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11 - fire
志島の抱く憎悪は、思い込みと勘違いから生まれたものだった。
 「刑事の兄ちゃんなら知ってるだろ。こいつが俺の親父とおふくろを殺した犯人だって」
 夏の追憶から現実に意識が戻る。
 志島の言った言葉が噛み砕けず思考が滞っていたが、意識が目の前の現実に戻るにつれようやく理解した。


 「まさかあなたが志島勇蔵」
 鏑木に名を呼ばれ、志島は意外そうな顔で返事を返した。
 「なんだ兄ちゃん、てっきり事件の事知ってんのかと思ったよ」
 「勿論知ってますよ、あなたも被害者の遺族として捜索中だったんですから」
 会社の倒産で迷惑をかけまいと行方をくらましていた志島もまた、リオとは違う意味で警察に追われていた事になる。
 マスコミが報道しなくなり世間から忘れ去られても、事件に関する調査はまだ続いている。リオの捜索も例外ではない。
 「それなら兄ちゃんも知ってんだろ。助けてもらった恩も忘れて、俺のおふくろと親父を殺したのはそいつだ」
 鼻を押さえる鏑木を見たままリオを顎でしゃくり、志島は言葉を続ける。
 「脱走したってニュースを見てから、俺はずっとあいつを探してきたんだ。路地裏で見つけた時は正体なんて知らなかったがよ、転がってた銃を見てやっと分かった。そんで決めたんだよ。同じ目に遭わせてやるってな」
 夏の記憶が曖昧なリオにはそれが事実であるか確認する術がないが、今ある自分の記憶から推測して、何の罪もない一般人を手にかける理由はどこにもない。
 また、夫婦を殺した犯人がリオではない事は鏑木がよく知っている。
 「そんな、同じ目に遭わせてもご両親は戻らないじゃないですか!それに犯人は…」
 「暁、その先は言うな」
 むきになって反論する暁の言葉を、鏑木が静かな声で遮った。暁は不満気に口ごもりながらリオに目で訴えると、リオも鏑木に同意しているのか、青黒い目を伏せ首を小さく横に振っただけだった。
 「志島さん、俺は交渉人ではないんで良い言い方はできませんが結論から言いましょう。あの事件の犯人はリオではありません」
 「警察が何言ってやがんだ、ニュースでしっかり犯人は脱走して捜索中って報道してたじゃねえか」
 「ナハト・ボーテ…彼は事件の重要参考人であると同時に別件の調査対象です。マスコミには別件について伏せてあるので、事件の犯人にでっち上げられたんでしょう。ご両親を殺害した実行犯は、近くで死んでいた身元不明の男だと既に判明しています」
 「なんだそりゃ。詭弁も大概にしてくれよ」
 志島は信じられないという顔でかみつく。対する鏑木は冷静さを維持したまま言葉を続けた。
 「事件の担当をしている私に、遺族であるあなたに嘘をつく理由はありませんよ」
 落ち着いて聞いてください、と宥められ、志島は少し冷静さを取り戻したのか、咳払いをして目をそらした。

 「ナハトが犯人ではない物理的な証拠はあります。一つは、弾痕は死亡した男の指紋がついた銃のものと一致しました」
 鏑木は人差し指をたて、説明を続ける。
 「もう一つ、死亡した男に残っていた弾痕はリオが所持している銃と一致しています」
 中指をたて、軽く息を吐いて言葉を継ぐ。
 「更に、連行時ナハトは負傷していたんですが、その弾痕も死亡した男の所持していた銃のものと一致」
 薬指をたて、志島を見る。
 「この三点から、ご両親を殺害したのは現場で死亡していた身元不明の男であり、ナハトはご両親を殺害したその男と敵対し争っていた事が判明しています」
 無意識に、リオは左肩の傷跡に手を添えていた。
 既に塞がっている傷が、何かを伝えるかのようにじわりと熱を帯びる。
 「そりゃつまり…俺のおふくろと親父は、とばっちりで死んだって事かよ」
 落ち着かせていた憎悪が再燃したのか、志島の顔が再び歪む。
 「それは早計で…」
 「早計も何もねえ。そいつがいなけりゃその死んだ奴も現れなかったんだ。死んであの世のおふくろと親父に謝ってもらうだけじゃ気が済まないんだよ」
 鏑木の言葉を遮り、志島は首をまわして歪んだ顔をリオに向けると、明確な憎悪の視線を投げつけた。
 犯人ではなくとも、死んだ原因にリオが関わっていたのは事実だ。
 何も返す言葉もなく、リオはその視線を受け流す事もなく、ただ静かに銃を下ろして眼前の段ボールをずらし、顔を出した。

