくはないのだ。
その忠告が彼にとって意外だったのか、龍輝は目を丸くして平山を見た。
「庭で飼われている割に、飼い主に忠実ではないんだな」
「そういう訓練は受けていないからね」
平山は困ったように笑い、病室を後にした。
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