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2 - Join in Re-ray
三年前の記憶。
鈴鳴洞窟で交わされた言葉は、和解だったのか皮肉の言い合いだったのか、今となってはもう分からない。確かなのは、戻らない龍輝自身の左腕という事実のみ。十字架の下に眠る人物―蒼鵞はそれを手土産に旅立った。

 鈴鳴洞窟は墓からいくらか歩いた場所にある。
暗く先の見えない天井を仰ぎ目を細めると、暗闇が生む透明な水滴が落ちてくる。その雫が、龍輝の頬を濡らして弾き返す。
落ちた雫が誘うように地面に落ち、それにつられて足元にある三年前の血痕に見入ると、頬を濡らした雫が伝い涙のように流れた。
「うああああっ!!」
ぼんやり血痕を眺めていると、静寂を破る青年の声が轟いた。その声に動揺した龍輝は動きが止まり、正面から向かってきた青年に対抗する暇もなく地面にたたきつけられた。青年の手には暗がりに光るナイフが握られている。
首めがけて突き立てるナイフを、龍輝は何とかよけてみせた。
「何でだよ…」
青年はもう一度強い力でナイフを突き立てようとして、地面の鍾乳石に当たり振動が伝わる。取り落としたナイフは龍輝の左側に落ち、拾い上げる事ができなかった。
びりびりと痛む右手を押さえながら、青年は言葉を漏らした。
「お前さえいなけりゃ、舞乃は死なずにすんだんだ!」
「舞乃…?」
龍輝は頭の中を掻きまわした。舞乃、…そうだ、僕が三年前に殺した少女だ。
「あいつは俺の支えだったのに…。お前がその手で殺した事を忘れたなんて言わせないぞ!」
殺した少女の恋人だと気付いた時には、青年の握るナイフが龍輝の心臓めがけて振り下ろされるその時だった。
青年に馬乗りにされている龍輝は身動きが取れず、そのナイフを避けることはできない。龍輝は咄嗟に強く目を瞑った。

 刹那、暗闇を裂くように乾いた音が響いた。雫が乾き始めていた龍輝の頬に、浴びなれた生温かいものがぽたぽたと降ってくる。
瞑っていた目を開けてみると、液体の正体は血だった。
それとほぼ同時に、馬乗りになっていた青年の体がバランスを崩し、龍輝の上にのしかかる。
何が起きたのか分からず、龍輝は青年の体を横に下ろして立ち上がった。
青年はぐったりとして動かず、額の急所に一発の銃弾が撃ち込まれている。だが龍輝は銃を持っていない。
「そいつはこの洞窟に入る前からあんたをずっと尾けていた」
背後から頭を小突く聞き覚えのある声と、感じ覚えのある冷たい気配。龍輝は咄嗟に振り返った。
「…知っているという事は、偶然じゃなさそうだな」
暗闇の中届いた声の主はナハトだった。小高い岩の上から乗り出し伏せた姿勢はいかにも狙撃手らしい。二脚の取り付けられたG36からは硝煙が上がっている。洞窟の天井からほんのわずかに差し込む光を頼りに、的確に青年の頭を撃ち抜いたその腕は決して偶然ではない。
「手を出さなければ始末する事もなかったんだが。あんたのその警戒心のなさは改善するべきだな」
助けられた手前、言い返す言葉もない。龍輝は苦い顔をしてナハトを睨むだけに留めた。
「それで、僕を尾行していた理由はなんだ」
ナハトは一度目線を逸らし、もう一度龍輝に戻して答えた。
「お前、殺し屋にどうやってなるか知っているか?」
「…知らない」
「対象を十日以上観察してからコンタクトをとるんだ。早い話、お前を組織の殺し屋に引き入れようってわけだ」
「僕を勧誘?」
龍輝は目を細めて意図を探る。今目の前にいる男の目に、本気でそう思ってる様子は微塵も感じられない。自身の意思ではなく、命令による義務で言っているのだろうか。
「これは俺の属する組織固有のルールだが、勧誘にイエスと答えなかった奴はその場で始末される。目をつけられたが最後、受けるしか生きる道はない」
