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Epilogue
一月十四日明朝に発生した陥没事故について続報です。
 今朝未明、現場から身元不明の女性の遺体が発見されました。
 遺体は損傷がひどく、鑑定には時間がかかると…

 ―あの辺りは戦時中防空壕があったんだけどねえ。
 地盤が緩くて土砂崩れが多いから、結局使われなかったんですって。
 昔から住んでる人は皆知ってるよ。お役所さんの方でも、近々工事する予定だったって言ってたのにねえ。


 災害現場が病院に直結していたことで、院内は慌ただしくなっていた。立枝をはじめとした看護師達には緘口令が敷かれ、最初の発見者という扱いからか、多忙を極めた平山が病室に来る事はほとんどなかった。

 退院の直前、平山から美龍の手記を受け取った。
「君を助けてしまった以上、私も共犯者だ。だからこれは君に預けておくよ」
そう言って手記を差し出した平山の顔は、ひと月の間でひどくやつれていた。
最初に会った頃のような、無知故に穏やかだった目は既にない。疲れ果て、気持ち頬が痩せた顔はやけに頼りなく、しかし何故か頼もしくも見えた。
「中身は見たのか?」
「少しだけね」
内容を口にするつもりはないのだろう。龍輝は手記に目を落とし、ページを開こうとしたが平山に止められてしまった。
「読むのはここを出てから。できるなら、誰の目にも触れないところの方が良い」
「…分かった」
少しだけむっとしたが、開きかけた手記を静かに閉じて手をのせる。
これまでの恩と、振り回した末散々な目に遭わせたという罪悪感が多少は芽生えたのか、平山には従おうという気持ちが素直に働く。
それは一重に、彼の努力の賜物と言っていいだろう。
「それじゃあ、私は戻るよ。…身体には気をつけてね」
既に最後の診察は終わっている。龍輝がここを出れば、二度と会うことはない。
時計を見て休憩時間が終わりそうなのを確認し、平山は立ち上がってカーテンを開けた。
「平山」
ややためらった後、龍輝は思い切ってその背中に声をかけた。
呼び止められた平山が、カーテンに手をかけたまま振り返っているのが足の動きで分かる。
「…ありがとう」
長い沈黙の後、俯いたままとても小さい声で、龍輝は絞りだすように言った。
出会ってからただ一度として聞かなかった一言に、どう反応しているだろうか。しかし、それを見るのが怖くて、顔を上げることができない。
「どういたしまして」
苦笑いと共に穏やかな声が返ってきた後、止まっていた足が動き出した。
そのままカーテンの向こうに消えると、廊下から立枝の騒ぐ声が聞こえてきた。


 久方ぶりに帰ってきた山は雪に覆われていた。
人の熱気で暖かい街中に慣れてしまったせいか、冬の寒さがより一層体に突き刺さる。思わず身震いし、暖かいところを探して辺りを見渡す。
ふと視線を感じて目を凝らしてみると、一頭の狼がこちらを見ているのに気が付いた。
わずかに欠けた耳には見覚えがある。
「ただいま」
龍輝が呼びかけると、狼はぴんと耳を立ててやってきた。襲いかかってくる様子はなく、ひたすら服や辺りを嗅ぎまわっては龍輝の顔と服を交互に見やる。
仲間のにおいがするが、知らないにおいも混ざっていて戸惑っているようだ。
次第に思い出してくれたのか、やがて腹を出して寝転び服従のポーズをとった。
ほっとした龍輝は仰向けに転がる狼に被さり、雪の上でじゃれ合って二人は再会を喜んだ。

 村を離れた後、龍輝は鈴鳴洞窟からも離れたところにある廃工場に住処を移していた。
電気もガスも水道も一切が止まっているが雨風をしのぐには申し分なく、廃屋見学を目的に、頻繁に人が訪れる村に残っていた頃よりはずっと居心地が良い。
土埃を拭きとったコンテナに腰を降ろすと、どこに隠れていたのか、すっかり成猫と変わらぬ体格になった三毛猫が小走りで寄ってきた。
夏に会って以来足元をついて離れないこの猫もまた、龍輝にとっては狼と同じ『森の仲間』である。
龍輝の隣を陣取る狼に負けじと頭を擦りつけて、自分のものだと主張する姿は可愛らしい。
「落ち着け」
足に背中に頭を押し付ける猫はなかなか大人しくしてくれず、片手では猫一匹押さえるのにも苦労する。
ひとしきり自分のにおいを付け終わって満足したのか、三毛猫は膝に乗って丸くなると喉を鳴らし始めた。
猫の自己主張の激しさには慣れっこなのか、その様子を見守っていた狼は背後にまわり、龍輝を温めるようにくっついて伏せる。
二つの熱源に囲まれ、とりあえず寒さの心配はなくなったようだ。
親しみ慣れた獣のにおいをかいだ後、持ち帰ってきた大きな荷物を手繰り寄せ手記を取り出す。
どこにでも売られているリングノートは何年も使い込まれた跡が残り、紺色の厚い表紙には何も書かれていない。
リングの大きさに対し紙が少ないことから、何ページかは破って使われていたようだ。
しばらく眺めた後、龍輝はページをめくった。