 「確かに俺がいなければ、菊治さんもタツ江さんも元気に暮らしているはずだった。大事な人を奪われた憎しみも知っている」
 幼い日、両親を目の前で殺された記憶が脳裏を掠める。
 ぼんやりと痛む頭の中、血の海に沈んだ二人の姿も瞼に浮かぶ。どんな顔をしていたか、その細部まで。
 「憎悪は人殺しになるきっかけに適している。もしあなたが俺を殺して気が済んでも、菊治さんやタツ江さんの周りにいた人から人殺しと呼ばれ、後ろ指を差されながら生き続ける覚悟があるのか?」
 「それは…」
 復讐を果たした後の事を何も考えていなかったのか、リオの言葉に志島の言葉が詰まる。うろたえるその様子に、悲しみとも哀れみともつかぬ顔を浮かべた後、リオは手中のデザートイーグルを強く握った。
 錆びていないそれは『Nacht』と刻まれている。

 志島の笑顔を見る度に頭が痛かった。それは、死んだ二人の面影がそこにあったからだと今なら分かる。
 それなのに、二人と過ごした日々は、何一つ思い出せない。

 「今俺があんたに出来ることは、あんたを人殺しにさせないことだ」
 哀しみを帯びた静かな声は、他の三人の耳に凛と響いた。

 言葉の意図を察した暁は、無意識に走り出していた。
 走り出した暁に志島が気付き、志島の驚いた様子を見て鏑木が後ろを振り返り、ようやく暁に気付く。
 「あき…」
 暁を止めようと鏑木が咄嗟に手を伸ばすが、数ミリのところで暁に届かず空を掴む。その間にもデザートイーグルは持ち上げられ、銃口は持ち主のこめかみへと向かう。
 「―ダメですリオさん!」
 暁の悲痛な声に、リオの手が一瞬だけ止まる。デザートイーグルのトリガーにかけた指に力を込めようとしたその時、暁の手がリオの頭からデザートイーグルを引き離した。
 指に込めた力を緩めることはできず、腕を掴まれた拍子にデザートイーグルに込められた弾丸が放たれた。暴力的なまでに鋭い音が暁の耳を焼き、体勢の崩れた状態で発砲した反動でリオの右肩に激痛が走る。
 背後に積まれていた空の段ボール箱に埋もれていく形で、暁とリオはそのまま後ろに倒れこんだ。

 銃声で反射的に耳を塞いでしゃがみ込んでいた鏑木はおそるおそる目を開け、リオを止めようと突進した従兄弟の方へ駆け寄った。
 「暁、お前何を…―」
 崩れ落ちた大小様々な空箱をどけて、リオの腕を掴んだまま倒れている暁の姿を確認する。
 鏑木の声には反応せず、何かにぶつかったのか、額に大きなこぶがあり血が滲み出ていた。
 「暁、おい暁」
 「変に動かさない方がいい。銃身が当たって脳震盪を起こしてる」
 暁を起こそうと腕を掴んだ鏑木の横から、苦痛で顔をしかめているリオが言葉をはさんだ。
 「そっちは腕は…」
 「肩が抜けただけだ、自分で何とかする」
 声音からはとても大丈夫そうには見えず、銃を握る指に力が入っていない。
 しかし今は無茶をした身内の方が大事だ。瞬き一つ挟んでリオから目を外し、口の中で小さく「無茶しやがって」と毒吐いてから、暁の腕をゆっくりリオの腕から引き剥がした。
 剥がした右腕を自分の右肩にまわし、背中に左腕を通してゆっくりと持ち上げる。暁は比較的体重が軽いが、意識のない人体は重い。どうにか段ボールの海から引きずり出すと、リオの立っていた位置から見て右手にある壁にもたれかかるようにして腰を下ろした。
 暁から右腕を解放されたリオは左肘をついて起き上がり、銃を左手に持ち替えた。硝煙と嗅ぎ慣れた火薬の臭いとは別に、鼻をつく刺激臭が意識を周囲に向けさせる。
 「…石油?」
 臭いの正体に気付き出所を探すと、部屋の反対側の壁に沿って置かれている赤いポリタンクに穴が開いているが見えた。
 穴の大きさから見てリオの撃った流れ弾が当たったものに間違いなく、底面に貫通したのか、側面からだけでなく床からもとぽとぽと音をたてて石油が流れ出している。
 溢れ出した石油は床に置かれた段ボールやマットが吸い上げ、机から垂れ下がるコードやケーブルも浸されていた。
 そして、石油に浸されているのは志島も例外ではなかった。
 ポリタンクの手前に尻餅をついて座り込んでいる志島の服は斑に濡れている。リオから見たところ流れ弾によって負傷した様子はないが、立ち上がれないところから見て腰が抜けてしまったと推測する。
 「あ…危ねえじゃねえか!なんて事しやがる!」
 志島はその場から動けず、声を荒げて抗議した。その間にも穴の開いたポリタンクからは石油が流れ続けている。
 「おい警察の兄ちゃんそこにいるんだろ!その馬鹿な店員をとっとと―」

