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7 - place
十月二十日。
些細な事は徐々に思い出してきたが鍵となる記憶は未だ思い出せず、日数だけが過ぎていた。
「龍輝」
夏には蒸し暑かったブルーシートの下は肌寒くなり、薄汚れた毛布にくるまってリオは視覚できない存在の名を呼ぶ。
「俺がナハトと呼ばれていた事は間違いないんだな」
「(…僕の知る限りはその通りだ)」

肩の荷が一つ下りたような調子の声が頭に響く。
「(認めたくない記憶だろうが、認めるしかない事実もある。恐らく、お前が探してる記憶はそういうものだ)」
表情を変えないまま、声音だけを潜めて問い返す。
「どういうことだ?」
「(言葉通りだ。少なくとも、僕が知るお前の過去はな。―僕が一度に全てを語らないのは、今のお前がそれに耐えられないと計ってるからだ)」
喉がひりつく痛みがじわりと滲む。
それが恨みに等しい怒りだと知るのに、一秒の間は十分な時間だった。
「― 記憶が消えないあんたに何が解る」
毛布を勢いよくめくり起き上がると、リオはブルーシートの外に出て行った。
声はリオを追いかけようとはせず、ブルーシートの下に一人残る。
「(―…生まれながらの暗殺者は、どう足掻いても普通には生きられないと自ら諦めたような言い方だな)」
半透明に映る男の右手は、かたく握られていた。

 「お、もう行くのか?飯持ってきたぞ」
ブルーシートの外に出ると、志島が買い物袋を下げてこちらに向かって歩いていた。
「今日は平気です。またしばらくぶらついてきますから」
「そうか。無茶するなよ」
軽く頭を下げて横を通りすぎると、志島に呼び止められ振り返った。
「そういや兄ちゃん、銃無くしたって言ってたよな。代わりにゃならんだろうけどこれ持ってきな。またやばいところに行くんだろ?」
振り向きざまに投げられた物を受け取り、掌に収まったそれを確かめる。
革のケースに納められた刃渡り十センチ程のナイフは古めかしいが、その刃は鋭く研ぎ澄まされていた。
「俺が昔よく釣った魚捌くのに使ってたやつなんだけどな。今はこんな身で釣りなんて忘れちまって無用の長物だ。年季が入ってる分、ちっとはお守りになると思うぞ」
「―志島さん」
研ぎ澄まされた刃が、最近までまめに手入れされていた大事なものであることを物語る。
「…できるなら、このままの状態でお返しします」
リオはもう一度頭を下げると、振り返らず走り出した。