 十二月二日。
 意識不明の二名は、投与実験の副作用によるものと断定。
 名前は入間萌葱と竜飼蒼鵞。
 これまでに副作用で意識が戻ったケースはなし。実験は失敗か。

 十二月五日
 二日に運ばれた二名が意識を取り戻した。
 多少記憶が混濁した様子だが健康状態に異常はなし。

 十二月二十日
 興味が湧き、二人の素性を調査。
 水神村事件の生き残りらしいが、特殊体質などはなかった。残念。
 しかし、萌葱が手にしたコップが浮いていたのは見間違いだろうか。

 一月……日
 二人を一度精密検査にかけたところ、脳の一部に変質が見つかった。
 実験の作用?しかしあれの目的は…………であって、変質した部位に作用はしないはずだ。
 でも、他に可能性がない。
 実験は失敗だと思っていたが、思わぬ結果が出ていたようだ。

 二月五日
 蒼鵞にも萌葱と同じ症状が現れた。
 二人には原因不明と言ってあるが、蒼鵞は投与実験が原因だと勘付いている様子だ。
 私が主催者だったことについても気付いている節がある。
 とはいえ、今は超能力の制御で手一杯の様子だし、制御の手助けで恩を売っておけば糾弾は免れるだろう。


 文字が消えて読めなかったり意味の分からない部分は読み飛ばしたが、大体の内容は理解できそうだ。
「(こんなものを読ませる為に僕に預けたのか?)」
冒頭は美龍が萌葱と蒼鵞に出会った頃の記録のようだが、他人の人間関係の話に興味はない。
半ば幻滅した気持ちを抑えてページを流し読んでいると、紙がまとめてめくれ、付箋がついているところが開かれた。
くっついていたところを開いて戻ってみたが、内容は萌葱の話ばかりであまり変化はない。
一方で付箋のついたページから先は筆記具が変わっていて、日付も年単位で後のものになっていた。

 九月七日
 こうして何かを書けるくらいには落ち着いてきた。今だからこそ残しておこう。
 私は萌葱を殺したあの男を絶対に許さない。
 そして蒼鵞、あなたも。


 内容から察するに、龍輝が萌葱を手にかけた後の頃のようだ。
元々の関係が良好だったかどうかは知る由もないが、美龍の蒼鵞に対する感情が憎しみへと変化している。

 九月十五日
 少々不本意ではあるが、萌葱を殺した男を助けることにした。
 彼に蒼鵞を殺してもらったほうが都合が良い。
 彼が蒼鵞に殺されたとしても萌葱の仇はとれる。

 一月七日
 蒼鵞と龍輝を対峙させた。言い合っていた様子だったが、最終的に龍輝が勝った。
 聞いた伝承に合わせて言えば、晴れて彼は鬼神になったというところだろうか。
 左腕を切られてしまったのは惜しいが、これだけの逸材なら次の実験にも耐えてくれるだろう。
 急いで龍輝を回収し、集中治療室へ。治療はいつも通り平山に依頼。
 蒼鵞の所持品に古い手紙が入っていたが、彼が書いたものではないようだ。
 これを届け出て、警察に私のことを探られるのはごめんなので手元に残しておく。


 手記はそこで終わっていた。
「(手紙…?)」
白紙のページをめくると、件の手紙らしき茶封筒が挟まっていた。
何度もしわくちゃになったのをのばした跡があり、宛名は何も書かれていない。裏返してみると、差出人に『青井』の文字が記されていた。
予想外のところで自分と同じ苗字を目にし、心臓が跳ね上がりそうになる。
とはいっても、青井の姓はどこにでもいる。自分に宛てられたものとは限らない。
確実に数ミリは跳ね上がっていたであろう自分の心臓を落ち着かせ、閉じられていない開け口から中の便箋を取り出す。
中には読みやすい達筆な字がずらりと並んでいた。
「母、さん?」
見覚えのある字に思わず出た声はひどくかすれ、寄り添う狼と猫がおもむろに龍輝を見る。
だが、龍輝が二匹にかまう余裕はなくなっていた。
ふいに目に飛び込んできた便箋の最後に記されていたのは、『律子』という紛うことなき母の名前。
あわてて封筒の文字と見比べてみると、かすれているが確かに同じ筆跡だと分かる。
つまり、これは母が誰かに宛てた手紙ということで間違いない。
たった一枚の紙に書かれた文字を、龍輝は食い入るように追いかけ始めた。