「…分かった。その殺し屋とやら、なってやろうじゃないか」
ナハトは表情をかえることなく「交渉成立だな」と言った。返答の選択肢がない一方的な干渉を、交渉とは呼べないだろう。
森で出会った時につけられた傷跡がわずかに疼くのを知覚しながら、展開したG36をしまうナハトの方を観察する。
薄暗い洞窟の中、ナハトの表情がどことなく緩んだように見えた龍輝は、それが何を意味しているのか分からなかった。

 「青井龍輝、戸籍のない男とはお前の事か」
右頬に炎を吐き出す龍をかたどった刺青を持つ老人はそう訊ねた。龍輝から見たその老人は、妥協を許さない絶対者という印象だった。逃げ出す者には死あるのみ。それが組織「Re-ray」の暗黙のルールだとナハトは言った。
「…なるほど、その目がナハトとよく似ている」
絶望という奈落の底を知る者だけが持つ冷たい眼差し。お前とナハトの共通点だな、と老人は一人納得している。その様子は老人がナハトを気に入っている事を窺わせるが、対照的にナハト本人は老人を嫌悪しているのか、無表情の中にどす黒いものが渦巻いている。
龍輝はこの二人の間にある食い違いを感じた。
「さて、ここに来るまでにナハトから組織について話は聞いているだろう。まず、暗殺者として足りない部分を補う訓練をしてもらう」
対象の尾行、足音の消し方、使う武器、事後処理。老人の口から語られる内容は、前もってナハトから説明されている。龍輝は同じ事をもう一度聞かされる苛立ちを覚えた。
「ナハトの相棒につくのはそれからだ。それまではレルファに仕込ませる」
老人の左隣で微動だにせず立っていた女が軽く頭を下げると、小声で「どうも」と挨拶した。顔立ちは日系だが、日本人にはない特有の訛りがある。
「ナハト、コードネームはどうするんだ?」
「コードネーム?」
龍輝が訊いてみると、老人は組織内で使う通り名だ、とだけ答えた。
「本人に決めさせればいい」
ナハトは機械的な声で言い捨てた。老人はふむ、と椅子の背もたれに寄り掛かってナハトを見てから、龍輝に視線を戻す。
「本来は連れてきた奴に決めさせるのだが仕方ない。何か希望はあるか?」
老人に尋ねられ、龍輝は過去の記憶を漁った。
「…美龍(メイロン)がいい。美しい龍と書く」
「ほう…。ではそれでいこう」
老人は杖をついて立ち上がり、レルファに何か指示を出した後部屋を出て行った。残された龍輝とナハトも立ち上がり、龍輝はレルファに呼び止められた。
「よろしくね」
「こちらこそ」
龍輝は戸惑いながら返事をした。それを見たレルファは目を細めて笑う。
「あの子が人を連れてきたのはあなたが初めてよ」
「初めて?」
「他の人はよく人を連れてくるの。大体は連れてきた側に見る目がなくて、訓練中や任務中に死ぬけど」
それを聞いた龍輝は、一瞬呆然としてレルファを見る。
「それで連れてこられた奴で残ったのはどれくらいだ?」
「今は二人」
「うん分の二か」
ふとあたりを見回してみると、ナハトはいつの間にかいなくなっていた。レルファ話を止め、タイミングをみてもう一度話を続ける。
「そうだ、貴方どこかに住んでるの?戸籍がないなら住むところも困るでしょう」
「…別に。廃工場で適当に寝るところを見繕っているから、そこを家と呼べないなら根無し草だ」
「十分立派な家ね。それなら大丈夫だわ」
「ない奴はどうしてるんだ?」
「ナハトがその代表かしら。そういう人達はこの建物に住んでる」
軽くレルファの目線が宙を彷徨い、「訓練は明日からね」といって建物の出口まで案内した。
「必ず来る事。それができなければ死あるのみ。それがこの組織の掟だから」
建物の外の道を教えてから、レルファはもう一度微笑んで扉を閉めた。日の傾いた空は赤く焼け、遠くでカラスが鳴いている。
老人とナハトから聞いた内容を頭で反芻しながら、龍輝は帰路についた。