 志島から受け取ったナイフを手に、リオは海に近い廃ビルへ向かった。
五年前の冬に放火で焼けたという廃ビルには黒い噂があった。リオは不穏な噂を探してはそこへ向かい、しらみ潰しに記憶の手がかりになるものを探る日々を送っていた。
潮風で風化が早く進んでいる廃ビルは既に倒壊し、瓦礫の山が雑然と積まれていた。
コンクリートの破片に燻る黒い煤の跡が火事の痕跡を残している中、その下に残る記憶を探すために瓦礫の山を踏んで辺りを注視する。
「(…地面がやけに黒い)」
ビルの周辺のアスファルトは本来の色より黒く、火事による煤と考えるには範囲が広すぎる。
何より、その撒き散らされた形が液体を撒いた形状そのものであることが煤ではない事を決定的にさせていた。
向かいのビルの入口までのびた黒い跡を眺め、背後に聞こえる波の音に耳を傾ける。
「(…この音を、俺は知ってる)」
気が付いたような自然な動きで後ろを振り返る。
「―なあんだ、だるまさんがころんだしてたのにもう見つかっちゃった」
まるで演じるように、心底残念そうに語る幼い少女の声。
振り返った視線の先には、声に違わぬ幼い少女が拗ねた様子で座り込んでいた。
「ね、ケビン。次はアイリ達が鬼だよ!」
抱き抱えていた大きな熊のぬいぐるみに楽しそうに話し掛けると、少女はようやくリオに視線を向ける。
ブロンドともとれる艶やかな髪にベビーピンクの大きなリボンを飾り、同じ色のジャンパースカートを身につけた少女は端から見るとお伽の世界の住人に見える。
淡い青を湛えた瞳は無垢な子供を印象付け、絵に描いたような愛らしさがあった。
「私ね、鬼になってつかまえるの得意なの。お兄ちゃんもすぐにつかまえられるから、がんばって逃げてね?」
愛嬌のある笑顔で遊びに誘う少女の言葉に首をふり、リオは冷たい声で一蹴する。
「可愛い素振りで惑わせても無駄だ。見た目はごまかせるが殺気まではごまかせない」
懐古の眼差しは消え、鋭利な眼差しに変わる。
少女はむくれた顔でリオを睨んだ。
「いきなりそんな事言うなんてレディに失礼な人ね。もうちょっと礼儀のある人かと思ってたのに残念だわ」
「遊ぶとも言ってない相手と勝手に遊び出す子供も躾がなってないな。自分から名乗りもしない奴と遊ぶつもりはない」
見下した挑発に乗せられ、少女は怒りをあらわにして喚きだした。
「じゃあ、名乗れば遊んでくれるって言うのね!いいわ、私はアイリ=シュヴェルタ。あなたが殺したフォンお爺様の孫よ!」
アイリと名乗った少女はリオを睨みつけると、手に抱いていた熊のぬいぐるみと対面する。
「さあケビン、鬼ごっこの始まりよ。あのお兄ちゃんをつかまえたら私達の勝ち。今度はとびっきり強い人だからはりきっちゃおうね!」
ぬいぐるみと目を合わせてウィンクをすると、アイリはぬいぐるみから手を離した。
支えを無くしたぬいぐるみはそのまま地面に落下する―
事はなかった。
「―」
ごく自然な動作で瓦礫の上に足をつき、作られた二本の足で自力で直立している。
背中を向けたまま立っているぬいぐるみを、リオは言葉もなく見つめていた。
「―Ein,」
小さな声でアイリが音を発する。
その声音は、つい数秒前に発せられた甲高い声とは全くの別物だった。
低く唸るような音に応じて、目の前に立ち尽くしていたぬいぐるみが鋭く後ろを向く。
表情は子供向けに可愛らしく縫製された熊の顔のまま。
「っ―」
切磋に、リオはその場を飛び退いた。
瓦礫の粉砕する音と共に、リオが立っていた瓦礫が粉と化す。その中央には茶色い熊のぬいぐるみがうずくまるように座っている。
「お前―」
口を挟む間もなく、目の前に少女が現れる。
「そうこなくっちゃ、鬼ごっこは楽しくないわ」
顔面に衝撃が走り、強い力で後ろに飛ばされる。
そのまま向かいのビルに置かれたゴミ袋の山に背中から着地し、背中に受けた衝撃とゴミの臭いにあてられ軽く咳込む。
「本気で鬼ごっこするとね、皆すぐにつかまっちゃうからつまらないの。でもお兄ちゃんならたくさん遊んでくれそうだし、ケビンも楽しそうだわ」
ゴミ袋の山を心底楽しそうな眼差しで眺めながら、アイリは明るい声で語る。
「―でも、お爺様の遺言で早くつかまえなくちゃいけないの。だからね」
残念そうに語りながら、少女はこの上ない笑顔を浮かべる。
「お兄ちゃんとはここでさよなら。―ばいばい、ナハトお兄」
ちゃん、と言いかけた口は呻き声に変わる。
言葉の代わりに漏れた赤い液体が黒いアスファルトにこぼれ落ち、アイリは自分の胸元から突き出した棒状の物質を垣間見た。中心から僅かに左側に刺さるそれは鋭く光を反射し、口からこぼれた液体と同じものが境目から滲み出している。
「―遺言に忠実なのは結構なことだ」
ゴミ袋の山ががさがさと蠢き、中から顎と両腕を赤く腫らしたリオが現れた。
「馬鹿力なところは変わらないな。それに、そろそろ子供と詐称するのも限界だと思うが。大方、今の歳は十七くらいじゃないのか?」
アイリを睨む鋭い眼光は憂いを帯び、濃い青を湛えて溜息をつく。
「死ぬ前に答えてもらおうか。何故まだ俺を狙う」
腫れた腕を邪険に振るいながら、心臓にナイフが刺さった少女に一歩近づく。
「…は、―分かりきっていることじゃない」
逆流する血と痛みを堪えながら、アイリは言葉を続ける。
「おじいさまと―リレイの、仇、だから…に」
咳込みと共に、堪えていた血液が吐き出される。
死を察した少女は落ちるように膝をつくと、にいと笑ってリオを見遣る。その笑みはどこか勝利を得たような優越感に満ちていて―
「―Hus.」
呪いに満ちた声を残し、アイリは崩れた。
肉塊となった十七歳の少女を見下ろしながら、リオは深く息を吐いた。
歪んだ笑みのままリオを凝視する顔は、思い出した記憶の中では比較的新しい部類に入る。
新たに思い出した記憶の引き出しからアイリと最後に会った頃を取り出して面影を重ねると、苦い顔をして一歩歩み寄った。
「…あの時に、二度はないと言ったな」
更に一歩進み、胸に突き刺さったナイフを引き抜く。
人肌の温もりが残る血で染まったそれの平面を指でなぞり掬い上げると、同じ手の親指に乱雑にこすりつけて揉み消す。
水より粘り気のある赤い液体は手に張り付いて乾き、微かな不快感を残して水気を失った。

 八年前、リオが今のアイリと同じ年齢だった頃。
命じられて知っている誰かの付き添いでソロノームという組織を訪ねた。
突き刺さるような周囲の視線は羨望と称した殺意に等しく、彼等にとって自分が喉から手が出るほど崇高な立場に立たされている事をうんざりした様子で思い知らされる。
そんな様子を、リオは彼等を狂信者と例える以外に言葉は浮かばなかった。

