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3 - Escape plan
「任務完了」
 機械アナウンスのような声を聞くのはこれで何回目になるのか。龍輝はそんな事を考えながら小型の無線を握っていた。
 「美龍。帰るぞ」
 「りょーかい」
 面倒くさいような怠けたような、そんな口調で答えた。ナハトの相棒に就いて三ヶ月が過ぎ、仕事を終える度に交わされるやりとりも惰性が宿る。


 訓練を終えた日以来、仕事中は勿論、仕事がない非番でもナハトが自分のことを話したのは一度としてなく、聞いた話は嘘だったのだろうかと龍輝は疑いが頭をもたげ始めていた。
 「美龍…いや、龍輝だな。報告が終わった後話がある」
 「話?」
 龍輝は目をあげてナハトを見た。
 「可能なら廃工場で頼む。組織の連中の手が届かないところがいい」
 「聞かれると困る事でもあるのか」
 冗談まじりで言ってみたが、ナハトはそれが通じるほど柔軟ではない。冷たい目線で『あたりまえだ』と一瞥しただけだった。
 「ジジイのことなんか最初から信用していない」
 三ヶ月の間で暗殺の技術が上達した事以外に得たものといえば、龍輝の発言で機嫌を損ねた事が分かるくらいには、ナハトの性格や感情が分かるようになってきたという事。傍目には無表情に変わりないが、その目つきや仕草に微細な変化がある。組織の人間が把握しているより、彼は年齢相応の感情を持っている。
 「意地の悪さはあんたも大概だな」
 本部に戻るまでに必死に言い返す言葉を考えていたのか、投げ捨てるように言ってようやく機嫌は直った。
 三重にガードがかためられている本部のドアのうち、一つ目には見張りの人間がいない。ナハトは本部の建物の一つ目の入り口を開け、振り返らず奥へ歩いていく。
 何か言おうと龍輝は口を開きかけたが、本部では無口のナハトに再び口を閉ざしてしまった。

 「…今回の任務は以上、全工程と報告を終了する」
 「ご苦労」
 報告を済ませ、二人は部屋を出た。龍輝は何も言わず建物を出て行くと、そのまま廃工場に向かって足を運んでゆく。その後ろを、尾行するように黙ってついて来るナハト。廃工場に着くまで何も知らないふりをして歩いていけと、ナハトに前もって指示されていた。
 ナハトは何を話そうとしているのか。龍輝は冷たい空気が舞う夜空を見上げて、白いため息をついた。

 廃工場の内部は月の光を受け、青いライトに照らされた舞台のようだった。光はやわらかく反射して辺りを照らし、暗闇は青く染まっている。龍輝がテーブルの上に置いてあるランプを灯すと、部屋の中に濃い青と淡いオレンジの不思議な色合いが生まれた。
 「それで、何の話だ?」
 龍輝が生活する場所に他の人間が訪れたことは、当然今までない。自分の生活空間に他の人間がいるという事に慣れず、奇妙な居心地の悪さを感じた龍輝は近くの小さめのコンテナにもたれかかった。ナハトは暗がりからまだ使えそうな椅子を持ち出して座り、何も言わずただじっと暗闇越しに龍輝と虚空を交互に見つめ泳がせている。
 沈黙に耐えかねた龍輝は、半ば疑う様子で口を開いた。
 「以前話したお前の昔話は、嘘だったわけか」
 「違う!」
 その言葉に対し、ナハトは即座に否定した。その反応の早さと激しさは幼い子供を思わせるほどで、龍輝は驚いて身体を震わせる。
 「それだけは違う…」
 思わず感情的になったのか、激しさの余韻が残るその言葉には訴え強さがある。
 「わ、わかった…。早く用件を言ってくれ」
 ナハトは少し下を向いて自分を落ち着かせてから龍輝を見据えた。そこにはさっきの子供のような雰囲気は微塵も感じられない。
 「…あの話の続きだ。単刀直入に言う、俺は親父と母を殺したあの組織を潰してやりたい」
 誰もその内側を読み取れなかった蒼い瞳に、初めて感情が宿る。
 「だが組織の連中はジジイの意志に心酔しているし、数も多い。いくらジジイのお気に入りで奴らから一目置かれていようが、俺一人で組織を潰すのは無謀に等しい」
 ナハトの孤立した立場に、龍輝は幼い頃の自分自身を垣間見る。鬼子と呼ばれ蔑まれてきた自分と、自分を蔑み疎んできた村の人々。
 「だからあんたを探した。どこにも属さない死神を」
 顔を上げたその表情は、龍輝の知る限り最も人らしさを持っていた。
 閉じ込められた檻を壊して自由になる。その為に、外から手を差し伸べて欲しいとナハトは言う。
 十六年前、龍輝の悪夢を終わらせてくれたのは一人の男だった。そして今度は誰かの悪夢を、自分が終わらせる番なのだと。
 「…勝手な事を言ってくれるな」
 龍輝は俯いて顔を隠した。
 「だが、あの組織は窮屈で仕方ない。僕のいた村を思い出させる」
 髪の隙間から見える口元が歪み、歯をむき出して黒く笑う。
 その表情と言葉で、ナハトは返答を理解した。