 訓練は龍輝にとって厳しいものではなかった。それは龍輝に資質があり、十分組織で生き残れる事を意味していた。
「説明した部分からみて三日はかかると言われていたのに、二日で終わらせちゃうなんて。…貴方今まで何をしてきたの?」
「別に何も…」
全ての訓練を終えた時、特に考えもせずそう言った龍輝を見て、レルファは呆れたような驚いたような顔をした。
「僕はむしろ、こんな場所で明るい顔をしていられるレルファの方が不思議なんだが」
組織に入ってから、すれ違う人々は誰一人として笑わない。会話に耳を立てても全て任務の内容や報告ばかりで雑談というものがない。
極めて機械的な環境では、人らしく笑う彼女の方が異質な存在のように浮いていた。
「そう?まあ、新入りにすぐ気を許していたらどうなるか分からない世界だからね。皆警戒してるのよ」
新しく入ってくる人間の世話が私の役目だからね、とレルファは軽く笑って見せた。彼女が笑うのは、新人がもといた世界との別れを惜しんでの餞か。龍輝は漠然と理解した。
「それじゃ訓練はこれで終わり。報告してくるから待ってて」
部屋で待機するよう言って、レルファは部屋を出て行った。
ざっと部屋の中を見回してみると、部屋の大きさは大騒ぎするのには向かないが妙に広い。訓練に疲れていた龍輝は、隅に積まれた椅子を持ち出して座った。
ナハトは最初に老人と対面した時以来姿を見ていない。
建物に缶詰にされているわけではないが、どこか狭苦しい。今までは全ての時間が自由だったからか、訓練という制約のある時間がやけに鬱陶しく感じていた。
「龍輝…いや、ここでは美龍か」
名を呼ばれて、龍輝はようやくドアに立つ人影に気付いた。布地の質感こそ違うが全身を黒い服で覆い、腕を組んで入り口にもたれかかっている男はナハトだった。
「訓練が終わったと聞いた」
「一通りは」
「その習得の早さに今頃ジジイは嬉しがってるだろうさ」
「…それはどうも」
ナハトは龍輝の目をじっと見ている。龍輝がそれに気付いても、逸らす様子はない。
「…前から気になっていたんだが、何故僕を組織に引き入れた?」
「…」
ナハトはそこで目を逸らし、問いに答えなかった。レルファはナハトを感情を持たない冷血漢と言ったが、龍輝から見たナハトはそうは思えない。利己的な算段があるのかも分からないが、何の考えもなしに自分を組織に誘ったとは考えにくい。
「…ここの連中のほとんどはあのジジイに拾われた。俺もその一人だ」
「拾われた?」
それと自分に何の関係があるのだろうか。龍輝は問いかけを続けようとしたがやめておいた。
元々滅多に口を開かない男だとレルファから聞いている。
「俺の両親…親父は昔ここにいた。親父は足を洗おうとして失敗し、殺された。ジジイは組織でトップクラスの殺し屋だった親父の子供…俺を手元に置いておきたかったらしい。両親を殺してまで」
「それが僕と一体何の関係がある」
ナハトは無視して言葉を続ける。
「ただでさえ両親が死んでショックだったのに、その両親を殺した連中からの特別教育だ。十三年間、人を殺す為だけに生かされてきた操り人形。だから俺は―」
ナハトは何かを思い出したように言葉を切る。
「美龍、初陣よ。ナハトもサポートにまわってくれって」
沈黙も束の間、レイファが部屋に入ってきて困惑はかき消された。ナハトの方はいつもの無機質な表情に戻っている。
「標的はこれ確認して。ここから突き当たりに武器庫があるから、美龍はそこから自分に合う銃を持っていってね。確かガバメントもあったはず」
「了解」
レルファの横をすり抜けて、「行くぞ」というサインを送るナハト。その姿を見ながら、龍輝は無言で部屋を出て行った。
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