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9 - run
十一月十九日。
「―…した。CMの後、引き続きニュースをお知らせいたします」
騒がしい邦楽の伴奏が耳につき、薄れていた眠気が掻き消されていく。
晩秋の空は既に暗くなり始め、適度な遮光効果があるブルーシートのテント内はそれよりも暗い。

 覚醒したリオの内に探し続けた物を手に入れた喜びはなかった。やっと手に入れた玩具がただのガラクタに過ぎなかったように、気が重かった。
頭の奥で微かに訴える痛みを無視して辺りを見回すが、自分を助けた中年の男―志島の姿はない。
見慣れたブルーシートのテントの中にはパイプ椅子をはじめ、必要最低限の生活道具とリオだけが残されていた。
「(また何か漁りにでも行ってるのか…)」
やれやれと小さく溜息をつきながら起き上がり、小煩い邦楽を流す元であるラジオを止めに机の上を見る。
横長の会議用テーブルの上には中身のないインスタントラーメンの器や文庫本、何に使うか分からないコードやドライバーなどが散らかっている。その一端に音源のラジオは横倒しになって置かれていた。
ラジオ本体の状態などおかまいなしに流れ続ける音を止めようと手を伸ばした矢先、リオは視界の隅に入ったものに視線をとめた。
流れる音楽は終わり、丁寧な口調のアナウンサーの声がやけに耳に残る。
「―…ニュースを続けます。本日午後二時十三分頃に発生しました立てこもり事件の続報です。釣具店に四十代半ばの男性が押し入り、中にいた客を人質に立て篭もっています。犯人は導火線のついた箱のようなものを持っており…」

 暁の部屋にあったはずの、錆びたデザートイーグルがそこにあった。
テーブルの上に散らかった物は作られたものの残骸だとすぐに気付いた。
導線、ネジ、そして僅かに落ちている黒い粉―火薬。
「(―くそ!)」
錆びたデザートイーグルを乱暴に掴むと、リオは日の暮れた外へと飛び出した。

 同時刻。
占拠された釣り具店は外から中の様子が見えにくい構造だった。
一階は駐車場、その脇にそって二階へ繋がる階段と入り口があり、二階から四階までが釣具店の敷地となっている。
こうした構造の建物が事件に巻き込まれる度、伊能はどうしてこんな構造にしたのかと軽く舌打ちをした。
「―視察班、中の様子と犯人の要求は?」
「人質にナイフを突きつけたままカウンターの裏に隠れているようです。箱は見当たりません」
「…どこかに隠したか」
チッ、ともう一度舌打ちをして入り口を見上げた。
「犯人からは未だ要求が出ていません。まるで立て篭もる事が目的だったみたいにじっとしてるんですよ…」
「…」
伊能は入り口を見据えたまま思考を巡らせる。
爆弾処理班、突撃班、交渉人は既に呼んで待機している。人質に危害を加えている様子もなく金目のものを奪っていない事から、強盗の線は薄い。爆弾らしき箱を持ち込んでいる為、やはりテロの線が濃厚か…。
「犯人が人質を連れて奥へ消えました」
「何?」
顔を上げると、店の奥でもそもそと動く二つの人影が、ドアの向こうへと消えていくのが見える。
手に握っていた見取り図を広げて位置を確認すると、ドアの先は事務所スペースが記されていた。二階の奥は事務所兼倉庫となっていて、事務所スペースと商品置き場がごちゃごちゃに混ざって置かれているという。
「(店員に金庫の鍵を取り出させて売上金を奪う気か…?)」
車のハンドルに手を置き、再び思考に没頭する。隣の車内では交渉人の懸命な説得が続いていた。
「おい、鏑木は連絡ついたか?」
「まだついてません。確か今日は姪っ子さんと出かけてると聞いてますが」
「…あの馬鹿が」
携帯を置いて出かけたと容易に想像がつき、眉間にしわを寄せて拳を握る。
「(あの店にお前の従弟がいるんだぞ…早く来やがれ馬鹿野郎)」