 寒さで温くなった缶コーヒーを片手に、作戦会議が始まった。
 「明後日の夜、組織からの脱出を図ろうと思う。丁度姉妹組織のボスが来るらしく、警備が厳重になる」
 「厳重に…?普通は手薄になった時にするもんじゃないのか?」
 「手薄なほどこっちの策略に墓穴が起きやすい。厳重なほど脱出ルートが必然的に限られてくるが、それを狙う方が逆に策略を練りやすいし墓穴も減る」
 「なるほど…。考えるな」
 「あのジジイの弱点を突くには好都合ってわけだ。だてに膝元にいない」
 無表情なのに変わりないが、どこか生き生きとしていて見えるナハト。初めてみるその様子に、龍輝はナハトに表情が戻りつつあることに気付いた。
 「会合が始まってから十分以内に脱出が目標だ。まず龍輝は、俺の部屋の窓から隣接ビルの屋上へ飛び移る。その間に、俺は武器庫で龍輝の持ち物を回収してから部屋を爆破する。火薬は部屋に元々置いてある弾かなんかを使えばいい」
 「子供だまし作戦か」
 「いや、それは一部に過ぎない。爆破によって俺のルートからは追っ手がくる。追っ手は必ず外から来るから、ビルに移ったらそれらを先に始末してくれ。俺はその間に追っ手やジジイを始末して第三ドアから外へ向かう。予定に狂いがなければ、七分もかからずに出入り口で合流できる」
 「裏口は駄目なのか?」
 ナハトは少し目線を泳がせて「いや…」と珍しく曖昧な返答をし、しばらく考えこんだ様子をみせた。
 「そっちは危険だ。番犬の二人がいる」
 「番犬?」
 お前と同じように勧誘されてここにやってきた二人だ、とわずかに声をひそめていった。
 勧誘された人々のうち生き残ったのはたったの二人。コードネームはユンジェンと篭目といい、男女のペアを組んでいるらしい。実力も相当で、二人でナハトと同等かそれ以上かもしれないといわれている。レルファから話を聞いただけであって龍輝は二人を見たことがない。
 「二人で俺以上と考えた場合、龍輝が一人であの二人を相手するのは危険だ」
 「そうか…。確かにそれなら雑魚を大量に相手した方がまだいける」
 資質があるとはいえ、実力はまだナハト達の方が上である。龍輝はそれを十分理解していた。
 「余裕があれば合流する前にジジイも始末するが、とりあえずは脱出が優先だ。余計な行動は無用だと思ってくれ」
 「了解」
 龍輝は故意に口元をつり上げ笑った。ナハトもそれに応えるように口元をつり上げていた。

 思えば、あれが初めて見た、ナハトの明確な笑顔というものだったかもしれない。緩やかに曲線を描いた口元は、確かに笑っていた。
 翌日の夕方、龍輝は何もなかったように本部に顔を出した。
 「今日は随分無表情ね」
 他の連中と同様、全身黒い服をまとったレルファが言った。これから仕事なのか、鈍く光るオートリボルバーを点検している。それに一度目を落とした後、レルファに目線を戻した。
 その様子に気がついたのか、はにかむように笑ってレルファは答える。
 「いつも本部で雑用しかしてないから、違う服着てるのが珍しい?」
 「まあ少し…」
 本当は遠目のすれ違いざまによく見かけていたので別に珍しくもなかったのだが、そう言っておくことにした。レルファと他愛もない雑談が始まると間もなくして、住居層に続く階段からナハトが降りてきた。
 「今日は非番じゃなかったの?」
 「明日の事でボス直々の呼び出しだ」
 本部にいる時だけはボスと呼び、ジジイ呼ばわりするのは他の人間がいない時だけらしい。その事に特別関心を持たず立ち去ろうとする龍輝を、ナハトが呼び止めた。
 「待て。美龍も呼ばれてる」
 「…僕も?」