 煙草が煙る室内で最初に目についた人影は、奇妙に浮いた存在だった。
幼い少女は愛らしくリオに笑いかけ、自分と同じくらいに大きな熊のぬいぐるみを抱き抱えてとことこと歩み寄ると服の裾を引っ張り催促する。
「―わたし、アイリ。おにいちゃん、あそんで?」
付き添いを命じた主はリオに遊ぶよう促した。

 それは遊びという名の手合わせだった。
ふわふわな生地で被われた覆われたぬいぐるみは一瞬で鉛のように硬くなり、重い鉄槌を下してはまた柔らかな物質に変化する。
内蔵に響く程鋭く重い一撃と引き換えに、リオは少女を仕留めて死の宣告を下した。
「二度はない」と。

 「―やはり、組織の人間だった事を認めないと前には進めないのか」
乾いた血を見つめ、誰に言うわけでもなく呟いてみる。
回想から抜け、視線をナイフから瓦礫に転がる死体に向ける。
奇怪な笑みを浮かべたまま動かないそれに、リオは何の感情も浮かばなかった。目の前に落ちている瓦礫と変わらない、一つの無関心な光景に過ぎない。
何も感じない事が暗闇の組織の人間だった事を何よりも示しているようで、そう認識した自分にリオは苦い感情を抱いた。
「(―だからお兄ちゃんは甘いのよ)」
くすくすと笑う声が微かに届き、物思いに耽る束の間の時間が終わる。
失われたはずの気配を察知し、顔を上げると―
「(私たちが鬼だって、言ったものね?ケビン)」
鋼鉄の熊のぬいぐるみが、目の前で殴り掛かろうとする姿がそこにあった。

 ゴツ、と鈍い音が反響して静止する。
「(―ぁ)」
息と共に吐き出す音は、儚く消える。
熊に似せた作り物は空中に高々と放り出され、くるくると回りながら落下した。
鋼鉄のぬいぐるみは滑らかな弧を描いて背中を打ち、下敷きになった瓦礫はがらがらと音を立てて粉砕した。
落下地点から数メートル離れた瓦礫の上には、うずくまったまま動かない少女の肉塊と―ぬいぐるみを蹴り上げた足を高々と上げたまま静止するリオがいる。
「(なん、で)」
「その速さは見慣れた。所詮子供しか騙せない道化師だな」
息を整えるための溜息をつき、静かに足を下ろす。
ぬいぐるみは粉砕した瓦礫の中から這い上がると、無条件に笑う顔をリオに向けた。
「(道化師だなんて失礼ね。わたしはそんな汚い人種じゃないわ)」
不自然に自立する熊のぬいぐるみから、怒りを露にしたアイリの声が返ってくる。
「操る側が操られる側と同化した時点で道化と一緒だ。だがな、この世界では無機物に権利は与えられていない以上、今のお前は道化ですらない。意味を履き違えるな人形」
これ以上語る気はないと言うようにかたく口を閉ざし、躊躇いのない動きでぬいぐるみに近付く。
立ちすくんだまま動かないぬいぐるみは何も言わず、かたかたと小刻みに震えていた。
「(…わた、しは)」
機械的な音が洩れ、綿がちぎれるとも破裂するともつかぬ音をたててぬいぐるみは弾けた。
飛び出した綿は赤く濡れ、あらかじめ屑となって散るために作られたのか細かくちぎられている。ぬいぐるみを中心に霧散するそれは鼻をつく悪臭を放ち、咄嗟に退いたリオにたどり着く。
「(ここまでか)」
リオは口と鼻を押さえながらぬいぐるみに背を向けると、一目散にその場を去った。

 悪臭が届かない場所まで走り抜け、僅かに手の痺れを察知して立ち止まる。
見ると、手の平に胡麻粒程の飛び血がついていた。
その血が痺れの根源だと察したリオは服で血を拭い、赤く染まったぬいぐるみの方を振り返る。
不幸にも近くを歩いていた何人かがぬいぐるみの見えない死角の道端で倒れていた。撒き散らされた猛毒は物質そのものより、臭いの方が毒性が強いと推測する。
「… 他者を巻き込むやり方は、もはや暗殺者ではないな」
無残に散ったぬいぐるみを最後に人として扱い、人として卑劣だと蔑んで、リオはその場を去った。

 「(知り合いか)」
波の音が聞こえなくなった道を曲がったところで、聞き慣れた声が頭に響いた。
「…昔の知り合いはもれなく今の敵みたいだな」
足を止めることなく人混みの少ない路地を選んで、ナイフの持ち主がいるはずの公園を目指す。
「暁の話からしてあんたは違うようだが、まさか実は敵でしたなんてオチはないだろうな」
「(―僕は生前、お前によって組織に入った身だ。今更になって敵視されるのは心外だな)」
「…なんだって?」
公園の脇を通る道に続く細い十字路で、リオは不意に足を止めた。
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