 あなたは今も元気でいるでしょうか。
 あなたがいなくなった後、私は実家に戻りあなたの子を産み、龍輝と名付けました。
 龍輝を産むことについて、村長からは外の血筋を入れるわけにはいかないと反対されましたが、あなたとの繋がりを断ち切るなど、私には出来ませんでした。
 村の意志に反した結果、あの子はしきたりにより鬼子に定められ、誰からも愛してもらえない宿命を背負わせてしまった。
 それでも私は、龍輝がいるだけであなたを思い出して、忘れずにいられる。
 あの子の不幸は全て私の罪で、死んでも償うことはできないでしょう。
 そんな今の私達を見たら、あなたはきっと私を自分本位な女と憤るでしょうか。

 私はあの子を愛してあげることも、もう一度この村を出てあなたを探す事も叶いません。
 とても身勝手なお願いなのは分かっています。けれど、この呪縛からあの子を解放してあげるには、あなたしか頼れないのです。
 お願いです。もしあなたが私を思い出して、村まで来る事があったなら、どうか龍輝を外に連れ出してあげてください。
 村からも私からも引き離すことが、あの子にとって一番の幸せになると信じています。


 手紙の冒頭に記された名には見覚えがあった。
それは惨劇を起こした犯人の名前であり、龍輝が初めて会った外の人間であり、生きるための狩猟ナイフを託した男の名前でもある。
「(…まさか)」
いくら否定しようとも、否定できる材料はない。
頭の中にその言葉が浮かんだ途端、理解するよりも早く手が震えだした。拳を握り抑えようとしても震えは止まらず、猫を持ち上げ手紙ごと抱え込んでみても治まる気配はない。
やがて全身が震えだし、堪えきれず猫の腹に顔を埋める
すると、今度は何と呼ぶかも分からない気持ちがこみ上げてきた。
怒りとも憎しみとも、悔しさとも悲しみともつかないそれは龍輝を追い詰め、涙腺を壊し、涙となって外に溢れ出す。
「何故…」
十一年前に出会った男の正体は、自分の父親だったのだ。
何故母を捨てたのか。何故村にやってきたのか。何故、何故、何故。
そんな男の影を求めて自分を産んだ母にも、聞きたいことや恨みつらみは山ほどある。
全て声に出してみても、答えてくれる者はここにいない。
「どうして……っ!!」
答えようとしたのは狼だけで、しかし言葉を持たない彼にはただ鳴くしかできない。
容赦なく押し寄せる苦しさと混乱への抵抗もむなしく、龍輝はただ歯を食いしばり堪え続けるしかなかった。


 どれくらい泣いていたのだろう。
腹を貸してくれていた猫が鳴いて身をよじり、腕から抜けだして龍輝はようやく我に返った。
「……」
そのまましばらくぼうっとして、どこを見るわけでもなく一点を見つめる。
あれほど苦しかったものはすっかり心から抜け落ち、ぽっかりと穴が開いた気分だ。
そうしていると、尽きない疑問も何もかも、次第にどうでもよくなってきてしまうから不思議である。
涙で濡れた腹を舐める猫に謝った後、日が落ち、すっかり暗くなった廃工場の中をぐるりと見回した。
傍にいた狼はどこかに出かけたようだ。
「(…今日は特に冷えそうだな)」
身を震わせながらコンテナから降り、古いガスストーブに火をつけた。小窓の向こうで炎が少しずつ大きくなり、辺りをオレンジ色に染めると同時に冷えた体を暖めてくれる。
ほどなくして、離れていた三毛猫が一番温かい場所を陣取りにやって来た。まだ濡れている腹を舐めながら寝転がり、ストーブの前で毛を乾かしている。
そっとその背中を撫でても嫌がる様子はない。
龍輝は目を閉じ、頭の中で手紙の内容を反芻した。
「全ては後の祭り、か」
答える者がいないなら、忘れてしまおう。
そうすればこれ以上惨めな思いも、後悔することもない。
くしゃくしゃになった手紙を拾い、ストーブの中に投げ込んだ。
赤い炎は手紙を瞬時に飲み込み跡形もなく燃し尽くす。
その様をぼんやり眺める目には、ただ深い闇が広がっていた。