 ナハトの後について辿り着いた部屋にいたのは、老人と一ペアの男女だった。龍輝は初めて会うその二人に奇妙な不快感を覚え、ナハトは二人に目を合わせようとすらしなかった。
 「よく来た。明日、ここに誰が来るかは知っているな?」
 「はい。リレイの姉妹組織、ソロノームのフォン様がお見えになるのですね」
 女が丁寧な口調で答えた。老人は静かにうなずく。
 「そうだ。…今日はレルファが出るので本部の秘書がいないものでな、四人に代わりに部屋の掃除と装飾を頼みたい」
 くだらない雑用か…。龍輝は軽くため息をついた。
 「他の連中にやらせればいいだろう」
 無表情にナハトが言葉を棒読みする。
 「悪いが今日の非番はお前達だけだ」
 「…了解しました、ボス」
 女の隣に立っていた男が溜息混じりに言った。
 会話をよそに、龍輝は二人の容姿を盗み見る。
 男の方はオールバックに明るい灰色のスーツという見た目で、一見どこにでもいる会社員のように見える。好青年だがそう若くなく、外見は三十歳近い。女の方は緩やかにかかったパーマが肩より少し下まであり、美人とはいえないものの、凡人より整った顔は彼女の物静かそうな性格を表していた。
 女性の年齢を推し量るのは別の意味で危険な行為だが、龍輝から見て彼女は男の方よりも年上に見えた。
 「少し席を外す。後は頼んだぞ」
 「了解しました」
 老人は軽くうなずいて部屋をでていった。
 扉が閉まると、四人は改めて互いの顔を見てわずかに俯いた。視線を泳がせる女、目を閉じて誰も見ようとしない男、首を傾けて宙を見る龍輝、いつもより伏し目になるナハト。
 「…とりあえず、掃除からはじめようか?」
 好青年の男が最初に口を割った。それに続く形であとの三人も動き出す。ぎくしゃくとした空気は変わらないまま、個々でそれぞれ作業を始めた。

 小一時間で作業はあっけなく終わった。小綺麗になった部屋を見回すと、ほぐれてかけていた空気が再びぎくしゃくとし始める。が、今度はその空気は長く続かなかった。
 「あなた、確か少し前にきた人よね」
 あれほど視線を合わすまいと泳がせていた女は、龍輝をまじまじと見つめながら訊いた。言わずとも噂というのは一人歩きをするものだ。
 「三日かかるはずの訓練を二日で終わらせたそうね。私達でもそんなに早く習得はできないわ」
 「…達?」
 今度は男が口を出した。
 「俺達も勧誘で入ったクチさ」
 最初に名前を訊かなかったのが悪いのだが、龍輝は目を丸くした。ナハトやレルファから聞いていた殺し屋がこの二人だったとは。
 「二人が直接外に出て仕事することは滅多にない。普段は裏口の門番が仕事だ」
 ナハトが口を開いた。滅多に口を開かないナハトに二人は一瞬振り向いたが、すぐにそれぞれナハトの言った言葉に対する反応を見せた。
 「番犬といわれなかっただけまだマシかな」
 「そうね。ここは建物の構造上、対立する組織の刺客は裏口から来る事が多いのよ。それらの排除が仕事」
 女はさらに何か言おうとしたが口を閉ざした。それを代弁するように男が言った。
 「俺達は滅多に外へ赴かないから実際どうなのかは分からないが、これでも組織の中じゃトップクラスの実力なんだぜ」
 龍輝は横目でナハトを見たが、当の本人はしれっとした様子で龍輝を見もしない。
 「俺はユンジェン。こっちは篭目。お目にかかれて光栄だよ」
 「…こちらこそ」
 ユンジェンは左手を前に差し出したが、龍輝に左手はない。篭目は「失礼よ」とユンジェンを小突いて右手を出させた。好奇心と好敵手心に満ちたユンジェンの表情。龍輝はそれを受けてたとうといった顔をして握手を交わした。
 背後でナハトが小さくため息をついていたが、龍輝はその意味が分からなかった。

