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4 - ghost
名も知らない青年が洞窟に入ったのを確認すると、リオは踵を返して叢の中へ駆け出した。
大粒の雨が全身を打ち、一瞬にしてずぶ濡れになりながらも一直線に走りつづけて辺りを詮索する。
「!」
長く伸びた草の葉が正面から伸び、先端を鋭く尖らせてリオに向かってくる。
突き立つ葉の下をかいくぐり、すれ違い様に葉の根本に銃を構えてトリガーを引く。乾いた音と共に土が穿たれ、鋭く伸びた葉は土と化してぐにゃりと崩れた。

「(土…?)」
崩れた葉を観察する間もなく、左脇から同じように葉が伸びてくる。
心臓めがけて伸びてくる葉の根本を躊躇なく穿ち、リオは叢の正体が葉に見せかけたただの土と察知する。
察知する間にも間髪入れず伸びてくる草の刃を穿ち、リオは木々のない開けた場所まで走り抜けた。
不自然に刃を向ける草もない広場には廃屋が並び、雨に打たれて朽ちるのを待っているようにも見える。何十年も昔を思わせる木造の造りは廃村の歴史の深さを表していた。
「こんにちは」
リオは歴史を語る廃屋に見向きもせず、足を止めた正面の黒い影―暁が見たそれとは違う、れっきとした実体のある人影を注視した。
人影の声はおしとやかな女性の声そのものだが、精神を逆なでするような殺気が仄かに混ざっている。
声に見合う容姿の人影―黒い服に身を包んだ女性は、柔和な顔でリオを見つめる。
「五年ぶりかしら…貴方に会うのは」
女性の黒く赤みを帯びた瞳はリオの青いそれと似ているが、奥底に湛えるものは全く別物のようだった。
面と向かう女性に既視感を感じるものの、閉ざされた記憶が開ける気配はなく、リオは首を横に振って女性に応える。
「そう…記憶がないという話は本当だったのね」
その様子に残念そうな声音で肩を落とすと、僅かに首を傾げてリオを見つめる。
「それなら少し昔話をしてあげましょうか。まだ貴方が生まれる前のお話だけれど」
目を伏せて話を切り出した女性はおしとやかな仕草でありながら隙がなく、その不自然さにリオは眉をひそめた。
「この村はね、一人の男の子とその父親が廃村にしたんですって。大きなナイフと日本刀で村の人を次々と、確実に急所を突いて殺してまわったそうよ」
くすくすと笑う女性の笑みはあくまで柔和だが、リオの目には憎悪に満ちた狂気の顔に映った。
「その男の子は暗殺組織に見初められて組織に入ったけれど、自由のなさに嫌気が差して反旗を翻したそうよ。残念ながら組織の人間に殺されてしまったけれど」
語りはそこで途切れ、女性はリオに据えていた目線を伏せた。
「…彼に殺された村の人はきっと、理不尽な痛みに苦しんだのでしょうね」
子供をあやすような柔らかな声で呟き、祈る表情で俯く女性の姿は、黒い服を身に纏っていながらも聖母のような純粋さを印象付ける。
リオは大きくため息をつき、あからさまな態度で女性を睨みつけた。
「昔話はそれで終わりか」
優しい表情で目を閉じていた女性の声音はそこで豹変した。
「…いいえ、この話には続きがあるのよ」
さわさわと鳴り響く木々の音が、地面に強く打ち付ける雨音より不自然に強く耳元を掠める。
「彼に殺された人達の魂はここに留まり続けて…」
顔をあげた女性に、聖母の笑みはなかった。
「彼に協力した貴方を殺したいために、私に協力してくれているのよ」
「(―銃を持て、リオ)」
狂気に満ちた女性の声に、別の声が重なる。
頭に直接響くその声は拘留所で聴いたそれと同じ響きでリオに訴えた。
「今度こそ消えなさい、ナハト―貴方の後ろにいる魂もろとも」
女性は憎悪の結晶のような瞳をリオに向けたまま微動だにせず直立している。
「―…言われなくとも、道は決めてある」
底冷えした瞳を瞬きで潤し、リオは重なって聞こえた二つの声に答えた。
「良い子ね」
リオの言葉をどう解釈したのか、女性が口元だけ微笑ませて返すと、リオの足元が底が抜けたようにぬかるみだした。
「!?」
粘土質の泥に足を取られ、軽くふらつく。
ぬかるんだ地面は更に緩くなり、重力に引かれるままリオの体は沈んでいく。とられた足を動かす程沈みは加速していき、数分も待たずにリオの腰辺りまで浸かっていた。
「くっ…」
「生き埋めにされる気分はどうかしら。…この村の魂が選んだ、貴方の最期よ」
くすくすと笑みをこぼす女性は心底嬉しそうな様子でリオを眺めている。
「貴方は撃たれる痛みには慣れているでしょうから、生きながらもがく苦しみを彼らに提案したの。絞殺は専門外だったものね」
口元を吊り上げて語る女性の笑みは禍々しい。
リオは見るに値しないその顔から目を背け、降り続ける雨模様に視線を移した。雷雨は変わらず空から地面を打ち、粘土質な土に染み渡ってリオを土へと引きずり込む動力となる。
「貴方が私を憶えていなかったのは心残りだけど…―」
さようなら、と言いかけた口はそこで止まった。
リオと女性以外に誰もいないはずの周囲から、老若男女あらゆる悲鳴が轟く。
魂が何かを訴えているのか、胸を押さえてうずくまった女性は耐えるように呼吸が荒くなり、落ち着かせようと額を膝に乗せて息をのんだ。
「落ち着いて…まだナハトは死んでいないわ、早く引きずり込みなさい!」
膝に顔を埋めたまま魂に指示をする女性の視界が不意に暗くなり、弾かれたように顔を上げる。
「―…」
ぬかるみに埋もれているリオの姿はなく、眼前に立つ男の姿に女性の顔が凍り付く。
「…なんてことなの」
押さえていた胸の奥から、沸々と痛覚がせりあがる。
きりきりと耳を劈く悲鳴が、彼女に警鐘を鳴らす。
認めたくない、認めてはいけない、けれど目の前にあるそれは紛れも無く―