 足音に気付きストーブから顔を上げると狼が戻ってきていた。
「おかえり」
炎に照らされた狼の口にはウサギがくわえられている。
既に事切れたそれを龍輝の目の前に置いて座り込むと、きゅうと鳴いてじっと顔を見つめた。
「ありがとう」
狼なりに気を遣ってくれたのだろう。
目をしばたたかせた後、龍輝は礼を言って獲物を手に取った。
人以外の相手にはすんなりと言葉が出る。
もっとも、彼らが人間の言葉を理解しているかは分からないが。
そこそこ大きなウサギを持ち上げると、思っていたよりも重く感じる。長い入院生活の間に落ちた体力を取り戻すのは時間がかかりそうだ。
片手になりたての身では捌くのもうまくいかず、失敗した部分の活用は諦めることにした。
リハビリは当面の課題になりそうだ。
なんとか解体した肉をストーブで焼き、よい香りが辺りにたちこめてくると猫が足元に擦り寄り催促してくる。
「お前は後で」
相手が猫でなくとも、動物好きならここであげたくなってしまうだろうがそうはいかない。
誰が先に食べる権利を持っているかは、狼と共に生きてきた龍輝にとって非常に大事な序列である。
にゃあにゃあと足元をうろつく猫をよそに、龍輝は焼けた肉にかじりついた。
狼はそれを黙って見ていたが、次第に猫が煩わしくなってきたのか、おもむろに立ち上がると猫をくわえて押さえこんだ。
驚いた猫は暴れて抗議するものの、いくら暴れても狼の実力行使には勝てず、諦めて大人しく狼の下敷きになっていた。
そんな二匹のやりとりを見て、龍輝は笑う。
ほんのしばらく離れていただけで、最後に見たこの光景がとても昔の事だったように感じる。
そう思うくらい、彼にとってこの数ヶ月は長い悪夢だった。
食べられる分を一通り腹に収めた後、残りの肉を狼と猫に差し出した。

 骨を残し綺麗にたいらげた二匹は、満足そうに舌なめずりしながらその場に寝そべった。
餌や龍輝をめぐり喧嘩することもあるが、不在の間もなんだかんだで仲良くしていたようだ。
そんな二匹を眺めているうちにすっかり気が緩んだのか、瞼が徐々に重くなってきた。
うとうとし始めているところを狼の冷たい鼻で起こされ、思わずその鼻を押し返してしまった。
「ここで寝るのは良くないな」
いくら暖を取っているとはいっても、本来は風邪どころか凍死の可能性もゼロではない寒さだ。さすがにウインドブレーカーだけでは危ない。
狼の頭を撫で、緩慢な動きでコンテナから降りた。
傍に置いてあったキャンプ用ランプを灯し、ストーブを消すと、暖を取っていた猫が不満気に鳴いて抗議してきた。
「お前もこっちだ」
耳を寝かせて不満を露わにしつつも、龍輝が移動すると猫も渋々移動を始める。
ストーブを挟んだ奥の部屋には簡素なパイプベッドと寝袋が置いてあった。
元々廃工場にやってきた頃には既に肌寒い時期だったため、冬を見越して寝具だけは準備を整えていたのだ。
寝袋の埃を取り中に潜り込むと、猫は懐、狼は枕元と、それぞれ決まった位置で丸くなる。
懐に潜った猫は喉を鳴らし、頭を守るように寝そべる狼の腹が温かい。
二匹に囲まれて目を閉じると、全て忘れてしまえそうな気がした。
そう、朝になって目が覚めればいつも通りの暮らしが―

 軽くなった肩に触れ、静かに頭を振る。
忘れる事はできても、失くした腕を見る度思い出すのだろう。
それが日常化し、埋もれた時、初めて呪縛から解放されるのかもしれない。
果たしてそれはいつの日になるか。
もしかしたら、そんな日は訪れないかもしれない。
不安は尽きないが、今はただ生きるしかない。


 「おやすみ」
明かりを消し、鬼神は深く息を吐いた。



 水神村鬼神録
 十三を過ぎた鬼子は鬼神に変わりゆく
 雪を飲み、村を飲み
 森を従え出づる影より人隠す

(Fin.)
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