 その後、老人から警備の為に明後日まで本部から出ないよう指示された龍輝は、建物の中で暇を持て余していた。
 建物を出るなと指示されたものの、泊まれる空き部屋がないとレルファから言われ、寝転がれるだけの場所がないかと探していたところを見かねたナハトが部屋を半分使えと言い、どうにか寝床は確保された。

 ナハトの部屋にやって来た龍輝は、部屋を一通り見回してから所在なさげに本棚の前であぐらをかいた。
 棚に入っている本は少なく、部屋の雰囲気は片付いているというより生活感が薄い。奥からコーヒーを持ってきたナハトは、黙ってカップを龍輝の前においた。
 「気付いたか?」
 机とセットになって置かれた椅子に座って、ナハトが訊ねた。
 「この腕で気付かないはずがないだろ」
 やや深く息をはいて左肩を手で触れてみる。
 左腕を失ってからしばらくは生活に苦労したものの、三年もすればさすがに慣れてしまう。
 「一見丁寧な男に見えるが、それなりに性格は悪いようだな」
 「ユンジェンはな。篭目も一応礼儀正しそうに見えるがこんな所にいるんだ、あれも用心した方がいい」
 「そうしておくさ」
 まだ湯気のたつコーヒーを眺めて、少し鼻をすすった。建物の中だからか、ナハトは計画の事を口にしない。更に、話し方にも機械的な雰囲気が残っている。
 「美龍も大したもんだな…。あの性悪のユンジェンの挑発に挑発で返すとは」
 「他の連中は違うのか?」
 龍輝は不思議そうに尋ねた。長い放浪生活によるものか、売られた喧嘩は買う、というのが当たり前になっている。
 「大抵は、洗礼をもらった時点で奴に媚びるか従うかの二択だ」
 おかげで奴より下の実力の連中はあいつの尻に敷かれてるようなものだ。そっぽを向いてナハトは一人呟いた。つまるところ、ナハト以外はほぼ全員、ユンジェンの尻に敷かれていることになる。
 「まあ強いて言うなら、挑発で返されたときのユンジェンの顔は見物だったな」
 彼の頓狂な顔でも思い出しているのか、そっぽを向いている目線が泳いでいる。
 「が、同時に言える事がある」
 「ユンジェンにとって僕の存在は敵同然になったって事か?」
 「そうだ」
 ナハトは一度言葉を区切り、コーヒーを一口いれる。
 「これから本部にいる時は寝首をかかれないよう気をつけるんだな」
 「ご心配なく」
 明日ここから脱出すると計画している者が部外者に知られないためにつく小さな嘘だな、と内心二人は笑っていた。

 二人が遅い眠りにつく時、ユンジェンと篭目は老人から命令を受けていた。
 「ボス…今何と?」
 ユンジェンは自分の受けた命令が聞き違いだったのかと疑うような顔で歪んでいたが、老人は真面目な顔で答えた。
 「言った通りだ。今日二人には裏口ではなく内部の警備をしてもらう」
 「しかしそれでは裏は誰にさせるのですか!?あそこは敵組織からの侵入が多くて俺達でなければ難しいと…」
 「裏はフォンの方で警備してもらうよう手配してもらった。私とてお前達には裏口を任せたいが、特別な日なのにいつもと変わらない仕事ではつまらないだろう」
 「しかし…」
 なおも反論しようとするユンジェンを篭目が制した。
 「いくらずっと裏を守ってきたからといって、私達はあそこに関する権利を持っているわけじゃないのよ」
 「……」
 小さく舌打ちした後、ユンジェンは仕方なく命令を承諾した。
 「ボス、分かりました。ですが内部の警備を担当するのにこの実力で他の連中と同じ扱いとなる場合、私も考えかねます。そこの辺りは何か考慮していただけないでしょうか?」
 老人は鼻から大きく息を吐きながら背もたれに背中を預け、少しして二人を見据えた。
 「ではこうはどうだ?二人に他の者達の指導権を与える」
 「結構です。それではお引き受けいたします」
 篭目はにっこりと笑みを浮かべてみせた。

