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Prologue
Three years after the "Dark of ray".

their story never end
to the next life.

 ―朦朧とした意識。
眠っていたのか、それとも眠るのか、はっきりしない。
薄暗く、現実かどうかもはっきりしない。
一つ、手に触れる冷たく硬い感触が現実である事を確信させる。
目を凝らすと、手首の辺りから見える細い鎖が両手首を繋いでいる。
手首を繋ぐ鎖とは別に、両の手で握られたものがある。
力無く横たわるその男の相棒として与えられ、半生を生きてきた金属―一丁のデザートイーグルが―物言わずそこにあった。

 八月十日。
毎年冷房が欠かせない署内に、珍しく窓が開け放たれ自然の風が取り込まれている。
それ以外は取り立てて変わった風もなく、スーツを着た人々が狭い署内をせわしなく歩いて回っていた。

 その中にある重々しい扉一枚隔てた先、唯一冷房がかかっている部屋の最奥の椅子で暑苦しく扇子を仰ぐ大柄の男と、中肉中背の男が対面していた。
署長と書かれた札を立て、絶えず額に滲む汗を厚手のタオルで拭いながら、警察の制服を着た大柄な男―署長は口を開いた。
「それで…サバトだったか?あの男で間違いないんだな?」
「はい、外見・血液鑑定共に一致しております。―…サバトじゃなくてナハトですよ署長」
「横文字は苦手なんだ」
ハッハと乾いた笑い声をあげたが、その場に和みの空気は微塵もない。
「ナハト・ボーテ、それが彼の通称です。先程現場に残っていたの血液との一致が確認できたと報告があがっております」
うむ、と目で頷いて先を促される。中背の男―鏑木は報告を続ける。
「リレイという組織に属していた殺し屋―それも、実力がトップクラスだったというのが五年前のデータです。現在は物的証拠もなく組織の存在自体あやふやですが、科捜に十年前の鑑定記録が残っておりまして。男の血液と一致したことから間違いないとのことです」
署長は黙って深く頷き、デスクに置かれた書類に目を向けた。
名前すら書かれていないほぼ白紙の履歴書と、クリップでとめられた男性の顔写真がそこにある。
ほとんど何も書かれていない履歴書の備考欄には、鏑木がたった今挙げた男の通称―Nacht bote―の数文字だけが記されていた。

 七月二十九日。
街のどこを歩いても蝉の声が耳に届く。
蝉の声が支配する住宅街は決して閑静とは言えないが、真夏の陽射しの下でそれに対抗しようとする人はいなかった。
時折車の走行音が過ぎり、再び蝉の声に掻き消される。
陽炎さえ見える白昼の景色にある異質なもの―アスファルトに落ちた赤黒い液体がなければ、現代によく見られる真夏の光景だった。

 血痕は住宅街からほんの少し離れた小さな竹林に点々と道を作っていた。
所々竹にはりつき、道筋を残して乾いている。竹には手形がはりつき、時に何かを巻き込んだのか、はがれたように一部が欠けている。そうした竹の根元には、羽をもがれた蝉の亡殼が落ちていた。

 奇怪な跡を残した竹林の最奥に、三人の人影があった。
そのうちの二人は警官の制服を着用し、手にした拳銃を残りの一人に向けて構えている。銃を向けられた一人もまた手に銃を握っているが、力無く垂れていた。
「…銃を捨てろ」
制服を着た男の一人―鏑木は、緊張した面持ちで目の前にいる男に警告する。言葉が分からないのか、男は銃を握ったまま鏑木を見つめるだけで何もしない。
「駄目だ、鏑木…何を言っても反応しない」
鏑木の隣で同じ制服を着て銃を構える男―伊能が、小声で諭す。その声は理解したのか、男は伊能の方を向く。
視線が伊能に逸れた隙をみて、鏑木は目の前の男を観察した。
ストレートに伸びたモカブラウンの髪と彫りの深めな顔立ちは、背の高さも相まって異邦人を連想させる。一見細身に見えて筋肉のついた腕には無数の傷跡が残り、修羅場をくぐり抜けてきたプロだと見て取れる。緩く握られた銃と両の手には赤黒い液体―夥しい量の血がこびりつき、乾いたそれは銃と男をより強く結び付けて離さなかった。
「もう一度言うぞ。銃を―」
―伊能が硬い調子で口を開いた刹那、項垂れたまま微動だにしなかった男の体が緩やかに動いた。
構えた銃を握る手が更に強張り、あと少しで発砲しそうな程に力を加わる。
「―う」
僅かに呻き声を上げ、重心に引かれるまま揺らめいて膝を折る。
モカブラウンの髪が木漏れ日に煌めき、男は力無く倒れた。
突然の出来事に目を丸くした二人は、男に銃口を向けたまま数秒立ちすくむ。
掠めるように視線を交わし、倒れた男に声をかける。
「お…おい」
案の定反応はなく、こちらを見る様子もない。何か怪我をしていたのかと体を見るが外傷はなく、両手と銃にこびりついた血以外におかしな所は何も見当たらなかった。
「鏑木」
上から伊能の声が降り見上げる。
「…何だ?」
「顔が赤く息が浅い…多分熱中症だ。早く運ぶぞ」
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