 連れて行け、という言葉は続かなかった。
 振り上げた手から石油が跳ね、志島の右前にある古い石油ストーブに付着し着火した。
 小さな火は石油を伝い、炎となって瞬時に床や周囲の段ボール箱、そして志島をも飲み込む
 「うわっ!」
 慌てて後退りをするが、腰が抜けて動けない体は背後のポリタンクにぶつかり、自身の体に更に燃料を追加してしまっただけだった。立ち上がって逃げる事もできず、瞬く間に志島の体は炎に包まれていく。
 「志島さん!」
 リオは立ち上がり辺りを見回すと、左の空間の端に消火器が見えた。銃をホルダーにしまいながら、消火器に駆け寄り壁から引き剥がす。ピンを抜きグリップを握ろうとしたところで、忘れるなと訴えるように右肩が痛み顔をしかめる。
 「貸せ!その腕じゃホースを持てない」
 少し遅れたタイミングで駆け寄ってきた鏑木が消火器をもぎ取り、燃える志島にホースを向ける。その瞬間、何かに気付いた鏑木は驚いた顔をして踵を返して戻ってきた。
 「まずい」
 「何してるんだ、早くしないと―」
 焦るリオの声を、ばん、と銃声にも似た爆発音が遮った。音と衝撃は空気を震わせ、何かの破片や火の粉が勢いよく飛んでくる。不思議とそれらがゆっくり飛んでいるように見えて、刹那思考を奪われる。
 次いでやってきた鼻をつく悪臭に意識を戻され、リオは最悪の事態を理解した。
 「…あの箱はやはり火薬が詰まってたのか」
 あれでは助からない。
 顔を逸らし、鏑木は苦々しく首を横に振った。リオは肩膝をつき俯いたまま、飛び散ってきた破片が連れて来た火で燻る段ボール箱をぼんやり見つめていた。
 志島のすぐそばに落ちていた爆薬に引火し、爆発したのは言うまでもない。
 「顔見知りだったみたいだが詳しい事はここを出てから聞こう。物思いに耽ってる暇はなさそうだ」
 燻っている火を足で消し、何かを振り切るように頭をかくと、鏑木は『行くぞ』とリオの左肩を軽く叩いて暁の方へ駆け足で戻っていった。
 壁にもたれかかったまま動かない暁の腕を自分の肩にまわし、引きずるように歩いて階段を下った先にある出口へ向かっていく。
 一連の様子を視界の隅で見やり、深い溜息をついてリオは立ち上がった。一歩前へ進み、火の手のあがる事務所内へ目をやる。消火器では消しきれない炎の中、黒く焼けた血飛沫と、かろうじて人の形を残し炭化していく志島の死体が主のように鎮座していた。
 「(…できることなら、安らかに)」
 心の中で呟き、出口へ向かおうと足を階段に向けた時。
 頭から血の気がひいていくような眩暈で足元がふらつき、リオは崩れた段ボールの山に再び倒れこんだ。

 衝撃で山の側にあった長机が動き、置かれていた事務用品が転がり落ちる。
 「どうした!?」
 物音を聞いて階段を下っていた鏑木が足を止め、暁を背負ったままリオの方を振り返る。背後にいたはずのリオの姿が見えない事に異常を察し、戻ろうと体の向きを変える。
 「来るな、先に暁を外に…」
 浅い呼吸でどうにか叫ぶリオの声に鏑木が止まる。火のまわりは思った以上に早く、既に階段横の壁からも熱気が伝わってきている。
 声音からリオが一酸化炭素中毒を起こしているのは理解したが、暁を背負っている鏑木にリオも運ぶ事は、時間的にも物理的にも不可能なのは明白だ。
 「…しかし」
 「焼け死にたいのか!?早く行け!」
 鬼気迫る声に追い立てられ、鏑木は苦渋の顔で俯き階段を再び降りていった。その間にリオは起き上がろうと試みるが、脱臼した右肩から倒れた事で痛みが増している上に、左足首に鈍い痛みが走りダンボールの海へと引き戻される。
 足元を見ると事務用の重いセロテープ台が足首に寄りかかるように落ちていた。
 「(…くそっ)」
 倒れこんだ際に机から落ちてきたものが足首に当たったのだと理解するのに、数秒を要した。
 痛みから察するに捻挫か、ひびが入っていると予想する。自力で立つのが困難だと悟ったリオは苛立ちの溜息をついて段ボールの海に沈んだ。

 出口へ向かう鏑木の頭が見えなくなる頃には、リオの体の自由は利かなくなりつつあった。
 段ボール箱の海に横たわったまま足元の先を見ると、出火元を黒く焼き尽くした炎は壁に延び、徐々にリオのいる通路に迫っている。
 事務所内の隅に見える店内へ続くドアからはざわついた声が聞こえ、かすかに消防車のサイレンも耳に届く。
 「(…ここで死ぬのか)」
 浅く息を吐き、静かに目を閉じる。
 足元から迫る焼け付くような熱が奪い取っているかのように体の痛みは遠のき、底の知れない暗闇へ急速に意識が落ちていく。

 あの日、組織を飲み込んだ炎も、こんな色だったか。
 そんな言葉を最後に、リオの意識は途絶えた。

 * * *

 意識を失ったリオの隣に、一つの影が立っていた。
 白い狩衣を着た鬼神は一切の炎を拒み、ダンボールの海に沈む男を静かに見下ろす。

 「恨み言を聞けないのは、残念だな」
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