 夜が明け、本部の人々が仕事に出たり内部の警備についたりと騒々しくなってきた頃、龍輝とナハトはようやく目が覚めた。
 ふと窓を見てみると、掃除をしている者が開けたのか、長い間閉ざされたままだった窓が開け放たれ、冬の日光が淡く差し込んでいる。『再光』を意味する組織の名に相応しいが、その活動内容には似合わない白い光。それに引き込まれるように、小さく波の音が耳に触れる。
 「この本部は海沿いにあったのか…」
 閉ざされた窓から小さい波の音が聞こえる事はない。それ故龍輝は今まで気付かなかったのだろう。
 「ここの窓が開いたのは今まで一度もない。換気用として作られはしたが、暗部で飛躍するこの組織が棲み付いてる以上、そんなもの全くの不要に等しいからな」
 波の音が聞けてある意味ラッキーだなと、ナハトは眠い目をこすりながらぼやいた。
 龍輝はそれを聞いているのか聞いていないのか、ただ部屋の中で漂い繰り返す波の音と、目の前に広がる風景に見入っている。
 海とそれを見ている龍輝の姿を見て、ナハトは目を細めて微かに笑った。
 「ごめん、二人ともちょっと起きて。急用の仕事が…」
 騒々しい音と共にレルファが部屋に入ってきた。
 「あ、ボスが建物の窓全部開けておくよう言ってたから、二人が寝てる間に開けておいたのよ」
 勝手に入ってごめんね、とレルファは軽く目元をかいた。
 「そうそう、二人は今日仕事よ!本当は本部の方手伝ってもらいたいんだけど、二人の実力を考えると仕事に行ってもらう方が効率いいのよ。はい、これリストね」
 何やら急いだ様子でナハトにリストを手渡すと、レルファはさっさと部屋を出て行った。ナハトはやれやれといった様子で、手渡された書類にざっと目を通してみる。いつもより少なめだと言って龍輝にリストを投げた。
 「これくらいなら半日も使わないで終わりそうだな」
 時計を見ると、一二時半を指している。二人は埃っぽい建物の中を抜け、早々に最初の対象のもとへ赴いた。

 「任務完了、これより帰還する」
 リストの最後に書かれた名前の上に横線を引き、いつもと変わらぬ棒読みで連絡をした後小型連絡無線をしまった。時間は八時をまわる前。ほぼ予定通りだ。このまま本部へ帰らずにいても脱出にはなるが、それではすぐに場所を突き止められてしまう。
 任務中に失踪しても居場所がわかるよう、外にいる間は発信機を取り付けられる。この装置ボス以外に、秘書であるレルファしか取り外す方法は知らない。たとえボスのお気に入りのナハトでも、発信機を外すのは不可能だ。無理に外そうとすれば猛毒の塗られた針が喉に刺さる。勧誘されて入った者の多くは、その事実を知らず餌食となって死んだ。
 「全く、これさえなければ本部に帰って騒動起こす必要もないんだが…」
 「帰らなければ発信機は外せないんだ。仕方ない」
 文句を言いながらナハトは首につけてある発信機を爪で軽く小突いた。親指大の発信機はコツンと金属独特の高い音を発する。
 その音を聞きながら、龍輝は目元をこすった。黒い革手袋についていた血が顔につき、赤黒く汚れる。
 仕方なくもう片方の手で血を拭ったが完全にはふき取れず、目立たない程度に血痕が残った。それ以上は落ちないと判断した龍輝はフードを被って顔を隠すことにした。
 夜である事が幸いし、帰路に着く間に見られる事態は免れた。
 
 「もう、そんなもの顔につけて」
 レルファに指摘され残りの血痕を落としていると、やけに建物の中が騒々しい事に気がつく。
 「会合なんて言うからもっと静かなもんかと思っていたんだが…。お祭り騒ぎでもしているのか」
 「ああ、カモフラージュよ。気にしないで」
 つまるところ、会合は既にに始まっているという事である。

 二人は目で暗黙の会話を交わし、静かに頷いた。
 計画始動だ、と。
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