 蛍光灯のついた事務所の中には、六台の事務机と五台のデスクトップパソコンが所狭しと並べられていた。
その隙間を縫うように大小さまざまな段ボール箱が置かれ、文字通り足の踏み場に困る程度に窮屈な空間になっている。
犯人―志島は店員を連れて入り口のドアを閉めると、ぐるりと辺りを見回して驚きの声を上げた。
「―動くな」
事務所の最奥、搬入口の前に立つ人影は静かに志島を制した。
「爆弾とナイフを置いて両手を頭の後ろにまわせ」
志島は苦い顔をして、手にしていた箱を床に置き両手を上げる。
それを確認した人影は銃を下ろし、志島の隣にいた店員に視線を移す。
「暁、こっちだ」
「…貴仁さん」
名を呼ばれた店員―暁は驚いた顔をして従兄の名前を呟く。
「どうしてここに」
「いいから早く来い。身内も助けられないで何が警察だ」
たまたま非番の日だったのか、着崩れたグレーのスーツ姿の従兄をどう思えばいいのか分からないまま事務机とダンボール箱の間をまたいで事務所の中を縦断する。
鏑木と暁を交互に見やりながら、志島は小さく溜息をついた。
「なんだ、兄ちゃん達知り合いかい」
「答える義務はない」
間を置かず断られた答えに、冷たいなあと苦笑しながら目線を下に落とす。
足元に置かれた十センチ四方の箱の隅には一本の導線がのびている。
「そのまま動くなよ」
重く鋭い声で釘を刺し、鏑木は銃を構えたまま志島の方へと歩み寄っていく。少しでも不審な動きがあれば撃ちかねない刺々しさだが、その手に汗が滲んでいるのが暁には見えた。
足の踏み場のないオフィスを縦断し、ようやく導火線ののびた箱が視界に入る場所までたどり着いた。警戒した表情のまま志島から箱へと視線を落とし、箱を拾おうと屈み込んだ瞬間顔面に激痛が走った。
「残念。先に俺を拘束するのが正解だろ兄ちゃん」
不意に膝蹴りを受けてよろめいた鏑木を鼻で笑いながら志島は箱を拾い、辺りを見回してライターを探した。視界の隅で倒れこむ鏑木の姿が見えたが気にも留めない。その右手の机に店頭に置かれているような薄いマッチを見つけると、箱を脇に抱えなおしすかさずマッチに火をつけた。
「今すぐナハト・ボーテを出せ!これで全部燃えちまっても文句は言うんじゃないぞ!」

 言い終わる前に、手にしたマッチの火は志島の手から消えた。
一発の銃弾が志島の指を掠めてマッチが宙に飛んだという方が正しい。
宙に浮いたマッチを追うように砕けた爪と血が小さく散り、付近に積まれたダンボールに貼り付いた。
発砲音と指先を抉られた痛みと、銃弾の熱による火傷の痛みで志島は驚き、脇に挟んでいた箱を落とした。幸か不幸か、椅子の上に落ちた箱は壊れることも爆発することもなかった。
「…何であんたがこんなことしてるんだ」
志島から見て右手、非常口を兼ねた階段の手前に積まれた段ボールの向こうから、黒いデザートイーグルの銃口と青黒い目が志島を捉えていた。
出血した指先を押さえたまま、志島は驚きの顔を歪めた。
「思ったより早かったな」
にたり、と悪意のある笑みを浮かべてリオを見る。姿勢を変えることなく志島を見るリオの眉が僅かに潜んだのを志島は見逃さなかった。
「その声…リオさん?」
段ボールの隙間から銃口が見えるだけで、搬入口に立つ暁からはリオの姿が見えない。暁は自分の声に応えてリオが姿を現してくれる事を期待したが、段ボールの隙間から見える銃口の先は微動だにしなかった。
「思ったより…?狙いは強盗やテロじゃないのか」
右手で顔を押さえながらようやく立ち上がった鏑木は、苦悶の表情で志島を見た。指の隙間から鼻血が滴り落ち、灰色の床に赤い斑点を作っていく。
その斑点を興味なさそうに見下ろし、歪んだ笑みの消えた口元が答える。
「いいやテロだよ。規模は小さいけどな」
「テロにでかいも小さいもあるか」
即座に反論した鏑木に拳を振り下ろそうと腕を上げたところで、再び銃弾が志島の手の甲を掠めた。
発砲の反動で積み上げられた段ボールが崩れ、リオの顔だけが見えるバランスで崩壊が止まる。
「…あんたは恩人だ。できることなら撃ちたくない」
振り上げた腕を止めたまま、志島は聞き捨てならぬという顔でリオの方を見る。銃口から抜けていく硝煙の向こうに、焦りが滲み出ているリオの双眸がある。
「撃ちたくないだって?どの口が言えるんだ。人殺し」
鏑木を殴ろうとした時でも余裕のあった志島の表情に初めて感情が灯る。リオに向けられた突き刺さるそれは、憎悪と呼ぶに相違ない。
人に死を与える世界にいたリオを、人殺しと呼ぶ人間など周囲にはいなかった。否、周りも人殺しであり前提である故に呼ぶ必要はなかった。
五年前までの記憶を取り戻した今となっては、今更後ろ指を指されてそう呼ばれる事には何も思わないが、憎悪を孕むそれはリオに思い当たる節がなかった。何故なら思い出した過去を志島には語っていない。
「とぼけた顔して全部忘れてるってか。こっちはこれだけ憎くて仕方なかったってのに」
まだ忘却の引き出しにしまわれている記憶を志島が知っている可能性を、リオは微塵も考えていなかった。
「何故…」
渇いていく喉を絞り、独り言に等しい小さな声で問いかける。外も中も緊迫状態にある建物ではどんな音も聞こえそうだが、掠れた声は誰の耳にも届かなかった。

 長いようで短い沈黙をおいて、志島が大きく息を吐いた。
「夏に起きた老夫婦殺害事件を覚えてるか」
半ば諦めたような声音は、部屋にいる全員の耳に入った。
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