「―僕を起こしたきっかけはお前か、篭目」
大型の狩猟ナイフを手にした―リオの姿をした男が、女性を見下ろしていた。

篭目と呼ばれた女性は強張った表情のままリオを見上げる。
「…美龍、貴方は死んだ人間よ…その体にとり憑く意味が解っているの?」
リオの姿をした男を美龍と呼び、沸き上がる底無しの痛みに耐えながら篭目は問いかけた。
「リオが一時的な憑依で死ぬ程やわな体じゃないことくらい知っている筈だ。僕がリオの後ろにいる事を判っていながらそれを許したのは、お前の判断ミスに過ぎない」
答える男の声はリオのそれよりも高く、立ち姿や仕草からも別人を思わせる。美龍と呼ばれた男は篭目を一瞥して小さく息をつくと、手にしていた狩猟ナイフを地面に突き立てた。
辺りに響く悲鳴が量を増して耳に届き、更なる痛みが篭目に襲い掛かる。
「…甘く見ていた事は認めるわ。でもそれを差し引いても私に利はあるはずよ」
男は何も答えない代わりに目を細めて篭目の目を見据える。
その意味を解した篭目はぎり、と歯を噛み締めた。
「そう…知らず罠にかかっていたというわけね」
「僕の生まれた場所がここだと調べたところまでは申し分なかった」
だが、と付け足して男は初めて笑う。
「最後の詰めが足りなかった事が、お前の敗因だ」
「嘘よ。貴方の故郷まで調べた私に詰めが甘かったなんて―」
そこまで口にして、篭目は気付いてしまった。
「…コードネーム…」
自分が何度も呼んだ男の名が本当の名前ではないことを今になって思い出す。
「僕の記録を探したつもりだろうが、僕の名前は記録をいくら探しても見つかりはしないさ。その詰めの甘さだとナハトの本当の名前さえ知らないのだろう」
古来、呪術において要となる要素は真名―本当の名前である。
どんなに強力な呪いを相手にかけようとしても、対象の本当の名を知らなければ意味がない。
男は声を出して笑い、吊り上げた口元を更に歪ませると、地面に突き立てたナイフをゆるゆると持ち上げた。
「悪いがこの体はそう簡単には死なせない。…地獄でまた会おう、篭目」
雨の中、高々と掲げられた大型の狩猟ナイフが脳天をめがけて振り下ろされる。
その更なる高みに光る雷光は篭目の目に焼き付き、一瞬にして視力を奪う。
最後に見えた男の影は濃く、その口元の笑みだけがやけにはっきりと見えた。
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